2.Larcenist
「それで。結局また『煙(けむり)の怪盗』の逮捕には失敗したのね」
コガネシティの警察署、そこでユウマとハルキは上官――名をアオイという――の前に並べさせられていた。見た目には若々しさを保つその女性だが、コガネという大都市にあるジョウトいちの規模であるコガネ署の中でも一二を争うやり手で、二人のお目付け役でもある。机に肘を乗せて腕を組むその格好にしても、口をへの字に曲げたその表情にしても、「ご立腹」という言葉がここまで似合う様子はないに違いない。腹の中では激昂していても表に出さないあたりはやはりこの二人よりは精神的にも大人だ。いやむしろ、この二人が子供っぽいだけなのかもしれないが。
「……ええ。情けない限りですが」
「……けっ」
ハルキがユウマに送った冷たい視線と、ユウマがハルキに送った挑戦的な視線が正面衝突。火花を散らすような競り合いを制したのは、やはり凛とした声だった。
「『煙の怪盗』、ですか。噂程度にしか聞いたことがないのですが、どんな怪盗なんですか?」
少女の質問はハルキでもなくユウマでもなく、二人の上司のアオイに向けられていた。アオイはひとまずの笑顔を取り繕い、その疑問の答えを提示する。
「『煙の怪盗』は通り名よ。本名・年齢・出身も何もかも不詳。目元を仮面で隠しているうえ変装の名人だから素顔も分からないのよね。予告状の時間ピッタリに現れて、鮮やかな手口で財産やら秘宝やらを盗み出しているわ。手持ちにマタドガスがいることと、盗んだものをことごとく裏ルートで捌いていること、それだけは確かなのだけれど」
ちなみに冒頭のひと悶着は、ハルキとトウマが犯行予告その時間にその場所で張っていたにもかかわらず『煙の怪盗』を取り逃がし、追走するも結局逃げられてしまった後のものである。
「ロケット団の壊滅から半年後に現れて、それからの1年半で16件。今回のが17件目。このままじゃ住民の信頼も失うわね」
「ちっ、あんなすばしっこいやつをどうやって捕まえろってんだ」とユウマ。
「フン、手口も分からん以上、打つ手がないな」とハルキ。
「言い訳は結構。あなたたちが受け持った17件中15件の失敗、どう責任取るつもり?」
「うっ……」
「……」
アオイは少女に対しての温和な口調を一変させ、ふぶきに匹敵しうる冷たい口調で二人を閉口させてしまう。取り繕った笑顔もいつの間にか元通り。机から肘を浮かせて背もたれに体重を預け、ため息をひとつ吐き、
「ま、このままあなたたちに奴の逮捕を任せるかどうかはひとまず置いておくわ。代わりも今はいないし、向こうの情報が少なすぎる今闇雲に動いても得られるものは少ないでしょうしね。あとできちんと被害者に謝罪すること。いい?」
ユウマの空元気もハルキの堅苦しさも、悪戯っ子の説教ではとうてい済まないお叱りの前では全くの無力。お互いに対する苛立ちが下火になったところで、アオイは少女を見据えて本題に移った。
「それで――あなたはどうするの? 『ヒナ』ちゃん?」
アオイは少女を真っ直ぐ見据えるが、少女――ヒナはうつむいて黙ってしまう。温和な口調の中に混じった冷たさは、先ほどまでの責めるようなそれではなく、むしろ決断を迫るそれと言ったほうが正しい。
数秒の、間。
「――わからない。けれど、『あそこ』には戻りたくないです」
あまりにも小さな返答は、それでも静寂の中にはっきりと響いた。
ヒナが身を翻す。
「もう寝ます。おやすみなさい」
か細く、それでいて冷淡に残したその言葉。ドアが閉まってもなお、3人とも黙ったままの状態を保っていた。
口を開いたのは、アオイだった。
「あなたたちももう寝なさい。データ管理は情報管理課のチヒロに任せてあるから、必要なら明日の朝にでも寄っておくこと。今夜は二人とも非番なんでしょう?」
だがユウマもハルキもそれには従わず、疑問を呈した。
「一つ質問が。あのチヒロという女性、ロケット団上がりだという噂が立っているのですが」
「信用していいの――」
「――ノーコメント。これ以上の詮索は許可しません。それとも朝まで一夜漬けで私の説教を食らいたいのかしら?」
すなじごくよりもうずしおよりも大ダメージ、かつ長引くであろう説教はさすがにごめんだ、と言わんばかりに、二人は無言でそそくさとその部屋を出ていった。