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ジャイアントホール。
そう呼ばれるイッシュ地方の北東部に聳える巨大な洞窟は戦場と化していた。
白い服と黒い服。それぞれが自らの思想の正しさを証明せんと力を振るう。否、現実には僅かに差異がある。白は言葉による説得を選び、黒は力による蹂躙を選択した。どちらの言葉も平行線を辿るしかない。
荒々しい戦いにより、洞窟の中にあった森の木々は次々となぎ倒され、そこに住む野生のポケモン達は次々と住処を追われていく。
この果てしない戦いはいつ終焉を迎えるのだろう。
そんな事を思った、白を束ねる一人の壮年の男性はジャイアントホールの中央に佇む巨大な船を見て、ふと呟く。
「彼らは無事なのであろうか……」
◆
「ウインディ、火炎放射!」
少年の指示と共に橙色の巨大な犬――ウインディが口元から強烈な炎を吐く。それは一撃にして相手のポケモンを戦闘不能に追い込む。巨大船、通称プラズマフリーゲートの内部では戦闘の連続が発生していた。
「フライゴン、竜の波動!」
先の少年とはまた別の少年が言葉を発する。同時に発射される紺色のエネルギー弾。それはまた別のポケモンを一撃で吹き飛ばし、そのまま後ろにいたポケモン達を纏めて薙ぎ払った。
背中合わせに少年達が目の前の敵と対峙する。ウインディを使役する少年が呆れるように苦笑いで口を開いた。
「ヒュウ、正直キリが無いよ」
「んな事言う暇があったら指示を出せよ。この状況が何よりやばいなんてオレだって分かる」
そうだよな、とキョウヘイが肩を竦めた。
相変わらずだな、とヒュウがため息をつく。
「まぁ、仕方ないか。ハルトさんやチェレンさん、それにベルさんだってこんだけのプラズマ団と戦ってるんだから」
「そういや、あのロットって爺さんの話だと『コスティーツ』って野郎もオレ達の味方なんだよな。どこにいるんだよ」
「さぁ? 元々ロットさんとはあまり合流しない気まぐれな人だって言うし。フリーゲート内にはいないのかもよ? まぁ、イノスさんもどこにいるんだって話になるけど」
「あの人は既に潜入したってライブキャスターで連絡受けたろ。どっかで合流しなきゃな」
キョウヘイが小さく深呼吸をする。息を整え、目の前に立ち塞がる敵を認識する。数こそ多いが今の自分達の実力なら突破は十分に出来る。しかしそれでも消費は少ないほうが良い。
それはヒュウとて同意見だろう。なら、一撃で敵を打破し、一気に道を切り開く他は無い。
「ヒュウ、一気に行くよ。覚悟はいいかい?」
「OK。お前に合わせる。フライゴン、いいな?」
フライゴンはヒュウの言葉に黙って頷いた。タッグを組んだ事は幾度もある。なんら問題はない。
「ウインディ、インファイト!」
「フライゴン、砂嵐!」
瞬間、ウインディが目の前のポケモン達に勇猛果敢に飛び掛り、次々と自慢の爪や尻尾で蹴散らしていく。その周りにいるポケモン達はフライゴンの発生させた砂嵐の影響により視界と攻撃が妨害される。何よりも、目の前に出来上がった道をキョウヘイとヒュウは見逃したりしない。一目散に戦場を駆け抜け、フリーゲートの奥へと向かう。
この船のどこかにプラズマ団の首領が潜んでいる事は紛れも無い事実なのだから。
◆
プラズマ団の下っ端を撒いたキョウヘイとヒュウは人目のつかない場所で息を潜めていた。呼吸は走り続けていた事もあり、乱れていたが、今は安定している。
この船には二回潜入した事があり、その内の一回はかなり奥まで行った覚えがあるが、今回はそれ以上だった。
プラズマフリーゲートは彼らの思った以上に広大であるようだ。
「しかし……広いね。こりゃ」
「あぁ、一体どこに親玉はいるんだろうな」
ヒュウは息切れしつつも、思慮するように考える。しかし、とても広い上、厳戒態勢が敷かれているのだ。突破するのは容易ではないだろう。
ならば――
「おいキョウヘイ」
「なんだい、ヒュウ」
「任せていいか?」
その一言にキョウヘイは目を見開かせる。それが何を意味するのかなど、考えるまでも無かった。ヒュウの胸倉を強く掴み、キョウヘイは彼の顔を見る。決意したかのように強い目をしていた。きっと何を言っても揺るぐ事は無いだろう。
そんな事は分かっているはずだ。それでも無茶だ、と言葉を開かざる得ない。
「あぁ、間違いなく無茶だ。でもオレにはポケモン達がいる。あのロットという爺さんの話だとダークトリニティがチョロネコを持ってるだろう。ダークトリニティはきっと親玉と一緒に居るはずだ。お前はオレより強いからな」
お前にしか任せられない。
ヒュウはキョウヘイの肩を優しく叩く。ここは任せろ、と彼は言い残して背を向ける。
「無理するなよ」
「分かってるとも。当然だ」
それが合図だった。ヒュウが走り出し、暫くするとプラズマ団が一斉に慌しく動き出す。その隙にキョウヘイはフリーゲートの探索を再開する。時間はそこまで残されていないだろう。急がなければならない。
彼はヒュウの事がどこか羨ましく思えていた。ヒュウは妹のチョロネコのために常に気持ちを高く昂ぶらせている。でも、自分はそんなものはない。いや、無いといえば嘘になる。言ってしまえば、事実を否定しているのだ。
メイはきっと生きているはずだと。あの日、あの場所でプラズマ団の策略により海へ投げ出された誰よりも大切な妹。
キョウヘイにはヒュウの真似はできない。それだけのために感情を昂ぶらせ、常に全力で望む事は間違いなく不可能だろう。それでも――
「ヒュウ、少しだけ力を借りるよ」
自らを鼓舞するように彼は自身の胸に拳を当て、静かに言葉を交わした。それはあの幼馴染であり、親友が口癖としていた一つのキーワード。
「俺は今から怒るぜ……!」
目を開き、前へ進む。立ち塞がる敵、邪魔する者は誰であろうと打ち倒す。
それが彼の決意。大切なものを守るため。きっと生きているであろう妹のため。大切な幼馴染のため。
そして何よりも自分達の未来のため。少年は走り出す。