名文ならぬ
アイテムボール
 ある道路を歩いていた時のこと。
 なんとなくそんな気分になって、脇の細い道に入り込んだ。細い道に入り込むには草むらを抜けなければならない。急ぐ人間は避けていくし、トレーニング目的ならその草むらで野生のポケモン相手に手持ちを戦わせるだけでこの先に進むことはあまりない。だからまあ、ちょっとした好奇心だった。
 すれ違うのも難しいほど細い感覚で、整然と並べられた木の迷路の奥の奥の行き止まり辿り着いてみれば、そこにはキズぐすりが一つ置いてあった。
 ふむこれはどうしたものだろう、と考える。誰かが忘れて行ったと考えるのが妥当だろう、けれど草むらでもない、まともにポケモンを戦わせるスペースもないこの場所で、わざわざキズぐすりをバッグから出して置き忘れるなんてことがあるのだろうか。それにそもそも、無造作に投げ捨てられたような感じには見えない。
 もしかすると、と思う。これは宝探しのようなものなのではないだろうか。わざわざこんな迷路に入り込む好事家のために、あるいはその迷路を偶然でも挑戦してでもクリアした誰かのために、ささやかなプレゼントを置いて行っているんじゃないだろうか。
 なるほど、じゃあ自分もそれに便乗しよう、と思って、キズぐすりのあった場所にメモを残し、キズぐすりを預かった。その上で、この迷路の別の行き止まりに、たまたまたくさん買い込んでいたむしよけスプレーを鎮座させておいた。

 1週間くらいして見に行ってみると、むしよけスプレーの場所にはメモが残してあった。ちょっと謎かけじみたものだ。恐らくはこの迷路の他のどこかに、自分がそうしたようにプレゼントを残していってくれているのだろう。メモを解読してその場所に行ってみれば、そこにはじしゃく――電気タイプのわざ威力を上げるアイテムが置いてあった。
 この前と同じように、そのじしゃくを懐にしまい、代わりにたまたま安く手に入れられたくろいメガネを置いておく。

 そうして、どこの誰とも知れない相手と、謎を掛け合い、アイテムを交換し合う、楽しい時間が続いだ。もしかすると複数人だったのかもしれない。例えばここに、いあいぎりを使わないと伐れないような木を植えておいたらどうだろう、いわくだきでしか砕けない岩を配置しておくのも面白そうだ、そう思いながら、謎やギミックを仕込んで、1週間ほどしてから見に行って、メモが残されていれば「よくぞ解いて、乗り越えてくれた」と称賛の感情を覚え、アイテムがそのままなら「自分の謎やギミックが効果的だったようだな」とほくそ笑みさえする、といった調子だった。

 ある時、自分が最後にクイックボールを置いて行った場所からは、クイックボールは無くなっていた。
 けれど、そこにはメモも何も残されていなかった。
 たぶん、そういう謎かけや宝探しとは一切縁のない誰かが、アイテムをラッキーで手に入れたものとしてそのまま持ち去ってしまったのだろう、と考える。アイテムを拾ったら別のアイテムを置いておくというルールだって、そういうゲームを楽しんでいた人達の間の暗黙の了解、不文律のようなものだ。全く関係ない誰かがそのローカルルール――そもそもルールでもないが――を守る義理があるだろうか。いや、ない。
 アイテムのあった場所を見つめてから、その場を去った。もう二度とこの迷路には入らないだろう、と、ちょっと寂しく思いながら。
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ポリゴ糖 ( 2021/05/31(月) 01:00 )