9.Reunion
増援に来たアオイさんも他の警官も、1階入り口で逃がさないようずっと戦っていたチヒロさんも、残党に怒鳴りかかったあの男の特徴を言ってみても、そのような人間は知らないと言った。
けれど、その人が私がずっと探していた人に違いないのは、よく分かった。
「フフ、約束を守って一人で来てくれたようだね」
コガネシティのとあるマンションの屋上で、その人は待っていた。
煙の怪盗と呼ばれるその人で、
「――お父さん」
私の父親に、違いなかった。
「――よく気付いたもんだな。昔っから変装には自信があったし、物真似も上手くなったつもりなんだが」
喋り方も声色もがらりと変わる。それで確信した。
「私の頭の中にずっと残っていた記憶。顔は覚えていなかったけれど、私に優しく語りかけてくれたその声だけは、覚えていたから。それに、私を見てちょっとだけ驚いた」
「やれやれ、鋭い娘になっちまって」
そう言いつつ、仮面とカツラを取る。私とほとんど同じ色の髪が現れた。
あの後、いつの間にかヒナの服の胸ポケットには1枚のトランプが入っていた。
ハートの7。その余白には、コガネシティのとある場所と、一人で来るように、との旨が書かれてあった。幸いにして他の人間に見咎められることもなく、ある程度騒ぎが収まった頃を見計らって、一人抜け出してきたのだ。
「どうして、私を孤児院に預けたの?」
どうしても、どうしても訊きたかったこと。親なら目の前にいる。私は捨て子であっても孤児ではない。
ふう、と一息つき、
「俺がロケット団でどんな役割についていたのか、お前はもう知ってんだろ」
「……幹部」
「そうだ」
一気に険しい表情になるその人に、すこし威圧される。
「お前の母親と結ばれたときにゃ、俺はまだただの下っ端だったのさ。んで、権力というヤツに取り憑かれちまった。もっと高い地位にのし上がりたい、そう思うようになって、生まれたばかりのお前とお前の母親を、ほとんど見捨てたんだ」
悲しみが滲み出る声色で、なおも話を続ける。
「幹部になれたころに、ようやっと家庭を顧みてなかったことに気付いた。その時にはもう遅かったのさ。その頃にはもうお前の母親は助かる見込みのない状態にまで病気が深刻化していた。そしてそのうち二度と会えなくなっちまった」
悔悟の念を、今までずっと溜めてきたそれを、吐き出すかのように。
「残されたお前を俺一人の手で育てることも考えた。だがな、俺と同じ道を歩ませるわけにはいかねえと思った。俺の手で育てられれば、同じ道を志すんじゃないかと危惧した。だから、お前を捨てた。孤児院に責任を放り投げたのさ」
「そう、だったの……」
「お前には散々苦労かけたんだろうな。幹部の娘だ。後ろ指さされることも多かっただろ。――本当に申し訳ないと思っている。許してくれとは言わない」
そう言い、うなだれるその人に、もう一つ質問をぶつけた。
「なら、今はどうして泥棒まがいのことをしているの?」
ゆっくりと顔を上げるその人に対して、私は顔を伏せつつ続ける。
「ロケット団が解散したのなら、私のところに戻ってきてほしかった。後ろ指をさされることよりも、誹謗中傷を浴びせられることよりも、私は一人だったのが寂しくてたまらなかったのに。どうして、迎えに来てくれなかったの?」
自然と私の目頭が熱くなる。
その人はこう答えた。
「俺はな、もう罪人なんだ」
その一言にハッとして顔を上げる。
「ロケット団の幹部にのし上がって、いろんな悪事に手を染めて、もう俺はな、引き返せないところに来ちまった。もうお前とは別次元の人間になっちまったんだ。俺と一緒にいても、お前は幸せにはなれない。そう思っただけだ」
答えは予想できていたというのに。それでも、溢れ出る涙を止める術を、私は持っていなかった。
ああ、この人は。私のことをこんなにも思っていてくれるこの人は。
「サカキ様の意志を残すっていうのもあるが、それよりも何よりも、刑務所で冷や飯食って暮らすくらいなら逃げ続けた方がマシだって思っただけさ。まあ、何より、」
胸ポケットから出されたそれを、私の方へ投げる。私はそれを胸元で受け取った。
トランプのスペードのエース。その余白には、さまざまな場所の名前と、その中の特定の場所が詳しく記してあった。
「お前が一人立ちできるようにって、金を溜めといたのさ。もちろん銀行なんか使えねえ。だからそこに書いてある場所に隠してある。そこに行けば――」
「ダメだな」
突如後ろから響いた声に、思わず振り向いた。
同時に、ムウマのどろぼうによって、スペードのエースはあまりにもあっさりと奪われてしまった。
ユウマとハルキと、チヒロさんがいた。
「フフ、狙ったようなタイミングじゃないか警察諸君」
すでに仮面とカツラを付け直して、口調もいつのまにか怪盗のそれになっていた。
「親子の感動の再会を邪魔するほど警察は非情ではない」
「ま、一瞬だけ顔が見えたおかげで確信できたがな。――元ロケット団幹部、ラムダ」
「フフ、何のことやら?」
「とぼけるな。まあお前の顔写真のデータなら既に警察で手に入れている。そのあたりはお前が気にしたところで無駄な話だ」
「フフフ、ハッハッハッハッ!」
高笑いに続き、衝撃的なことを言い出す煙の怪盗。
「ならば次の標的は、警察のデータベースかな? これはいい。愉快だな」
その言葉を受け、ユウマがにやりと笑う。
「くっくっく、そうかよ。その時にはこっちも本気出させてもらうぜ?」
「……ほう、ここで私を捕らえるつもりはない、と」
「まあ、どうせ逃げられるだろうしな」
ため息を吐きつつ、ハルキが眼鏡をぐいと押し上げる。スペードのエースをひらひらと振り、
「だがこれについては没収とさせてもらうぞ。娘のためとは言え、それを見過ごすわけにはいかないからな」
「ハッハッハ、十分非情じゃないかね?」
笑う怪盗の疑問を無視し、チヒロさんが私の肩に手を置いて、
「ヒナちゃんはアタシたちで引き取ります。生活費も教育とかそのほかの費用も、警察持ちで。ヒナちゃんが一人立ちできるまで。それなら、問題ないでしょう?」
数秒の沈黙を挟む。
そして。
「フフ、好きにすればいい。それがもう決定事項なのならば、それに私がとやかく言う権利はないさ」
身を翻し、
「それではさらばだ。また会おう、諸君」
マタドガスを出し、自らを煙で包む。風でそれが取り払われる頃には、その人は消えてしまっていた。
一言お礼を言いたかったのにな、と、今更になって思った。
チヒロさんから渡されたハンカチは、嬉し涙でぐじょぐじょに濡れてしまっていた。