太陽と影の縁側講座
「現役の頃は、わしも『不死身』などと呼ばれていたものじゃよ」
自分の影に向かってそう話しかけるキュウコンの姿を見れば、とうとう老いてボケたかと心配されるに違いない。独り言には適さないその言葉を聞かせる相手は、日向ぼっこに最適なこの広い縁側には、今の主人たる老婆すらも誰もおらず、ただ日を浴びて寝そべるキュウコンのみ。傍目にはそんなふうに見えるからだ。
痴呆と間違われることを不憫に思ったからか、いやそうではない。キュウコンの影の中にいることがばれている以上、姿を隠しても意味がないと思っただけ。そう自分に言い聞かせるのは、見破られた敗北感を希釈するためだ。ゲンガーは影への潜入を半分だけ解除し、口から上だけを板間から生やした格好になる。
「大層な呼び名なのな。爺さん、斬られても潰されても死なないほどタフには見えねーんだが」
「強くはなかったからな。何度も負けて、何度か死の淵を彷徨って、その度に間一髪で生き続けた。それだけじゃ」
「じゃあ今、ここで爺さんの命を奪ってその二つ名を台無しにしてやろーか」
「できるものならな? それにその名はもう引退したときに返上しておるよ」
「不死身じゃなくなった、ってことは……つまり爺さんは一回は死んでるってことか」
「戯け。どうしてそうなる」
こうしてこの老キュウコンと話すのは三回目。会ったのは四回目。昔語りはこれで二回目になる。
忘れもせぬ一度目。老いた獲物は狩りやすいだろうと高を括って屋敷に侵入、寝込みを襲おうとしたら、さすまた代わりのじんつうりきに一撃KOさせられた。俎上のコイキングのごとく床にへばった自分を見下ろすキュウコンからは、思いもよらないこんな言葉が飛び出した。
――お前を殺すことも駆除業に突き出すこともしないから、代わりにこの爺の話し相手になってくれるか。
逃げてしまえばこっちのものなのだから、あえて再度こいつの前に現れる必要もなかったのだが、しかし無意識に二度目を望んでその時に初めてまともな言葉を交わし、三度目を求めて昔の話が飛び出し、そして四度目の今に至る。命を狙われておいて何故助けたのか聞きたかったからとか、自分の方も霊の類ではない話し相手が欲しかったとか、そういう理由ではない。断じてない。
影に潜んで体温を奪っているというのに何食わぬ顔をしているのは、炎を扱うからか、タフだからか、それとも生への執着がないからか。
「主は五度変わった。四回は死に別れて一回は生き別れた。皆、ポケモンを育てて戦わせるのを生業にしておったよ」
「随分多いな。次々祟り殺してったってことか?」
「物騒なことを言うでない。死に別れた四人はみな六〇までは生きておった。脳溢血で倒れたひとり以外はみな老衰じゃ」
「はー、一〇〇〇年生きるっていう言い伝えは本当だったのか」
「一〇〇〇はさすがに誇張じゃろうがな。頑張ってもせいぜい八〇〇といったところか」
「なげーよ! そんなに変わんねーじゃねーか!」
「その長さも、『不死身』と呼ばれた所以なのじゃろうな」
曰く、今の主たる老婆は五人目の主の娘なのだとか。最初のトレーナーの許でタマゴから孵ってからずっと、人間の傍に寄り添い続けたらしい。人から人へ手渡される間に、五人目の主が死ぬ少し前に医者からストップがかかるまで、ずっと戦い続けていたのだという。
なるほど、野生の競争を生き延びているまだまだ血気盛んな(そんな表現がゴーストの自分に適しているかはともかく)自分を、老いてるくせにじんつうりき一つで伸す程度には、強いわけである。そう漏らせば笑って否定された。
「言ったじゃろう、強くはなかったと。勝ちと負けは五分と五分。正しく数えれば負けの方が多いやも知れぬ。ただ、勘だけは鋭くなった。それは確かじゃな」
「実際に伸された身としては謙遜にしか聞こえねー」
「お前さんが軟弱すぎるんじゃろう。どれ、一つ鍛えてやろうか? 老骨に鞭打てば戦えんでもない」
「やだ、絶対ヤダ。変なところに当てて骨がぽっきりいったりしたらぜってー呪い殺される」
「まあお前さんならすぐ逃げてまともな鍛錬にならんじゃろうな。老骨を折って骨折り損をするのはこちらだけか。冗談じゃ、忘れるといい」
主人が庭の手入れを終えて戻ってくる気配がある。今日はこれでお開きらしい、そう悟ったゲンガーは、西日に引き伸ばされた長い影から出て行こうとする。
また来るとよいぞ、なんて、去り際に前と全く同じことを言ってきたから、気が向いたらな、なんて前と全く同じ返事をしてやった。
この後も何度かこのキュウコンの所に来ては、話を聞いてやるのだった。
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「『不死身』って二つ名、けっこーカッコ悪い」
「何を言うか。朋輩のダグトリオが文殊の知恵でじゃな」
「三人寄ってねーだろそれ」
「わし以外にも色々付けておったよ。『昼行燈』やら『闇鉄砲』やら『火薬庫』やら」
「全部ネガティブな意味じゃねーか!」
このキュウコンがトレーナーの手持ちポケモンであったことは前にも聞いたが、もちろんただ一体だったわけではなく、今で言うところのパーティメンバーがいたというわけだ。不死身という呼び名も最初はふざけて呼び合うだけだったのが、いつしか周りに浸透してしまったがゆえに使われたに過ぎない。メンバーが入れ替わっても主が変わっても、ずっとそのままであり続けた。
そして、名付けたダグトリオも、呼び合っていたメンバーも、皆キュウコンを残して、先にあの世へ旅立った。
「規則の厳しい今とは違って、昔は戦いの最中に事故で命を落とす者も多かったからのう。種族の性質もあったじゃろうが、その中でわしだけ死にかけても生き残るというのは、周りの目には奇異なものに映ったのじゃろうな」
「けどやっぱりセンスねーよ。『不死鳥』の方がカッコいい」
「話を聞いておらんの。不死鳥は本物がおるじゃろうが。あれはその二つ名を冠するにふさわしい秀麗な者じゃ」
「あー確かに……って、まさか爺さん会ったことがあるなんて言わねーよな」
「はて。年寄りは忘れっぽくなっていかんな」
「え? マジで会ったのか? ファイヤーに?」
「あん? 耳まで遠くなって来おった」
「聞いてねーのはどっちだ!」
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「長生きしてるんなら知り合いも多そうだけどな」
「隠居生活で文を書くことも叶わんからなあ、主どうしの連絡に頼りきり。数は推して知るべしじゃよ。超能力が使えるなら別じゃが」
「何だ、いるっちゃいるのか。ぼっちざまあって笑ってやろうと思ったのに」
「……意味は大方察した。毒持ちは皆性根まで腐っておるようじゃのう?」
「ひでー偏見だな! 色眼鏡は色眼鏡でも、モルフォンの色眼鏡の方が役に立つ分まだマシだ」
「お前さんみたいに口の悪いモルフォンも知り合いにおったよ。二つ名は『毒舌』じゃったか」
「名付けはぜってーダグトリオだろそれ!」
知り合いと一口に言っても、仲間もいれば敵もいた。無論、ぶつけあうのは敵意でも憎悪でもなく、力と力、わざとわざ。トレーナー含めてどいつもこいつもバトルジャンキーだったわけである。クレイジーと揶揄しても差し支えあるまい。
「気狂いと言われて否定はできんな。あるとき『韋駄天』のウインディと一日中炎をぶつけ合っておったら、いつの間にか山が一つ焼きあがっておったくらいじゃしのう。うむ、枯れ山はよく燃える」
「トースト感覚で山を焼くんじゃねー!」
「あの頃は本当に戦いにしか目がなかったからのう。ちなみにその枯れ山は焼いた灰が肥料になって、今や大樹がひしめいておるよ」
「突進するサイホーンの方が周りが見えてただろーな。で、どっちが勝ったんだよ」
「引き分け、ならぬ痛み分けじゃった。主に強制的に止められたからのう。『誰も焼けなかったから良かったものの、火事を起こすとは何事か』とな。いやはや、あの時は暴発寸前のマルマインのごとき怒りっぷりでなあ」
「いやそれもう爆発してるだろ」
「何じゃ、オコリザルのようと例えたら安直だと言うくせに」
「別に言わねーよ!?」
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「番(つがい)はいねーのか」
「持たなかった。ずっと戦いに明け暮れておったからのう」
「強けりゃさぞモテにモテただろーよ。引く手は数多だったんじゃねーの?」
「数多の手に引き裂かれそうになったことはあるがの。主にカイリキーやドククラゲの、じゃが」
「手が一杯ってそういう意味じゃねーよ!」
何度か見合いの話は出たし、縁談が成ったこともあるという。そして同じ回数だけ、三下り半を突き付けられた。仕事と私どっちが大事なのと訊かれて迷いなく仕事と答えるがごとく、伴侶たる相手と寄り添っている時でさえバトルが起こっていると見るやすぐさま飛び出していく、そんな性格だったわけである。三つ子の魂百までとは言うが、もうこれは前世からの因縁すら感じる、とは本人の談。
「揺り籠から墓場まで寝ても覚めてもバトルバトルバトルってわけか。そりゃあ嫁さんも耐えられねーだろーよ」
「性分じゃから仕方あるまい。ふむ、しかし惜しいことをした」
「何がだ」
「見合いの相手ではないんじゃが、まだ若いころにシャワーズのおなごに求められたことがあってな、戦う姿に惚れたと言うて、会うたびに言い寄ってきたものじゃ。その時はただ鬱陶しいと思っておったが、今思えば別嬪じゃったわ。受けておくべきじゃったかのう」
「キュウコンが求婚された、ってか」
「……寒い駄洒落には暖が必要じゃろう。ほれ」
「あちちちちちちち!!!」
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影に忍んで近寄って、毎度毎度見破られて、よく来たのう、なんて定型句を寄越されて、来てやったぞ爺さん、なんてちょっと悔しがりながら返す。
影が伸びて長くなって、去り時と悟った時には、また来るとよいぞ、なんていつもの調子で言うから、気が向いたらな、なんていつもの調子で答える。
日常と化した風景の中で、己の見聞きし感じたことを、時折小難しい説教を交えながら、キュウコンはゲンガーに語って聞かせた。こんな性格だから、一息ついたところで茶化して返すのがお決まり。せっかく教えてやっておるのに、と苦笑いする爺に、なんだ教導のつもりだったのか、とケタケタ笑いながら答えたとき、キュウコンはこんなことを言っていたと思う。
「教導などと堅苦しいものと思わずともよい。まあ、わざわざわしのおる縁側まで通っておるくらいじゃ。趣味の講座とでも思うのが、気楽でよかろう?」
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そうして、昔語りに付き合った回数が十を超えたころ。
今日はキュウコンの様子がおかしい、と気付けるようになるには十分な回数だった。
いつもならあと数歩近付けば触れられるという距離で、板間に伏せった頭をもたげて、いつもの定型句から昔語りを始めるものだが、今日に限っては一向にその気配がない。
隙だらけである。
敢えて無防備にして誘い込むような雰囲気もない。
一体どうしたことか、今のうちにこてんぱんにされた仕返しを、と思っていたが、そんな邪悪な意思が伝わったのか、キュウコンはゆっくりと目を開く。
「起きてたのかよ」
「悪いか?」
「ああ悪いね。今のうちに不意打ちで仕留めてやろうと思ってたのに」
「卑怯なことじゃな」
やれるものならやってみろ、とか、百倍にして祟り返すぞ、とか、いつもの調子ならそんな答えが返ってきそうなものだ。
どうした爺さん、元気ねーな。そんな言葉を投げつけてやろうと思ったその時だった。
「お前さんは、死ぬのが怖いか?」
単刀直入、前置き無しの問いは刀というより豆鉄砲。食らったポッポのごとくきょとんとしていても、キュウコンは二の句を継がない。答えろということか。
「ゴーストタイプにンな事訊かれてもなあ。生きてるイコール死んでるみたいなもんだし?」
「死はなくともいつか消滅はあり得るじゃろう。焼き尽くされるなり噛み砕かれるなり」
「恐ろしいこと言うなよ爺さん」
「恐ろしい――そうじゃろうな。死ぬとはそういうことじゃ」
何だ、小難しい説教でも始めるつもりか。言いかけた一言は、こちらを見据える赤い双眸に引っ込めさせられた。
「死にかける恐怖というのを、お前さんは味わったことなどあるまい? 花畑も三途の川も見えなんだし、走馬燈など見る暇もなかった。ただひたすらに真っ暗な場所で、自分が消えていく感覚。首輪を嵌められて引きずられるというのは経験したことはないが、あの世に引きずり込まれるとはああいう感覚なのじゃろうな」
「そんな感覚、何度も味わいたくないもんだ。ベトベターとどっちが不味いか知れたもんじゃねー」
「そうじゃろう。決して気持ちの良いものではない。そして、本来ならば――何度も経験することなど、ない。わしは誰より奇異な存在じゃったのじゃろうよ」
食ったことがあるのか、といった返しを期待したが、振り方がまずかったか、いや、今日のキュウコンはそんな些細な言葉遊びなど、気に掛けるつもりもないのだろう。
「八〇〇をも数えてはおらんが、それでも長く生き過ぎた。主は五度変わった。うち四人の死に立ち会った。仲間の死にも、宿敵であった相手の死にも、その主の死にも。人も獣も、草も木も、言うなれば建物や町でさえ、わしが生まれて間もないロコンの頃に見ていたものから今に至るまでほとんど全て、皆生涯を終えた。無論全部ではないが、多くの死に立ち会った。そしてわし自身も、何度か死の淵に立った。――死ぬということが、あまりにも身近になり過ぎた」
「麻痺してきたってのか」
「そういうことかのう」
恐怖は覚えなくなったのう。そう言って、キュウコンは外に視線を送り、そのまま話し続けた。
「死の先には何もないということを、わしは何度もの臨死体験で知った。あれは言うなれば虚無というものじゃ。想像の及ばぬ世界じゃからこそ、皆は己がそこに飲み込まれることを恐れるし、他者がそこに至ることを悲しむ。わしも、誰かの死に悲しみを覚える心を捨て去ったわけではない。『韋駄天』などが若くして命を落としたときなど三日は泣き明かした。が、いざ自分の死についてとなると、そういう感情はとんと出てこん」
「そりゃあ長生きなら、次は自分か、なんて思えないだろーよ」
「安寧に過ごしておったならばそうだったかもしれん。しかしわしらが生きた世界では、いつ失命してもおかしくなかった。現にそうなりかけたしのう。結果的に紙一重で踏み止まった結果でしかないのじゃよ」
いつものような冗談を交えてくるでもなく、ただ淡々と語る。
「死にゆく者は、およそ皆、己のことを記憶に留めておいて欲しいと願った。忘れられて存在すら無かったことになるのを恐れたのじゃろうな。しかし蓋を開けてみれば、わし以外に語り継がれることなどなく、もはやその痕跡すら残っておらん。『昼行燈』も『闇鉄砲』も『火薬庫』も『毒舌』も、残っているのは名前だけ。語る者がいなければそういう存在が在ったことも風化して消える。わし自身の『不死身』の名も同じく、じゃ」
ここで一呼吸おいて、言った。
「しかし年を食って振り返ってみれば、それで良かったのじゃろうと思う」
悲嘆も憂愁も感じさせない、が、開き直りとは少し違った。
「緑の戻った山に、わしらの作った灰はもう残ってはおるまい。それと同じなのじゃよ。身体が土に還れば目に映らなくなるように、存在も記憶も見えなくなって、いつか消えていくのじゃろう。でなくば、後の世の者が抱えるものが重くなり過ぎる。忘れ去られるまでがわしらのそれまで。勝手かもしれんが、死に際に覚えていてくれと望むのも同じく勝手じゃ。あの真闇の世界は、忘れ去られた先にある場所の体現じゃったのじゃろう、そう思う」
「……爺さんは自分のことが忘れ去られてもいいってのか」
「いいか良くないかはわしが決めることではない、ということじゃよ。戦い一筋でおなごにも振り向かず、番も子も持たなければ継ぐものもない。消えゆくは必定、ということじゃ。儘ならんとは思うが、生きるうちにわしらがどうにかできることなど限られておる。そういうものじゃ」
ふう、とひとつため息をついて、
「じゃから、生き方も死に方も、己で振り返って良き悪きを判ずるほかにない。生きる意味も理由も同じく、じゃ。お前さんも、今際の際に後悔などせぬような生き方をするといい。未練に縛られて逝き先を見失うなど、みっともないからのう」
なんだ、やっぱりいつもの、ただの説教なんじゃないか。ここまで聴いて、それだけしか思わなかった。
「長ったらしいご高説痛み入りますー。まあ随分と悲観的なことで。……そんなんじゃ『不死身』の名が泣くぞ?」
「台無しにしようとしておいて何を言う。しかし、本物の不死鳥ならば、本当の不死身ならばこのようなことは考えまいよ。その点わしの『不死身』は、所詮二つ名に過ぎんということじゃな」
「なんだ弱気だな。明日にでもおっ死んでそうじゃねーか」
「どうかの。いつコロリと逝くか分からんからのう」
「冗談に聞こえねーから困る」
「冗談でなくば言うまいよ」
からからと笑う様子を見て、どうやらいつもの調子が戻ったようだ、そう思った。
「若いころは語ることがないが、語ることができてからでは聴く者がおらん。冗談交じりに返してくるなどお前さんだけじゃな。語るのが楽しいとは幸せなことよ」
「『毒舌』のモルフォンの生まれ変わりだったりしてな?」
「あやつの方が巧緻な言い回しをしておったよ。お前さんはまだまだ研鑽が足りん。一度死んで出直してくるがよい」
「重苦しい話をした後でそういう冗談を言うんじゃねーよ!」
夕暮れ。いつものように、また来るとよいぞ、気が向いたらな、なんてやり取りをして、ひとつ聞きたいことができて、振り返る。
「そういや爺さん」
「何じゃ」
「爺さんって結局、幾つなんだよ?」
「……忘れたのう」
#
次の日。
キュウコンは死んでいた。
いつもの縁側で眠るように、誰にも知られぬ間に、息を引き取っていた。
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太陽のあるところに影ができるように、生きることには死が付いてくる。
いかに生き延び、『不死身』と称えられても、それからは逃れられない。
大層な訓示を遺して逝ったもんだ、とひとりごちる。
独り言に過ぎないその言葉を聞かせる相手は、夜闇に暗く塗りこめられたこの広い縁側には、この家の主人たる老婆すらも誰もおらず、勝手に侵入してきたゲンガーのみ。夜ここに来たのは、確か最初の一度だけだったか、と振り返る。
二度目三度目四度目と、回を重ねれば重ねただけ、昔の話が飛び出してくる、敢えて呼ぶなら『縁側講座』。次々出てくる昔語りを聴くのは楽しかった、それは否定しない。けれど別に、悲しくはなかった。怒りも別にありはしなかったが、呆れはしていた。
――あの老キュウコンは、結局のところ、嘘つきだったということだ。
死ぬことが恐ろしいから、死に際にもがいて生き延びてきたんじゃないか。だからこその『不死身』だったんじゃないのか。
忘れ去られるのが嫌だったから、わざわざ自分を殺しも駆除業に突き出しもしなかったんじゃないのか。昔語りを聴かせる地蔵代わりにしたんじゃないのか。
どうせ死に際を見失って置いていかれて孤独になって、これ以上生きても意味がないなんて諦めにまみれてそうな年寄りの言うことだ。若い頃にはあったろう歴史に名前を残したいみたいな野心を、体力とまとめて一緒に失った老体の感情など、知るべくもない。
それが分かるころには、自分も長い時間を経験したということなのだろう。
提出期限も場所も決めずに遺して逝った、厄介な宿題だ。
あ、と思う。
こうして宿題を課して逝くことで、自分のことを忘れさせないようにしたな、あの爺め。火狐のくせに狸爺とは恐れ入った。
あの世で会ったらあのダグトリオよりセンスない渾名を付けてやろう。そう決心して、ゲンガーは誰もいない夜の縁側から姿を消した。