気ままに一筆
本と引っ越し

 帰ってくるなり、僕は「あちゃー」と呟いて項垂れた。
 春の昼下がり。僕は大学の近くから就職先の社員寮への引っ越しの準備に追われていた。机を解体したり本棚の中身を抜いたり要らない服を捨てたり、物が減って広くなった室内。4年間過ごした部屋の様子の違いに、僕の手持ちのニャルマーはちょっと興奮していたと思う。
 そう考えれば、この惨状もさもありなん。大学に呼ばれて行って帰って来てみれば、部屋の中に本の絨毯が敷いてあるみたいになっていて、脚の踏み場もなくなっていた。
 部屋の隅を見れば、ぼろぼろになった空の段ボール箱。教科書でも二束三文にはなるかと思って詰めておいたものの、どうにもリサイクルショップまで行くのが億劫で、そのままにしておいたのだった。ようはせっかく詰めたものを、ニャルマーが“ひっかく”で中身をぶちまけたわけである。
「結構苦労して詰めたんだぞ?」
 少しずつ本を隅の方に寄せていきながら、下手人のニャルマーに嫌味を言う。にゃー、と鳴きながら物色するように本の上を歩き回るところを見るに、まったく効果がないようだが。
「やれやれ……」
 箱が大破してしまっているので、売りに行くのはとりあえず先送りだ。しかしこのままぶちまけておくわけにもいかない。やむなく段ボール箱を置いてあった所に重ねて固めておくこととした。これが結構つらい。本は1冊なら全く重くないが、10も20も重なった紙の束になると持ち上げるのがしんどくなる。しかもそれなりに量があった。幸い、本の方にはほとんど傷が入っていないようだが、変に小手先の技量を見せつけられたようで、微妙にムカつく。ムカついたって始まらないわけだが。
「しかし、どうしてこんなことしたんだか」
 相変わらず本を足蹴にしながら歩き回るニャルマーの方を見る。はて。渋い味のポフィンが好きなこいつが、似たようなにおいを段ボールの中から察知したか。それとも意中のメス(こいつはオスである)のにおいでもしたか。するとしたら中古のマンガか文庫本のどれかだろうが、そんな残り香にも反応してしまうほど飢えているんだろうか。だとしたらちょっと申し訳ない。
 と、何となく考えるうち、ニャルマーは1冊の本を咥えて足元に走ってきた。
「ん?」
 足元に本を落とし、こちらを見上げる。にゃー、と、もう一つ鳴く。
「これは……」
 拾い上げる。確かにそれは、何度も読み返したお気に入りだった。こいつは、それを覚えていたんだろうか。覚えていて、それを箱に詰める僕の様子を見て、そうしてわざわざ探し出してきたんだろうか。
「……これだけは、新居にも持っていくか」
 にゃー、とニャルマーはもう一つ鳴いて、日の当たる窓際まで歩いて行き、そこで丸くなるのだった。

■筆者メッセージ
 さて、彼のお気に入りとは一体どんな本なのでしょうね?
ポリゴ糖 ( 2020/03/16(月) 01:15 )