4.Ill feeling
煙の怪盗。変装を得意とし、誰かに化けることによって易々と警備を無意味なものにしたうえで、マタドガスやドガースの煙で視界を奪い、その隙に金品を盗み取る。
その正体は名前の通り煙に包まれたまま。本名年齢出身職業住所その他もろもろいずれも不明。変装していないときも仮面を身にまとっているため顔も分からない。白の長髪と藍のマントがはためくたびに、狙ったものは彼の手の内。予告状を出してその時間ピッタリに現れるあたり、盗みを楽しんでいる様子も見られる。
どこかで煙のように姿を消してしまうことか、あるいは手持ちのマタドガスの役割からか、いつしか「煙の怪盗」という渾名がつき、本人もその渾名を使うようになった。少なくともコガネシティの中ではその名は噂程度に流れている。もっとも、得た金を義賊のようにばら撒くというわけでもないため、どちらかと言えば恐れられている風潮のほうが大きいが。
今回の怪盗の手口は、まず建物の中に煙幕を張り、窓ガラスを破って侵入――と見せかけてイリュージョンで化けさせたゾロアが建物内へ。ユウマがそれを怪盗本人だと思い込み直行、ハルキは今回のターゲットがある地下へ。そのとき2階にいた家主の悲鳴が響き渡る。ハルキが他の警官を二人そこに残し見に行ってみれば、ドガースの群れが家主を襲おうとしていた。後から追いついたユウマと協力して戦闘不能にしたものの時すでに遅し。ハルキが残した二人のうち一人は警官に化けた煙の怪盗その人。マタドガスのダブルアタックによりもう一人が昏倒させられ、侵入を許す。ユウマとハルキの二人が到着した時には時すでに遅し、まんまと持っていかれたのだ。
包囲網を潜り抜けて建物から外へ逃げ、警察を撒こうとする怪盗を追いかけるも、裏路地に入ってしまわれ、結局逃してしまったのであった。それで責任の所在をめぐって二人が口論となり、包囲網の外にいて裏路地まで追いかけてきたヒナのランターンに水をかけられるまでの流れは、この通りである。
つまりどちらが悪いとかそういうことではない。単純に怪盗のほうが騙すのが上手かったということだ。
だのに、
「お前が地下にそのままいなかったのがいけねえんだろ。俺に任せときゃ良かったのによ!」
「陽動だと疑いもせずに直感で行動した君が言えたクチか!」
「そっちが本物だったらどうすんだ!? お前は黙ってやられるのかよ!?」
「あの視界の悪い中で闇雲に動き回る馬鹿がいるか!! どうして君はいつもそうやって直情的に行動するんだ!?」
「んだとぉ!? 臆病風に吹かれて何も行動を起こさねえほうがよっぽど馬鹿だろうが!!」
「ただの脳筋より千倍も万倍もマシだろう!! 無駄に動いて空回りするなどみっともないぞ!!」
言い争いの発端は至極単純。アオイのいる部屋から出て二手に分かれた二人がまた同じ建物内で鉢合わせした、それだけである。周りの視線を集めながらそれで声のトーンを落とすというわけでもなく、互いに罵声を飛ばし合う様子はただの子供のケンカにしか見えまい。
このままでは殴り合いあるいはポケモンを繰り出しての乱闘になりかねない。そう判断した周囲の人間が二人を止めていなければ、確実に血が流れることになっていただろう。よりにもよって警察署内で。市民の信頼を失う可能性も加味すれば、放置するなどどいう選択はとうていできるものではない。
「やってられっかよ畜生!!」
最終的に、捨て台詞を吐いて外に出ていったのはユウマのほうだった。