ミラータイプ
「どうして人間って“ミラータイプ”使えないんだろね」
爆速のフリック入力で誰かとメッセージを送り合っているらしい大学生の姉が、唐突に訊いてくる。何だか今日は一日中、朝から晩まで元気がない。理由は知らない。別に知らなくても困らないし。
「そもそも人間はポケモンのわざ使えないだろ」
高校生の僕は風呂上がりに爪を切りながら、ぞんざいな応答をする。背中の方にいる姉に目も向けないのは、別にいつものことだった。
「“はたく”とか“にらみつける”とかはできるでしょ」
「まあね。姉さんの“メガトンパンチ”はゴーリキーにも勝るしね」
「食らいたいの?」
「結構です」
鬼嫁に組み敷かれる弱気な旦那ってこんな感じなんだろうか、と想像する。姉だけど。年上の特権って怖い。最近は拳が飛んでくることは滅多にないし、顔が変形するまで殴られるとかそんなことはないのだけれど、一発でお終いにするその一発が実に重い。昔から姉弟喧嘩と言えば、僕が一撃KOされてお終いということとイコールだった。
「自己嫌悪するタイプの人間だとややこしいことになりそうだけど」
「絶賛自己嫌悪中よ」
「ご愁傷さま」
「絶対思ってない」
いつもならここで一発飛んできそうなものだが、意気消沈しているらしい姉はスマホを弄っているだけだった。
しかし元気のないことといい、いつもそんなこと話題にもしないのに、いきなりそんなことを言い出すなんて一体どうしたことだろうと思う。トレーナーの友達はいるけれど姉も自分もトレーナーじゃないし、両親も然り。こういう話題が出てくることはほとんどない。
あー、なるほど。
「彼氏に振られたからか」
姉さんがスマホを閉じ、頬杖をつく。
「『俺のタイプじゃない』ってさ」
最近拳が飛んでこなかったのも、姉が非常に幸せそうにしていたからだった。彼氏GJ、と思っていたんだけどなあ、と、別の方向で残念がった。
まあ、いつまでも辛気臭い顔をしていられるのは癪なので、僕は真面目くさって口にした。
「姉さんならできるだろ」
「……ん?」
間の抜けた声が帰ってきた。見開いた目がこっちに向いているのを背中に感じる。
「“ミラータイプ”なんか使わなくても、相手を振り向かせられるだろ、ってことなんだけど」
「どうやってよ?」
僕は答えた。
「“ちからずく”でね」
無防備な背中に無慈悲な“メガトンパンチ”が飛んで来た。
まあこれだけ元気があるんなら大丈夫だろ、と思った。
僕と姉の関係なんてそんなもんである。