名文ならぬ
たまなげ

「エリカさんを草タイプの専門家と知って来たんすけど、ちょっと質問いいすか?」
 風体はミニスカート、口調は若者風、いかにも軽い感じの女の子。今日のタマムシジムの挑戦者は、ふらりとやってきた。
 その辺り、お嬢様であるところのエリカとは相性が悪いかに思われたが、そこはコミュニケーション能力の賜物、エリカは臆することなくにこりと笑い、
「ええ、何でしょう?」
 と問いかける。どこまでも対照的な、凛とした高尚な態度。
 けれどそれに怯むことなく、
「タマタマとナッシーって、“たまなげ”って使えるんでしょ? てか、覚えてるポケモン持ってないの?」
 女の子のほうの態度はなかなかに無作法。しかし逆に言えば、エリカのように折り目正しい若者というのが、どんどん少なくなっていっているのかもしれない。
「ええ、ちょうどこちらにおりますが……」
 エリカの後ろから、ピンク色の球体6つが飛び出てくる。たまごポケモン、タマタマだ。
「あ、やっぱりー?」女の子はあははと笑い、「いやさー、“たまなげ”って言うからにはさ、“投げる”っていう動作が要るわけじゃん。けど、実際タマタマにもナッシーにも手はないわけじゃん。ナッシーだったら、キックするのもありだけどさ。それじゃ“たまキック”じゃん。やっぱおかしいじゃん? いや、自分で言っといてなんだけど、“たまキック”てwちょーウケるw」
 一人で勝手にぎゃははと笑う女の子に、周囲のジムトレーナーも呆れるばかり。エリカひとり、「そうですね、確かにそうです」と笑顔で応対している。
「はぁ、はぁ、いや、そうじゃなくってね、エリカさん。ちょっと使ってみて欲しいんすよ、“たまなげ”。ってゆーわけで、タマムシシティジム挑戦しまっす!」
 ピースサインを横向きで目のところに当てつつ、ボールから呼び出したのは呆けた顔をしたコダック一体。他にポケモンも連れていなさそう。コダックはといえば、戦う気力なさそうに首を傾げるだけ。
「……いいですよ」
 顔は笑顔なのに、何だか喜んでいなさそうな顔で――実際、かなり舐められているとエリカは思っていた――承諾する。タマタマを前に出す。
「よっしゃ先攻! “かなしばり”!」
 コダックが何か念じるようなポーズを取る。
 しかし――当然、失敗する。“かなしばり”は、使ったわざを封じるもの。何もわざを使っていないタマタマに効くはずもなく。
「あれぇ?」
「ではこちらも――“たまなげ”、いきます」
 エリカがそう言うと、タマタマが女の子に背を向けた。
 疑問符を頭に浮かべる女の子をよそに、タマタマが次々跳び上がり、そのうちの一体がエリカの手の上に載り――

 エリカが、野球のピッチャーのごとく、投げた。

 フォームはなんならマウンドに落っこちそうなヘロヘロなのに。
 球の飛び方は、記録更新できそうなスピードと精確さ。
 それが時間差で、六球。いや、六発。

 実際には、投げられた力にプラスして、タマタマの念動力が推進力となって、コダックにぶつかりに行っているだけでしかない。にしても、そこはジムリーダーのポケモンである。しっかりコダックを倒す分だけは的中させてみせた。
 あっけなく倒れたコダックをボールに戻しつつ、女の子は言う。
「マジぱねえ……」
 ジムリーダーの実力を見せつけられ、すごすご去っていくかに思われた女の子。しかし次の瞬間には、目を煌めかせて言う。
「どういう仕組みかは分かんねっすけど、そのほっそい腕でそれだけの球速が出せるってことっすよね? それ、絶対何かに活かせるっすよ!」



 その後、タマムシのバッティングセンターの横に“ピッチングセンター”なるものが作られ、力の弱い女性や子供が豪速球を投げる体験ができたり、いかにタマタマを手懐けどれだけ正確に速く投げられるかを競ったりしたとか、しなかったとか。


ポリゴ糖 ( 2020/10/22(木) 20:35 )