5.Nightly darkness
今日は新月なのか、月が見当たらない。
収まらないムカムカは星の明滅に軽減されることも無く、地を踏みしめるたびに増していくように感じる。こういう時は酒でも呑んで流してしまいたいが、すでにこの時間だといい店はどこも開いてないだろう。
夜風がさすがにこたえる。あの煙の怪盗を追いかけていたのがついさっきのように感じられる。足取りがやたら重いのもそのせいか。ある程度鍛えているとはいえ、無理な運動を強いた筋肉は長時間の全力疾走には耐えかねて悲鳴を上げていた。
残念ながらこんな夜中にストレスを発散しようとすること自体、かなり無理のある話だ。放出できないイライラをそこに落ちていた石ころに向け、えいやとばかりに蹴飛ばせば、水にぼちゃりと落ちる音。
気がつけば、35番道路にまで足を伸ばしていた。起伏もなく草むらも外れたところにしかない道路で、いつも道にたむろするトレーナー達は見当たらない。こんな夜更けならば当然か。抜ければ自然公園があるが、そこまで行く元気はさすがにない。
腰からボールを外し、投げる。
「ヘルガー、走り回ってきていいぞ。ちょっとしたら戻ってこい」
ヘルガーはひとつ吠え、背を向けて走り出す。狭いボールの中に閉じ込められていたのだ、走り回りたい気持ちは分からなくはない。
そもそも警察は、他人のポケモンを押収したり保護したりするときに一時的に自分の手持ちとして加えることがある。だから、手持ちの数は最小限。ユウマの手持ちも子供の時から付き合いのあるこいつだけだ。
ユウマはそのへんにある柵に腰を下ろし、中身のないボールを地べたに置き、ライターで煙草に火をつけた。
思えば、どうしてあいつ――ハルキと組まされたのだろうか。
同い年にもかかわらず、初めて会った時から「こいつとは反りが合わない」と感じた。いわゆる「生理的に無理」というやつなのかもしれない。向こうも多分そうだろう。眼鏡越しに冷やかな視線を俺に向けていたような気がする。上官のアオイ――独り言だから敬称は要るまい――が俺たち二人を組ませたときは、気まずいアンド辞めたい、本気でそう思ったものだ。
実際に一緒に行動してみても、実際息の一つも合わない。大胆に行動する俺と、慎重に考えるあいつ。ザングースとハブネークのごとく、クイタランとアイアントのごとく、これ以上ないくらい険悪になるのは目に見えていただろうに、なぜアオイは俺たち二人を組ませたのだろうか。幾度となく諍(いさか)いが起こるのは分かっていただろうに。
直情的と言われるが、確かにその通りだ。俺は直感に従って行動するのが得意、というか当然になっている。現場でじっくり考えられるような猶予は基本的に与えられないと思っているし、実際その通りだ。自分が正しいと思うことに従う、ただそれだけを大切にしてきたつもりだ。
これまでも言い争いなど何度もあった。それこそさっきのような殴り合い寸前まで。――そのたびに周りに迷惑かけてたのか、俺は。そう考えるとひどく情けなくなってくる。頭に血が上りやすいのと直感で動くのとをごっちゃにしてたんだな。ブチ切れても結局悪びれることもなくやってきたが、さすがにまずいかもしれん。後で一言ずつ詫びを入れておくか。
だがあいつだけはどうしても気にくわない。どこぞの金持ちのボンボンだとかで、一般家庭から努力して上がってきた俺みたいなのを内心嘲笑っているに違いない。あいつは根本的に傲岸不遜なんだ。ヒナに対しても「差し出がましい」とか。まだヒナは14かそこらだろうに、気丈に振る舞っている部分もあるだろうに、あいつそれを知らないんじゃないだろうか。
まあ……とにかく、あの怪盗にひと泡吹かせてやらなきゃ気が済まん。ヒナの件も考えにゃならんし、今までもそうしてきたようにひとまず一時休戦の一言でも投げておくか。
もう一本吸ってから帰ることにし、上着から煙草を出そうと――
衝撃。
頭の後ろに一撃もらい、意識が遠のいていく。時間の感覚も狂ったのか、ゆっくりと前へ倒れるようにさえ感じる。
「ヘ、ヘルガー……」
相当遠くへ行ってしまったのだろう、呼んでも助けは来なかった。
気を失う直前に、赤いRの文字が見えた、気が、した。