6.Garboil
朝の4時半に叩き起こされることなど、署内で仮眠を取っていれば日常茶飯事だ。だが事件内容を聞き、冷静沈着なハルキでさえも驚きを隠せない。
「ユウマが……数名のロケット団残党に拉致された、ですって!?」
アオイ上官を呼び止めて問い詰めるも、大した情報は入ってこない。署内がパニック状態にある今、それを取りまとめるのも上官の職務のうち。要するに忙しいということだ。
「ええ。35番道路に彼のボールがあったわ。ヘルガーも街中で発見。途中で追跡できなくなったみたいね。どこに連れ去られたのかは目下調査中。それじゃ」
他の警官たちを一堂に集めたその部屋に向かうアオイ上官を見送る形で、ハルキは逆の方向へと駆け出した。
こういう状態を「居ても立っても居られない」と言うのだろう。
ユウマは確かに気に入らないやつだ。いつも無鉄砲に行動して、いつもすぐ感情的になって、もう少し考えることをしたらどうなんだ。そう言ってやりたい。だが――安っぽいプライドに縛られて見殺しにするくらいなら、僕には警官の資格などない。好き嫌いの感情くらい、ねじ切って捨ててやろう。
コンビ解消を願ったことはあっても、あいつの不幸を望んだことはないのだから。
――僕もやはり焦っているのだろう。そう思って心の中で苦笑する。冷静沈着を保つことを第一に置いてきた僕が、こんなに無茶苦茶な思考をするなど、普段なら考えられない。
着いた先のドアには「情報管理課」の文字。正直、ロケット団にいたと言われる彼女に頼ることには抵抗がある。だが四の五の言ってはいられないのだ。やや乱暴にドアをノックすると、「開いてるのでどうぞ」と、わりとふわふわしている彼女らしくない声が返ってきた。
ドアを開けると、うるさいくらいのタイピングの音がまず耳に入る。画面を睨みつつ超高速でキーボードを叩く彼女は真剣そのもの。その音に慣れると、今度は寝息が聞こえてきた。見ればヒナが仮眠用ベッドで寝ている。なぜここで寝ているのか、と突っ込みたくなるが、今は後回しだ。
「椅子があるので座ってください。申し訳ないですけど、今手が離せません」
言われたとおりに座り、周りを見回してみる。小窓が一つ、換気扇が一つあるだけの小さな部屋に、所狭しと機械類が並ぶ。埃も溜まっているし、仕事をする環境としては今一つ、いや悪いほうに入るに違いない。
環境のチェック云々はどうでもいいことだった。何よりもまず第一に、確認すべきことがあった。メガネのつるを押し上げ、
「君がロケット団の出身であるという噂が立っている。仮にそれが本当ならば、君が今回の事件に関与している可能性さえ浮上する。――実際のところ、どうなんだ?」
あまりにも単刀直入、かつ残酷とも言える質問に、タイピングの音が止まる。
3秒ほどの静寂は1時間にも感じられた。
錆のこすれる音とともに、顔がこちらに向けられた。
「事実です」
あまりにも毅然とした返しに、少々たじろぐ。
「2年前のロケット団再解散で路頭に迷ったアタシを拾ってくれたのがアオイさんです。……今まで素性を明かさなかったこと、謝ります。申し訳――」
「謝罪はいい。今回のユウマがさらわれた件と、君と、何か関連があるなら話してほしい。正直に」
今度の5秒は永遠にさえ感じた。口を開いた彼女は、こう語る。
「おそらく彼らは、彼の身柄と引き換えに、身代金と移動手段を要求するはずです。他の地方へ高跳びするのが目的でしょう。カントー・ジョウト地方ではロケット団への差別偏見は大きく、今でも残っています。が、他の地方ではそうでもないので。2年の間、大した職にも就けず、周りからは後ろ指をさされ、ずっと我慢してきたその不満が爆発したんです。――アタシは幸運なんですよ。こうして警察の役職を与えられただけ、彼らの何倍も何十倍も幸せなんです」
沈黙。
彼女が勇気を振り絞って喋ったことを、僕はどうしても虚偽だとは思えなかった。彼らは、ロケット団に与していたというだけで害悪と判断されたのだ。実際に犯罪行為を行ったかどうかに関わらず、所属していたことを「罪」と認識されたのだ。不憫だと感じずにはいられない、だが同情もできない、そんな混沌とした感情が重くのしかかった。
一つだけ確信を持って言えるのは、彼女とこの件は無関係である、ということだけだ。
こうやって思考している間に、いつの間にか彼女はパソコンに向き直っていた。
タイピングの音が止む。何事だと思っていると、彼女は今一度こちらを見据えた。
「場所が分かりました。GTS――グローバルトレードステーションの建物3階です。夜の人が少ないところを乗っ取ったようですね。ただ、参加しているのはロケット団員だけではなさそうです」
「……どういうことだ」
「ロケット団の後釜を狙って進出してきた小組織の一部が加担しているようなんです。数にして20人は下らないかと」
「声明なり要求なりは?」
「アオイさんのもとにそれに関する匿名のメールが届いたようですね。大事にするつもりはないのでしょう」
先ほどからパソコンをつついていたのは、これらの情報を集めるためだったのか。
いや、待て、
「ちょっと待て……その情報、どこから手に入れた?」
下手すれば犯罪ものの情報だ。彼女は真顔のままで、
「速い話がハッキングですよ。GTSの館内ネットワークから監視カメラを。次にコガネシティ内を総ざらいしてそれらの組織の情報を。最後のはコガネ署内の回線経由で手に入れました。それもこれもすべて――」
話していると、画面が波立った。次の瞬間には、そこからポケモンが飛び出て、現れる。
「この子の高速処理のおかげです」
相当疲れているのだろう、ポリゴン2はふらふらと彼女の膝の上に着地した。
そして、彼女はとんでもないことを口走った。
「アタシも行きますから」