8.Irruption
ここは地下か。窓もないし、機械類が置いてあるだけ、上へ行く手段も階段だけ。目が覚めた場所の環境は少なくとも良いとは言えなかった。周りには赤のRがでかでかと張られた黒服集団。ノートパソコンをつついているやつもいれば、携帯電話で通話してるやつもいる。俺はここの職員数人と一緒に後ろ手に縛られ、身動きが取れない状態だ。
だがこれでも警察官。この程度の緩さの縛り方なら、ほどける。すぐにでも気付いて行動しようとしたが、あることに気づく。それは、唯一の手持ちであるヘルガーがここにいないということだ。ため息を吐き、臨戦態勢に入ろうとした体を押しとどめる。
はあ、もうちょっと落ち着いて行動したほうがいいのか。それを俺自身の持ち味と自負してきたが、それはあいつに言われた通りただの無鉄砲だ。無謀で無茶だ。それは警官としてどうなのか。失敗なんじゃないのか。
そんなことを考えているうちに、階段から一人の男が下りてきた。こいつもロケット団残党か。位置的にそんなに離れてないから会話が聞こえてくる。
「警官はまだ来ていないな? 今しがた取引の場所と時間を設定したところだが」
「ああ、外には見当たらない」
「そうか。良かった」
「――見えるものが全てと信じる愚鈍さは捨てるべきだよ、諸君」
下りてきた方の男はいつの間にか手持ちを展開していた。マタドガス1体とドガース2体。その場はあっという間に煙幕に包まれ、視界は閉ざされた。
「くそ、敵か!?」
ロケット団残党の声も虚しい。窓がなく換気扇しかない地下室で煙幕を張られたのだ、すぐには視界は回復しない。――と思ってたら、煙の中から戦闘の音がする。
いや、戦闘と言うよりは、むしろ一方的にロケット団残党がやられている……?
聞き覚えのある鳴き声とともに、そいつが目の前に現れた。1体のウィンディ。ハルキの唯一の手持ちだ。
そして、その主が現れる。
「フン、君にしては珍しい。無理に縄をほどいて暴れだしそうな君が、ここで大人しく待っているとはな」
縄をほどき、立ち上がる。
「手持ちもいない中で闇雲に暴れ回る馬鹿がいるかよ」
不敵に笑って見せる。
「お前も人のこと言えねえだろ。単身で乗り込んできたんだろ? お前らしくもねえ、感情的じゃねえか」
向こうも口角を上げてみせた。
「仕方ないさ。仕事だからな。ほら」
手に渡されたのは、モンスターボール。
「チヒロのムウマのわざ、どろぼうで取り返してきた。後で礼を言うんだな」
「おう。……ここは俺に任せてもらうぜ。お前は職員の保護を優先だ」
「いいだろう。イライラが溜まっていたんだろう? 思う存分暴れて来い」
「イライラはだいぶ収まったがな。だがあいつらに借りは返しておかなきゃ気が済まん。――というわけで」
ヘルガーのボールを投げ、走り出す。
「行くぞぉ!!」
元気よく吠えたヘルガーは、早速最寄りのロケット団残党に噛みついた。
数分の後、ある程度煙が晴れて状況が見渡せるようになった。
ここには七人の残党がいたらしい。いや、全員が元団員というわけでもなさそうだ。大きなRの文字を胸に掲げているのが五人で、あとの二人は関係ないただのチンピラと見た。七人のうち三人はすでにハルキが拘束済み。残り四人はまだ健在で、波状攻撃でヘルガーとウィンディを仕留めようとしている最中。職員たちは機械類の後ろに隠れ、ハルキは残党やそのポケモンが職員に近づかないよう身構えている。
そしてそこに、二人増えた。いや、増えていたと言ったほうが正しいか。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「ああ、タンコブだけだ。心配すんな。――つーかなんでここにいるんだ」
ハルキの野郎、なんでこんなところにヒナを連れてくるんだ。いやまあ待て、こいつの性格からして自分からついて来たいと言ったんだろう。とんだじゃじゃ馬娘だ。
「敵方のポケモン全員にでんじはをかけておきました。今のうちに決着を」
「おうよ。ヘルガー、ねっぷうで一気に決めな!」
ヘルガーの口から熱気が拡散し、それが4体のポケモンを包み込む。熱が過ぎ去ったあと、全員倒れているかと思えば1体だけまだ立ち上がっている。
「フレアドライブ!」
ハルキの声とほぼ同時にウィンディが炎を纏って突進、残った1体を弾き飛ばし、戦闘不能に追い込む。向こうのポケモンは0。うなだれるチンピラとは違い、それでもロケット団残党は諦めない。ボールにポケモンを戻すこともせず、階段へ向けて走り出す。しぶとい。
「まずいです。上ではチヒロさんが一人で交戦しています。このままだと――」
「ちっ、取り逃しちまう!」
「追うぞ!」
ヒナの声に焦燥感を掻き立てられ、必死に足を動かすが、階段前にてその必要をなくした。残党はその場で固まってしまったのだ。
そこに響くのは、音程こそさっき「見えるものが全て〜」と言っていたものと同じ、だが口調は全く違う声。
「おまえら……何のつもりだ? 騒ぎを起こしてまたロケット団の名を貶めるつもりか?」
「こ、この声は……」
「もしかして――」
「言わなくていい。何のつもりだと聞いているんだ。答えな」
逆光に邪魔され、また立ちふさがる残党にも邪魔され、声の主の顔や恰好は見て取れない。
何も答えない残党に、厳しい言葉が浴びせられる。
「こんなしょうもない騒ぎを起こして、それでサカキ様に顔向けできんのか、っつってんだよォ!」
「「も、申し訳ありません!!」」
あっという間に、残党を黙らせてしまう。ハルキもヒナも、もちろん俺も、その場から一歩も動けないだけの威圧感がその声の主にはあった。
声の主が吐き捨てるように、
「くだらねー騒ぎを起こすようなやつはロケット団にはいらねえよ、とっとと警察に捕まっちまえ」
そう言い残し、俺たちに姿を見せないまま、階段の方へ消えてしまった。
靴音もほとんど聞こえなくなったころで、残党たちがうなだれ、膝をつく。
「……ユウマ、確保だ」
「……ああ」
「ランターン、でんじは」
ヒナのランターンがでんじはをかけていく。アオイ含む増援がここに到着したのは、そのすぐ後の話だ。