第二話 レッカとナエトル
時間の乱れは心を縛る。
空間の乱れは現実を縛る。
時間と空間は乱れてはならない。時間と空間は常に平穏でなければならない。
それが世界の摂理にして、この世における絶対の掟なのである。
*
場所はトレジャータウン西部、サメのような姿をしたサメハダーというポケモンそっくりの崖――通称、サメハダ岩の空洞。
そんな空洞にも住まうポケモンがいる。
「レッカ」
「なんだよ、ナエトル」
レッカ、と呼ばれたポケモン。傍から見れば小猿のような姿をし、その尾の代わりに常に小さな炎を発しているヒコザルという種族のポケモンだ。
対するナエトル。こちらは全身が黒澄んで緑色になっているリクガメのような容姿をしており、頭には葉っぱ、背中には土が固まってできた甲羅がある種族のポケモンである。
レッカのどこか乱暴な物言い。どこか苛立っているのだろうかと思わせてしまうが、特に取り立てて何かがあったわけではない。レッカはいつもこの調子だ。そしてそれはナエトル自身もよく理解しているつもりである。
目の前に見える大海を見据え、ナエトルは柔らかい物言いで、
「この前から来てる救助隊の話聞いた?」
その一言にレッカはうんざりするかのような疲弊した表情を浮かべ、
「知ってるよ。知ってるに決まってる」
「救助隊の中の“英雄”。どんなポケモンなんだろうね?」
「知るかよ。んなもん知ったところで何の得があるんだ」
「特に無いね。それでも、どんな危機を救ったのかは――興味がないかな?」
ナエトルはどうやら、交流の一環として向こう側の“英雄”と一度会ってみたいらしい。しかし、レッカはそれに対し、
「お断りだ。会うだけ面倒くせぇ」
「いっつもそうじゃないか」
「仮に“英雄”同士が鉢合わせても見ろよ。絶対に意見が合うことなんて無いだろうぜ?」
「レッカにしては珍しいね」
その一言にレッカの眉が吊り上がる。明らかに苛立っているのが明白だ。そして――表情も見て分かるような怒りを表現している。
直後、
「うるせぇよ、何が“珍しいね”だぁぁぁぁぁ!」
その反応を見たナエトルは驚き、
「ちょ、レッカ! ストップストップ!」
「うっせぇ!」
「ちょ、何するのさ……止めて止めて!」
短い洞窟内で二人の技を使っての盛大な追いかけっこが始まったそうな。
*
レッカの怒りも収まり、散らかったサメハダ岩内部を掃除するレッカとナエトル。
こんな日常ではあるが、それでもとても充実していると感じる事が出来る。それが何故か、というと――。それはまた追々語るとしよう。
「はぁーこれはまた派手に散らかしたね」
と、ため息を吐きつつ、辺りに散らばった生活用品を整理するナエトル。それを聞いたレッカはうんざりするようにこう返す。
「っせーよ」
「だっていつもこうじゃん。二、三日に一回こうだと正直持たないんじゃないかな」
「なんでそういう事をすぐに考えるかな、お前は」
「レッカの性格を考えてるだけだけどねー」
と、どこか悪戯染みた笑みを浮かべるナエトル。やれやれ、という表情を一方で浮かべ、肩を竦めるレッカ。
そこへ、
「レッカー! ナエトルー! いるー?」
「お、マナフィか」
「マナフィ、どうかしたの?」
マナフィ。そう呼ばれた幼さが残る可愛げのある声を持つポケモンは全身が水色で、クリオネのような容姿をしている。目の上には黄色いまつ毛のような模様、胸元には赤い水晶のような器官を持ち、手は翼のように広がっており、頭の上は一対の触手が伸びている。
「レッカ、ナエトル。今からちょっと奇跡の海に来てくれない?」
「奇跡の海に? なんでまた」
「うん。あのギャラドスがまた出たってさっきフィオネ達から聞いたの」
マナフィの言葉にレッカはあー、と零しながら、舌を打つ。明らかに苛立っているのは見て取れる。
「分かった。ナエトル、とっとと行くぞ」
「うん。マナフィも行こう!」
「勿論だよ!」
マナフィはナエトルの言葉に頷き、三人は少し辺りが散らばっているサメハダ岩を後にし、一路奇跡の海へ向かう事とした。
片付けの続きは戻ってきてからでも充分間に合うというのが二人の判断だし、それよりもギャラドスがフィオネ達に何をするのかを考えると一刻も早く向かうべきだというのが本心でもあった。面倒事になるまでに決着をつけたいというのは日を見るより明らかである。
*
奇跡の海。トレジャータウン北西部の海洋に存在する“不思議のダンジョン”であり、かつてレッカやナエトルも訪れたことがある。
その時の縁もあり、幾度か訪れているのだが、その内容は常に『ギャラドスの退治』だ。
そもそも奇跡の海へ最初に訪れた時は今一緒に同行しているマナフィが病気になり、その病気を治すために必要なアイテム――“フィオネの雫”を手にするためだったのである。その最深部にあのギャラドスはいたわけで。
当初は不思議のダンジョンの影響で錯乱したポケモンだったのだろうと高をくくっていたのだが、後々同じギャラドスがなんと姿を現し、意志を持った犯行であった事が更にタチを悪くした。
こうして、あのギャラドスが暴れるとレッカとナエトルを呼ぶというのがいつしか当たり前となってしまっていたのである。何ともはた迷惑な話なのだが、マナフィの時の恩を思えば別に構わないかとレッカやナエトルは思うし、何度も何度も同じダンジョンに向かったかいがあり、なんと不思議のダンジョンにも関わらず、彼らを認識して通してくれるポケモンも数多く現れ、一行はとてもスムーズに最深部を目指す事が出来た。
勿論、全てが全てではないので、中には錯乱したポケモンが攻撃を仕掛けてくる事もあったが、レッカやナエトルの敵ではなく、適当にいなした後、軽く攻撃して気絶させる程度にしている。
そもそも不思議のダンジョンというのは突然発生する異質な空間のことで、その中に入ると本来無いはずの道具が落ちていたり、そこに住んでいたはずのポケモン達が狂ったように錯乱して攻撃を仕掛けてくる事も数少なくないのだ。
これが、この世界の現状である。しかし、度重なる世界の危機を救った事により、この不思議のダンジョンの数も少しずつではあるが減少を始めている。稀に自発発生する事はあるのだが。
そして、最深部に着いたレッカ達一行を待ち構えていたのは二種類のポケモン達だ。
片方はマナフィそっくりな容姿であるが、その黄色いまつ毛のような模様の色が青色だったり、触手が一本だったりするなど差異が見られるポケモンであり、こちらはとても大勢いる。
もう片方は、龍のような姿をしており、強面のような顔立ち、そして水色を主とした体色をしたポケモンである。
光景を見れば、龍のような姿をしたポケモンがマナフィそっくりなポケモン達を脅しているので、ギャラドスは龍のようなポケモンに、マナフィそっくりなポケモン達はフィオネに間違いないのは一目瞭然である。
すると、ギャラドスはレッカ達に気付いたのか、忌々しいと言わんばかりの視線をぶつけ、
「むぅ、また貴様らか! いつも俺様の邪魔ばかりしおって!」
「お前が私利私欲のために動くからだろうが!」
と、レッカが返し様にギャラドスに突撃する。
ギャラドスは甲高い咆哮を上げ、接近するレッカに自身の持つ自慢の尾をぶつけに行く。その尾にはいつしか水流が渦巻いていく。――アクアテールという技である。
しかし、レッカはそれを軽々を避けるためにジャンプを試み、直後ギャラドスの顔面にダイブして正面からぶつかる。そして、自身自慢の爪でギャラドスを連続で引っ掻いていく。乱れ引っ掻きだ。
「調子に乗るな、小僧が!」
そう口にしたギャラドスが口元に橙色のエネルギーを収束していく。それを見たナエトルが、
「レッカ、避けて!」
直後、ナエトルの口元に急速に緑色のエネルギーボール――エナジーボールが出来上がり、ギャラドスの顔面めがけて発射される。
それを察したレッカは咄嗟にギャラドスの顔面から真下へ飛び下がり、すぐさまギャラドスの顔面にエナジーボールが正面から激突して爆風を起こす。
だが、そう簡単に決着――とはいかない。煙を振り払うような巨大なエネルギー波――破壊光線が一同を襲うもナエトルの前にマナフィが立ち塞がり、緑色のバリアのような膜を張る。守る、という技だ。事実、その技の通りに破壊光線はそのバリアを直撃はすれど、突破まではいかずに爆発を起こし、消滅する。
破壊光線発射直後の隙をレッカは勿論見逃さない。一気にギャラドスの顎を打ち抜くようにバック転から強烈な蹴りを喰らわせる。アクロバット、と呼ばれる技だ。
それを受けたギャラドスは流石に強烈な一撃だったのだろう、苦悶の表情を浮かべ、レッカは叫ぶ。
「ナエトル、決めちまえ!」
「分かったよ! レッカ、射程から離れてね!」
「分かってる!!」
レッカはその言葉と共に空中へ放り出される中、体を一気に前周りに回転させ、炎が瞬く間にレッカの体を包み込み、ギャラドスと距離を取る。
そしてどこからかナエトルの頭の葉を中心に無数の葉の旋風――リーフストームがギャラドスを襲う。その威力は折り紙付きで、ギャラドスもたまらず倒れてしまった。
「ぐぬぬ……お、覚えておれぇ!」
そんな捨て台詞と共にギャラドスはあっという間に逃げ去って行く。レッカもナエトルも、一件落着といった表情を浮かべ、息を静かに吐いた。
*
その帰り道。日も既に沈みかけの時間帯。マナフィは基本的に海の中で寝たりする事が多いため、一旦別れ、レッカとナエトルの二人は、サメハダ岩の片付けの続きをするためにトレジャータウンへ戻る途中だ。
そして、トレジャータウンすぐ近くの交差点を通過しようというところで声が聞こえた。
「ラティオス、ラティアスありがとなー!」
「また宜しくね」
彼らの眼中に止まったのは二匹のポケモン。一匹はゼニガメにして、もう一匹はピカチュウ。
レッカもナエトルも不思議そうに目が留まる。理由は分からない。
そして対する彼ら――アルツとピカチュウもレッカとナエトルの視線に気付き、目線が交錯する。
探検隊の“英雄”、フレリーズ――ヒコザルのレッカとナエトル。
救助隊の“英雄”、アルピカズ――ゼニガメのアルツとピカチュウ。
二組の“英雄”が邂逅を果たす――。