第一話 アルツとピカチュウ
時間という流れ。空間という流れ。
これらは個々のリズムで、個々のスピードで絶え間なく流れている。
世界も同じだ。きっとこういう選択をした世界があるだろう――そんな世界がきっと無尽蔵に沸いているはずである。
そして、本来は交わるはずのない個々の世界が仮に――仮にであるが、一つとなってしまえばどうなるであろうか。
今まで穏やかに流れていた時と空間――両者のバランスが崩れ、その一つの異変はやがて全ての世界を壊していく可能性とて充分に有り得る。
しかし、それは有り得ない。矛盾してしまうからだ。そんなことは決してないと。有り得るはずが無いと。言い切れてしまうのだ。それが現実である。
これはそんな矛盾から生じた物語。数多く蔓延る世界が一つに統合されてしまったそんな物語――。
*
「――とまぁ、オレは考える。自然災害も収まりつつあるし、ここいらで少し外へ出てみないかって提案してみるわけだ。そうする事できっとこれまで経験した事無いような凄い事が――」
熱弁振るう少年のような声。しかし、
「無いに決まってるじゃないか。何を言ってるんだか」
「……少しはオレの言葉に耳を貸してくれたらどうなんだよ?」
熱弁をあっさりと打ち切ってしまうのは少女のような声だ。続けて、
「アルツ。ボクらは本来ポケモン達を助けるために結成した救助隊なんだ。それにこの前キミのリクエストに応えてボクらは普通なら有り得ない大遠征をした。それなのにまたしたいだなんて正直驚くしかないだろ?」
と、少女のような声の持ち主は切り返す。アルツ、と呼ばれたポケモン――それは子亀のような姿をし、水色の体色に茶色の甲羅を身に着けたかめのこポケモンのゼニガメ、という種族だ。しかし、このアルツというゼニガメは少々目つきが鋭く見える。
そして場所は辺りが細長い水路に囲まれた石畳の上。彼ら救助隊の基地の中である。
アルツは少女のような声の持ち主にこう返す。
「でもいいじゃないか。フーディンだって言ってたろ? 落ち着いてきたし、一度あっちの大陸へ行ってみるのもいいんじゃないかって――」
「くどいよ」
アルツの提案を頑なに拒否し続けるこの声の持ち主――それは黄色の体色にネズミのような体つき。尻尾は稲妻のようにギザギザだが、その先端は二股になっている。頬は赤斑点が見られる――ねずみポケモンのピカチュウがそう答える。
ピカチュウは目つきを一段と鋭くし、
「確かにこの前は慰安旅行も兼ねて普段なら行かない場所へ冒険なり行ったけど……本業を忘れてないよね?」
そう語るピカチュウには恐ろしいまでの迫力に満ちている。いい加減にしろ、と諌めているのだろうが傍から見れば限度を越えているようにも見えてしまっていた。
一方、アルツも引く事は無い。
「分かってるさ。でも行ってみたいとは思わないか? 未知の大陸にはオレ達の常識が通用しない世界があるかもしれない。後々の救助隊活動にも何かしらプラスになるはずさ」
「確かに新しいものに触れるのは悪くないけど、それを言っていつも遠征に行く口実を作るのはいい加減に止めてくれないかな」
「なんだよ、つれない奴」
「キミこそ」
アルツとピカチュウの視線が交錯する。双方、一歩も引かないように目線を外さない。
さながらその光景は火花を散らす仲の悪い者同士にも見えた。
「アルツ、ピカチュウ。邪魔するぞ」
どこからか声が響く。その一言に反応したアルツとピカチュウがその声の主の方へ向いた。
二人のそんな反応を見て、状況を大方把握したのだろう――声の主は笑みを浮かべ、笑い出した。
「フーディン、そこまでおかしい事か?」
フーディン。先ほどアルツの発言の中に出てきた名であり、今こうしてやって来ている訪問者である。
どこか人を彷彿とさせる体格に黄色の体色。また、長い髭と両手に二本のスプーンを持っているという特徴を持つポケモンだ。
「いやいや、お主達がいつもの調子だからな。安心したのだ」
「ふぅん」
アルツの反応はどこかそっけないものであるが、フーディンはそれを大して気にしていない。元々そういう性格だという事を既に見知っているからだ。
今度はピカチュウが、
「フーディン、どうしたんだい? 一体」
「ふむ。少しお主達に頼みたい事があってだな」
「頼み事? フーディンがオレ達にするなんて珍しい事もあるんだな」
「確かに珍しいだろう。しかし、これは是非お主達にしてほしいのだ」
このフーディン、実はこの辺りでは有名な救助隊『FLB』のリーダーで、実力もトップクラス。さらには住民達から広く尊敬されている。
最も、それはアルツ達も充分知っているところだ。
だからこそ、フーディンの話をもっと聞きたいと思ったアルツは、
「フーディン。その頼みって何だ?」
「うむ。先日何故か海の向こうに見えた新大陸……その大陸に今現在、たくさんの救助隊が調査へ向かっている事は既に知っておるな?」
「あぁ、知ってる」
「あちらの大陸からも“探検隊”なるものがこちらの大陸の調査を始めておる。調査へ来た探検隊や調査へ向かった救助隊から知ったのだが、どうやら向こうの大陸にもポケモン達が集落を作っており、なんでもお主ら同様の“英雄”がおるらしい」
「“英雄”? またたいそうな言い方をしてるね」
ピカチュウの言葉にフーディンは苦笑いを浮かべつつ、話を続ける。
「色々と情報を収集した結果分かったのだが、やはりこの二つの大陸が互いに視認できた今回の件は間違いなくただ事ではない。それは既に両大陸の救助隊と探検隊、双方意見が合致しておる。アルツ、ピカチュウ。お主達には向こうの大陸にある集落――トレジャータウンへ向かって、トレジャータウンに住む“英雄”と共に今回の事態の調査を進めてもらいたい」
「向こうの英雄に会って一緒に行動、ね。まぁ会うには構わないけど一緒に行動するのはなぁ」
どこか顔を渋るアルツ。どうやら“英雄”という呼び名がどこか気に食わないのはどう見ても明白であった。しかし、フーディンはそんなアルツを見て口元を緩ませる。
「まぁ同じ“英雄”は相容れない、という事か」
「だからその呼び名は止めろって」
と、アルツは嫌そうな顔色をしてフーディンに返す。しかしフーディンは一呼吸置くと、
「仕方あるまい、お主達もかつて世界を救ったのだ。こちらではお主達が、トレジャータウンに住むお主らとは違う別の“英雄”がそれぞれ世界を救った。それはもう事実なのだ」
「まぁ、要約するとあっちの英雄というのに会って少しでも原因を解明してほしいってところだよね」
と、ピカチュウが割り込んでくる形で小言を挟む。
フーディンも、「その通りだ」と口にし、首を真っ直ぐ縦に頷かせる。
どこか不満げな表情を浮かべていたアルツではあるが、嘆息して自身の左手で少し頭を摩ると、
「分かった。請け負うよ」
と、返した。フーディンはそれに満足げな表情を浮かべる。
「安心した。お主達の救助隊の勢力はこの辺りでは既にナンバーワンだからな。出来れば待機している面々にも調査へ赴くよう言ってもらえれば助かる」
「それなら既にアブソルが一人で調査を始めてるよ」
と、ピカチュウ。フーディンもそれには少し驚いたのか、目を丸くし、
「ほぉ、あのアブソルが。珍しいな」
「ま、元々災いを察知する能力には長けてるからな」
アルツは肩を竦めてそう口にする。するとピカチュウも、
「じゃ、アルツ。早速支度しようか。トレジャータウンは海を越えた先にあるから」
「だな。ラティオス達に頼んでおくか」
こうも直ぐにトレジャータウンへ向かい、調査を行おうとする辺り、世界を救った救助隊なだけはある――とフーディンは考える。
かつては自分達が待ち構えるような形ではあったが、こうも短期間で追い抜かれてしまう辺り、やはりこの二人のチームワークは計り知れない。それは初めて遭遇したあの時からずっと――感じていた事だ。
「ワシらもこちらで調査は進めておく。お互い、良い結果が出るといいな」
そんなフーディンの言葉に、アルツとピカチュウは口を揃えて、笑みを浮かべ、こう返した。
「勿論」