気ままに一筆
空を駆け 人を繋ぐは 翼かな
 「空を駆ける」という表現がある。
 文学的と見られてしまうこともあるが、自分たちにとってはまさにそうとしか言えない。

 今日もまた、空を駆ける。


**********


 今回の仕事はかなり厄介だった。
 どうやら送り先の住所と中身の品物がちぐはぐになっていたらしい。言ってしまえば「誤送」。
「やー悪い悪い、やっぱ伝票処理はテキトーにやっちゃいけないね、うん」
 ぼりぼりと頭の後ろを掻きつつ全く悪びれることなくそう言ったのは、自分の主である人間――「とりつかい」と呼ばれることが多い――であり、自分を含むポケモンを使った運送事業の長。まれに、いやときどき、いやしょっちゅうこういうミスをやらかしては、キレやすいムクホークに突っつかれ、寡黙なオニドリルに睨みつけられ、ひょうきんなオオスバメに呆れられている。ピジョットである自分はただその様子を苦い顔で見つめるのみ。
「いてて、悪かった、悪かったって! 次は気を付けるから! つつくなっての!」
 ホウエン地方、ヒワマキシティではもう見慣れた光景と化したやりとり。ここのジムリーダーがひこう使いということもあり、とりつかいも自然と集まって来るのだという。ここを起点とし、依頼者から荷物を預かって、ある時は地方の垣根を越えて配達を行う。自分自身とポケモン4体を養っていける程度には稼げるものなのであろう。
「……で、だ。その再配達なんだが。ピジョット、お前に一任してもいいか? 他の仕事はこっちで回すから、その間に正しい場所に届け直して欲しいんだ」
 それだけならときたまやっていることだから問題ない。問題ない、のだが、
「今回は地方からしてバラバラだからな、一番スピードを出せるお前に頼みたいわけよ。早くしないといろいろマズいことになるかも……」
 つまりホウエン地方の外をも駆け回らなければならないということだ。自分はこの中では最高速度には定評があるし、高い視力により届け先を間違うことはほぼなく、信頼されていると言っていい。そのためこういう急ぎの時には真っ先に頼まれることとなる。カイリューのほうが早いのでは、とときどき思うが、あの種族は育てるのが難儀らしい。まあ今は関係ないことだが。
 一つ頷く。肯定を示せば、主は伝票の束と小包をひとつ、預ける。
「貼り付けた伝票のコピーだ。これを渡して、間違って届けたものを預かって、届けた先で照合してもらってくれ。最初の行き先は、シンオウ地方のカンナギだ」
 もう一度首肯。渡されたものを落とさないよう背中に括り付けてもらい、外に出る。
 舞い立つ砂埃とともに、飛翔。

 今日もまた、頭の羽をひらめかせ、空を駆ける。


**********


 最初の届け先はカンナギの長老の家。場所を確認し、降下。
「おお、遠い所からよく来たのう。これを渡しに来たのか」
 その場で開封した小包には、古めかしい本のようなものが入っていた。歴史、と言われても自分にはピンとこないが、価値のあるものだということは嫌でも分かる。何と言うべきかこう、汚してはならないような、そんなオーラを出しているような気がする。
「確かにモンスターボールかのう、妙な荷物が届いたことはあったからの。まあ、ゆっくりしていくとええ」

 のどかな時間が流れる町だった。
 マイペースとでも評するか、とにかく時間に追われることがほとんどない。日が昇る時間とともに起き、日没の頃には僅かな明かりを残して眠る町。昔の伝承を数多く残し、今なお語り継がれるその様は、発展に溺れた人々にとっては遅れたものに映るのだろうか。
 自分はこの町が好きだ。この緩やかな雰囲気は、ほかの町には作れない。のどかな時間の流れるこの場所は、自分の生まれた場所を彷彿とさせる。そういえばムクホークと最初に出会ったのもこの近くの道路だったな、と思い出す。
 子供たちの遊び相手になり、休む場所と食事を提供してもらい、一晩を体力の回復に充てる。出立は次の日の早朝。
「どれどれ……ほう、ホウエン地方のカナズミじゃな。じゃあ、頑張るんじゃぞ」

 今日もまた、大きくなった翼を広げ、空を駆ける。


**********


 次の届け先はデボンコーポレーションの本社。場所を確認し、降下。
「ああ! これだよこれ! やっと届いたな! 間違って届いたこれ、捨てなくてよかったな!」
 社長室の窓から入るというのはいささか失礼にあたりそうなものだが、快く許したのは社長その人だった。カンナギの長老から預かった頑丈な箱の中身は特殊なモンスターボール。「うちの主力製品なんだ」と力説する様子からして、ただのボールではないことはしっかり理解した。
「他にもうちの主力製品は――っと、さすがに長く話し込み過ぎたな。少し休憩していくと良い」

 賑やかな時間が流れる街だった。
 ジムがある街でもある。それに加えて、駆け出しのトレーナーを養成するトレーナーズスクールもここにある。ホウエンいちの大企業もここにある。人が集まらないほうが不思議というもので、実際に若い世代の集まる街。進み過ぎた科学は、当然として受け入れられているのだろうか。
 自分はこの街が好きだ。ここの活発な雰囲気は、ここにしかない。南にあるトウカの森は、最初の主――今の主は自分にとっては二代目となる――と一緒に戦った場所を思い起こさせる。そういえばオオスバメと出会ったのもこの近くの道路だったな、と思い出す。
 得意げに自社製品の紹介をする社長の話を聞き流し、しかしながら少しだけ興味を持ち、やはり同じように食事を提供してもらう。出立はその日の夕方。
「ほほう、次はマサラタウンか。気を付けて行ってくれよ!」

 今日もまた、逞しくなった体を浮かせ、空を駆ける。


**********


 次の届け先はマサラタウンのオーキド博士の研究所。場所を確認し、降下。
「ああ、誤配の件じゃな。荷物はちゃんと保管しておるぞ。ほれ」
 忙しいだろうに、誤配というミスを犯した自分を快く迎えてくれたのは、オーキド博士その人。自分が運んできた何かの資料に一通り目を通す。それも常人を遥かに超える速度で。目は利くが文字の読めない自分でも、そこには小難しいことが書いてあることはそれとなく分かるのに、やはり天才なのか、と思い知らされた。
「うん、配達ご苦労じゃな。少し休んでいくか? 美味いものが出せるわけじゃないがのう」

 静かな時間が流れる場所だった。
 家も少ない閑静なところで、オーキド博士のもとを訪れる研究者くらいしかほとんど立ち寄らない。研究には打ってつけの場所と言えよう。
 自分はこの町が好きだ。どこかに似ているとかそういうことではない。雰囲気云々の前に、思い出の場所だからだ。近くの道路で当時のオニスズメと喧嘩して、そこを通りかかった最初の主にどちらも捕獲されるというまさに漁夫の利を体現したようなエピソードがある。それに、もしかしなくても、あの家では一度休ませてもらったことがある。
「ふむ? 見覚えのあるピジョットだ、と思ったら、もしやあのトレーナーの?」
 そちらの方向を窓越しに見ていた自分に気付いた博士が話しかけてくる。首肯すれば、博士は顎に手を添えてしみじみと語りだした。
「そうか。あの子は残念ながらここには帰って来ておらんようじゃ。あの子が殿堂入りした後の話は聞いておろう? 手持ちを6体に絞り、他を別のトレーナーに預け、忽然と消えてしまった……」
 そのことは自分も知っている。多分今の主のもとに、最初の主が自分を託したのだろう。オニドリルに進化した同僚も一緒に、であるが、とにかくそれから最初の主には一度として会っていない。また会う時も来るのだろうか。

「次の届け先は――ん?」
 疑問符を頭に浮かべた博士の方を見れば、何とも訝しげな顔をして伝票のコピーと睨み合っていた。
「いや、まさかのう……あそこに人はほとんどおらんはずじゃし、人違い何てことは……ううむ……しかしさすがに……」
 背中に抱えた荷物がゆさりと揺れる。
「まあ、よい。次はシロガネ山、その頂上と書いてある。気温が低いじゃろうが、危ないと思ったら戻ってくるんじゃぞ」

 今日もまた、少しの疑問を抱えつつ、空を駆ける。


**********


 標高の高いシロガネ山を飛んで登ることは、決して容易ではない。
 空気も薄くなれば、冠雪の明るさが目を焼いて視界もおぼつかなくなるし、何より時折吹く吹雪がじわじわと体力を削る。今までの疲れとそれらが一気に押し寄せ、自然と苦々しい顔を作ってしまう。ここまで難儀な配達は、初めてだった。間違って配達したときは寒さに強いムクホークが来たのだろう。

 いた。一人の人間が。
 見えた。赤い帽子が。
 懐かしい姿が、そこにあった。

 頂上へたどり着いたことへの安堵が追い打ちをかけ、そのままフラフラと着地。
 その人は、その人は。自分のところまで歩いて来て、自分の頭をゆっくりと撫でた。
 久しぶりだね。
 そう言われたような気がしたのは、まさか幻聴か。実際に聴覚に働きかけるのではない言葉が、自分を迎えてくれた。それ以降は何も喋らなかったから、それが声だったのか言葉だったかは判別できなかったのだが。
 しばらく頭をなでた後、背の荷物に気付いて、それを手に取る。すこしだけ口角を上げ、背中のバッグを開いてそれを入れ、別のものを取り出して自分の背に負わせた。

 互いに何も言わない時間が過ぎた。
 静寂を破ったのは、自分の羽音だった。
 これ以上あの人の側にいては、我慢できなかった。

 海の上に一滴(ひとしずく)。

 大きくなった翼も、重くなった体も、進化する前の、あの人に初めて出会った時の、ポッポのそれとは、全然違っていた。
 時間が流れたのだな、と、気付かされた。

 今日もまた、空を駆ける。


**********


「再配達、サンキューな」
 そう言ってわしわしと頭を掻き回す今の主。嫌には違いないが、まあ、いいだろう。
 ヒマワキまで戻ってきた自分には、しばらくの休みが与えられた。休みだからといってどこかへ出かけるということも無く、ただ疲れを癒すためだけに消費してしまったのはちょっとだけもったいないなと後悔している。

 最後の荷物、あの人が自分に託した荷物が何だったのかは、知る由もない。

 今日もまた、空を駆ける。


■筆者メッセージ
 Twitterでのハッシュタグ「リプ貰ったポケモンで短編書く」においていただいたお題「ピジョット」です。

 運送業のアイデア自体はすぐに浮かびました。拠点のヒワマキの名前をずっと「ヒマワキ」だと勘違いしていたのにこのとき初めて気付いた次第です。お恥ずかしい限り。流石にピジョットだけで配送やってるのも妙な感じだったので、他の鳥ポケモンにも登場してもらったところ、何か琴線に触れてしまったようですね。結果オーライでしょうか。
ポリゴ糖 ( 2018/02/16(金) 21:59 )