第一章 始まりを告げる物語(1)
海鳴りが響く。
場所はシンオウ地方の南西部に位置する町、マサゴタウン。かの有名な研究家、ナナカマド博士の研究所拠点がある事で非常に名の知れた地である。
そしてそのマサゴタウンの南部には海が広がっており、その海岸には無数の子供が集まっており、やがて訪れるであろう時を今か今かと待ちわびている。
一人の声が響いた。
「はい! それじゃみんな、ポケモンの入ったモンスターボールは持ったかな?」
白衣を纏ったその少女はヒカリという。ナナカマド博士の助手の一人で、今現在彼女はポケモン達とのふれあいをモットーとする青空教室を開講している真っ最中だった。
何も集まっているのは幼い子供ばかりではない。子供の保護者や場違いとも思わせる青年、仕事をする大人、更にはご老人までこの青空教室を見学している。そして皆が暖かい眼差しで子供たちを見守っていた。
そして今日の青空教室のテーマはずばり『ポケモンバトル』。ポケモン同士を戦わせるという事は将来自らを防衛する手法の一つでもあるため非常に重要なのである。そして何よりもポケモンとトレーナーの絆をより深める手段としても広く世に知られている。
そしてこれから繰り広げられるのはデモンストレーションだ。
ヒカリと正面に向かい合うように立つ一人の少年。黄色い髪の毛に青年らしい表情。そして服装はオレンジと白の二色が交互に入れ違うトレーナーと茶のジーンズを身に着けており、首元には薄緑のマフラーを巻いていた。
そして黄色髪の少年は不服そうな面持ちで、
「ったくよー、何でオレがこんな事を……」
「どうせ対戦相手を欲しがってたんでしょ。アタシが付き合ってあげるわよ。満足いくかは別としてね」
「ったく、分かったよ」
そんな言葉にヒカリは満面の笑みを浮かべ、ありがとうジュンと口にする。
そして二人のポケモンがモンスターボールの中から姿を現し、ポケモンバトルが開始された。
「相変わらずだな、あの二人」
「だね」
少し離れていたところでヒカリとジュンのバトルを観戦する二人の少年。
目の前で繰り広げられる戦闘は単にレベルが高い、という一言では済ませないほどに壮絶且つ劇的だ。目の前にいるヒカリとジュン。二人はシンオウ地方では四天王といわれる超凄腕のトレーナーに引けを取らないほどの高度な実力を持つ『シンオウの三強』という異名をそれぞれが持っているほどであるから当然とも言えよう。
そしてその試合を観戦する二人。
一人は薄緑色の髪の毛をし、目の色は翠と特徴的で、背丈はそこまで高くないが童顔に近いともいえよう幼げな表情をしている。水色のジャケットにその下地となる黄色の服、茶のジーンズと、衣装も外見に合わせるためか自然な色で構成されていた。
対するもう一人は少し癖のある赤色の髪の毛に加え、黒の瞳を宿し、茶のジーンジャケットにその下にオレンジのハイネック。そして黒の革パンを身に着けている。そして何よりもこの少年は薄緑色の髪の少年よりも少しばかり背丈が上で、顔も少しばかりではあるものの強面に見える。
赤髪の少年が口を開いた。
「さて、少しばかり早いけど始めるとしようか」
「なら、場所を変えようか。ここじゃ迷惑がかかるし」
「だな」
じゃ、行くかリース。と赤髪の少年は口にし。
そうだね、シン。と薄緑色の髪の少年は言った。
二人が訪れたのはマサゴタウンから少し離れた場所にある201番道路だ。
そして、同時にフタバタウンとマサゴタウンを繋ぐ唯一の道でもある。
両者が少し距離を置いた。しかし、リースは少し躊躇っているようにも見えるがこれはいつもの事である。シンははぁ、とひとつため息を吐くと。
「お前はいつもそうだよな」
「悪い?」
「いや別に。でもこれは俺とお前の最後のポケモンバトルになるかもしれないんだ。最後くらい――頼んだぞ」
「あまり期待しないでよ」
リースは少し諦めるように口にして。シンは一方でリースに期待して。
それぞれの思いを胸に両者が同時にモンスターボールを投擲した。
「出番だよ、ラルトス」
「行ってくれ、ニューラ!」
リースが繰り出したのは全身が真っ白で脚部は襟の裾を引き摺るような形状をしており、頭部は緑色の帽子のようなものに覆われ、その帽子のような頭部には半月状の桃色の板があるといった特徴を持つポケモン、ラルトスである。
一方のシンは繰り出したのは黒猫のような姿をし、同時に鋭い爪を武器とする紺色の体を持つポケモン、ニューラ。
相性だけで言うならば、エスパータイプのラルトスが不利である。
「ニューラ、電光石火だ」
シンの先制の指示。リースはそれに一切動じず、
「影分身だよラルトス」
淡々と指示を出し、ラルトスもそれを全面的に信頼して首を振り、無数の幻影を瞬時に作り出す。シンの瞳が鋭くなる。
「またいつも通りの『逃げの一手』か? 相変わらずだな。なら戦法を変えるだけだ。凍える風!」
無数のラルトス達の中心に到達したニューラは口から冷気を発する。僅かであるが、周囲の気温が下がっていくのがリースでも分かった。寒気はするし、第一肌が服の下だというのにも関わらず震えたのを感じたからだ。
そしてその攻撃が次々とラルトスの幻影を掻き消していく。否、わざわざ最後まで消さなくても大体で把握ができてしまったようで、
「ニューラ、左三体目のラルトスが当たりだ! 一気に決めてやれ!」
と言い放つ。リースも反射的に、「テレポート!」と口にした。
ラルトスも得意のエスパー技で瞬時にその場を離脱し、一定の距離を置く。しかし、影分身もいつも通り駄目。やはりこの親友(シン)を打破するのは単純でない。
最もこの場合、通じない戦術を多用するリースもリースで駄目なのであるが。
「一気に決めさせてもらうぞ。ニューラ、電光石火だ」
距離を詰めていくニューラ。リースは思考する。この状況をどう打破するのか。
そして草原に目を向ける。
「ラルトス、念力!」
「何!?」
主人の命を受けたラルトスが超能力を発動する。シンは何をするつもりなのか見定めるようで何もしてこない。そして、その一言でラルトスは理解する。リースの思考を、考えを読み取る。それを表すようにラルトスの頭の桃の板が輝きだした。
形成されるは草を無理やり念力で契り、そして重ねていく壁。それが渦を巻くようリースのラルトスを覆い尽くす。さながらそれは簡易型のリーフストームにも見えた。勿論それを見たシンの動揺は言うまでもない。
「リーフストーム……驚かしてくれるぜお前は本当に!」
簡易型とはいえ、いつ牙をむくか分からない一撃を受けるわけにはいかないのだろう。シンはニューラに退避の指示を出す。だが、そこから先――攻撃には至らない。
シンの表情が強張る。リースが慎重に様子を伺っていると、やがてシンがラルトスを囲うリーフストームの僅かな隙間を見出したようで、
「そこだニューラ! 一気に叩きかけろ!」
その言葉と共に最速を持ってニューラがラルトスに渾身の一撃を叩き込む。元々打たれ弱いラルトスはその一撃で戦闘不能となってしまった。
そしてリースは言う。
「ラルトス、お疲れ様。シンは強いや、やっぱり」
「やっぱりか。それを言うならお前はどうなのかな? リーフストームを防御にしか使わなかったとはいえ……あれを攻撃に転じさせれば恐ろしい事になっていた事くらい素人の俺でも容易に想像できる。いつまでそれを繰り返すつもりだよお前」
シンの瞳は恐ろしく冷ややかだ。怒っている事は言うまでもない。現実問題、あの場面でシンのニューラを打倒する術を文字通りラルトスは持っていたのだろう。仮にリーフストームが駄目であっても代わりの戦術をすぐさま準備できると彼は踏んでいる。
だからこそ、シンはリースに怒りを覚えているのだ。きっとあの幼馴染は自分なんかよりも恐ろしい才の持ち主ではないかと思えるほどに。だからこそだ。
「お前は甘いよ。トレーナーにも、コーディネーターにもなれやしない」
それがシンからはじき出されたリースという人物への評価である。
リースはそれを甘んじてなのか沈黙する形で聞いていた。
「とりあえず帰るか。リース、また後でな。用事があるんだろ?」
「うん」
シンはやりたい事が済んだと言わんばかりに故郷であるフタバタウンへと足を運んでいく。しかしリースはまだこのマサゴタウンでやるべき事がある。
誰にも言わない約束であり、用件。それはある人物との面談だ。
「とりあえずはポケモンセンターかな」
リースは静かにラルトスを連れ、ポケモンセンターへと向かう。