名文ならぬ
ゆめくい
 4歳になる妹の様子がなんだかおかしいのは今日の昼頃からだ。
 元気いっぱいでなんにでも興味を持つが、どうにも引っ込み思案なのか人見知りなのか、いきなり興味を持ったものの方へ駆け出すことはしない。いつも僕か母親にひっつきながら、あれこれと大きな声で言ったり訊いたりするのが常である。
 よく語るのは将来の夢だ。「あたしはしょーらいケーキやさんになるの!」とか「パンやさんになるの!」などと何の脈絡もなく叫び出したりする。その実それは家族で美味しいケーキやパンを食べた直後のことだったから、その時見たものでころころ変わるものらしい。結局何だかんだで「おはなやさんがいい」というところに落ち着くから、僕も母親も「そうかそうか」と言いながら聞き流すのが常であった。
 そんな妹がいましがみついているのは僕の脚ではなくて電柱だ。僕の後ろを少し距離を空けながら、電柱から電柱へ移るように付いてきている。
 隣を歩くスリーパーも、どうしたものかとおろおろしているようだった。別段スリーパーと妹とが仲が悪いわけではない。むしろ僕や母親が手が離せないときに一緒に遊んでくれるよき友として認識してくれているはずなのである。常というわけではないが外に出るときなどはボールから出して、一緒に外の空気を吸いに出る仲だ。まあ、スリーパーの脚にしがみついたりはしないから、多少怖がっているのかもしれないが、それにしたって今の妹の様子はおかしい。これまでこんなことはなかったのだ。
「どうしたんだよ、離れているとはぐれるぞ」
 遠くから妹に声をかけた。近くに来なよ、と続けて呼びかければ、妹は首を横に振って拒絶の意を示す。そしてスリーパーを指差した。
 僕とスリーパーは顔を見合わせた。
 自分に何らかの原因があると思ったのか、スリーパーは僕の腰につけたボールを叩いて勝手に自分でボールに戻った。どこか達観しているようですらある。
 妹はその様子を確認して、おずおずと僕に近づいてきた。
 やはりスリーパーに原因があったのかなあ、と思う。
 僕は午前中に妹と散歩に出た。草むらには入らないように気を付けたのだが、公園の木から落ちて来たビードルとエンカウントしてしまったのである。僕はとっさに“さいみんじゅつ”を指示して、スリーパーはビードルを眠らせた。それから“ゆめくい”でビードルの体力を削って追い返したのだった。
「スリーパーが怖かったのか?」
 妹は、うん、と短く言った。
「どうして? いつも一緒にいるじゃないか」
 はてさて、怖がらせる要素があっただろうか、と思う。バトルしているのを見せるのは初めてではない。僕の手持ちはスリーパーしかいないから、バトルするときはいつもスリーパーとで、例えば今日みたいに散歩しているときにスクールの同級生と会ってバトルになったり、野生のポケモンが飛び出してきたときに追っ払うときだったり、そういうときはスリーパーとバトルしてきて、その場面に何度も居合わせているはずである。
「そうじゃないの」
「じゃあどうしたんだい」
 まあ確かに、“ゆめくい”は最近覚えさせたわざだ。威力の高いわざを見せれば、萎縮してしまうものなのかもしれない。
 けれど妹の答えは、僕の想像を超えたものだった。

「だって、おにいちゃんのスリーパーって、ユメをたべちゃうんでしょ。きょう、みちゃったもん。――スリーパーに、あたしがおはなやさんになるっていうユメを、食べられちゃう!!」

ポリゴ糖 ( 2018/11/26(月) 22:35 )