はみ出し者は自分だけ(ポケモン不思議のダンジョン空)








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水晶の洞窟まで
第八十四話:助っ人
 朝の朝礼、いつもと違いペラオは一匹で弟子たちの前に立っていた。

「えー、……親方様は、緊急の会議のため今日は朝早くから連盟支部のほうへ向かっておられる」

 ____親方様が、出払った?こんな朝早くから?
 ありえない事実に、眠そうにしていたギルドメンバーたちの目が覚めていく。先陣を切って声を飛ばしたのは、ヘイライだった。

 「ヘイ!朝早くからって……、何があったんだよ?」

 プクリンギルドの親方ことプクリルと言えば、朝礼に目を開けて寝たまま出席することが得意技だったはずだ。それほどまでに朝に弱いため、この時間帯の連盟会議には普段のプクリルならまず参加しない。
 _____よほどの非常事態でない限りは。
 ざわめきだした弟子たちは、フウラの言葉で一斉に口を閉じる。

 「_____時の歯車が、また奪われたんじゃ……」

 雄弁なペラオが言葉を発しない。それが何よりの印だった。
 いつもならここで弟子たちがざわつきだし、ペラオが甲高い声で一鳴きするところだが、今は誰も話し出そうとしない。
_____何を言えばいいか、皆が言葉に詰まっていた。


***

 退院祝いの終わり際のときのことだ。「大事な話がある」、とプクリルが話し出したことから始まった。
 歯車の番人、ユクシーの意識が回復したということ。
 そのポケモンから、ジュプトルが霧の湖の時の歯車を奪った犯人であることを聞いたということ。
 その日プクリルが病院に行っていたことを知っていたギルドメンバーにとっては、それらはある程度予想のつく内容ではあった。
しかし、
 
 「____すべて、僕たちが霧の湖付近に訪れていた時に起きた出来事だ」

 あの場にいておきながら、それら重大な事件に関わることはおろか当時は認知することもできなかったということを、彼らは再確認させられた。
ゆっくりとした口調で事実を話し終えたプクリルの表情は、笑ってもいなければ怒ってもいない。ふう、と一息をついて大きな目を閉じる。
___長い長い沈黙の時間だった。
その場にいた誰もが次のプクリルの言葉を待っている。












「_____ペラオ!」

「はい!」

 鋭い返事を返したペラオは、バッと羽を開いて大きな声でこう言った。

「皆っ!これからギルドの仕事をすべて時の歯車の保護、およびジュプトル捕獲へとシフトする!____ジュプトルを捕獲するために全力を尽くしてくれ!」

「____言われなくても!」

 最初に返すはドゴン。

 「もちろんですわ!」

「ヘイヘイ!当たり前だぜ!」

 さらに次々と弟子たちが声を張り上げていった。
 彼等はユクシーのことも、犯人とされているジュプトルのことも知らなければ、時の歯車も見たことが無い。この一連の事件に関係していないと言われればそうなのかもしれない。
________だからといって、無知、無関係のままでこれ以上いられるポケモンはこのプクリンギルドにはいないのだ。
沈黙は打ち破られ、奮起の声が食堂に響き渡る。いつものようにペラオが制止することもない。

「___みんな!プクリンギルドの名にかけて、絶対にジュプトルを捕まえるよ!!」

「「「おーーーーーーー!!!!!」」」


***



 ____と、一致団結したその翌朝。

 ____つまり今。
 再び、時の歯車が奪われてしまったという報告をギルドメンバーは受けている。

「____今度はどこの時の歯車が奪われたの?」

静かに疑問を出したのはチコだった。

「____北の砂漠だ」

「北の砂漠だと?……あんな何もなさそうなところに時の歯車があったのか?」

「正確には、そこの流砂の下に洞窟があったらしい。……その奥地に存在する時の歯車が奪われてしまったのだ」

 「____ん?ちょっと待て」

 ペラオの説明にイブゼルが待ったをかける。

 「時の歯車が奪われたってことは、今北の砂漠の時は止まってるんだろ?……なのに流砂の下に洞窟があって、しかもそこの時の歯車が奪われたって、どうして分かるんだ?」

 時の歯車が奪われてしまった地域がどうなってしまうのかは、彼らはその身を以て知っていた。土も、草木も、空気の流れさえ固まってしまうのだ。それは砂漠だろうと例外ではない。硬直した流砂の下など、時が停止した後で調べられるはずもない。
 つまり_____

 「_____時の歯車が奪われる瞬間に立ち会ったポケモンがいるというわけね。……霧の湖のユクシーのように」

 ペラオはゆっくりと頷いた。

 「……会議から戻り次第ギルドで作戦会議を開く、というのが親方様からの伝言だ。____それまで、ギルドの周辺で待機しておいてくれ」




***

 
 4つ目の時の歯車が奪われてしまった、というニュースはすでにトレジャータウンにも広まっていたらしい。時の停止に関する噂話が町を歩くメアリーの耳に入ってくる。その声は悲観的で、いつものような馬鹿らしくも活気にあふれた雰囲気とは程遠いものだった。
 
 「こんにちは。カクレオンさん」

 「いらっしゃい!メアリーさん!」

 カクレオン達は、いつものような笑顔をメアリーに向ける。ペラオ程とは言わないがそれでもかなりの情報屋である彼等も当然、時の歯車が奪われてしまったことを知っているはずだ。にもかかわらずこうした曇りのない笑顔を見せることができるのはさすがだな、とメアリーは思った。
 
 「あ、今日はふっかつのタネがあるんですね」

「ええ。運よく仕入れることができたんですよ。どうですかー?」

「それじゃあ、2つください。あと、モモンの実も」

「まいどありー!」

 ポケと引き換えにタネを2つトレジャーバッグに入れ、商店を後にしようとすると「あ、ちょっと待ってください!」とカクレオンに引き留められた。ポケが足りなかったのかな、と思い振り返ると、カウンターに大きなリンゴがドン!と置かれた。

 「これ、セカイイチです!おまけにどうぞ!」

「えっ」

「最近メアリーちゃん頑張ってるってよく聞きますからね!これは私たちからの応援の品物だと思ってください」

「あ、いや……でも…」

遠慮しようにも、後ろにポケモンが並び始めてるし、カクレオンは引き下がる気がない。「___あ、ありがとうございます!」と深く頭を下げ、メアリーは商店を立ち去った。
 
 


 「メアリー!」

 後ろから呼びかけられる。振り返るとキマルンがいた。

「あら、セカイイチですわ!メアリーのおやつかしら?」

「これはさっきカクレオンさんにもらったの。……あ、そうだ。よかったらキマルンも一緒に食べない?」

「え!?いいんですの?ありがとう!」

 二匹は広場のベンチに腰掛け、セカイイチを半分ずつにして分けた。「いただきます」、と二人で軽く手を合わせて果実を口に運ぶ。シャリ、とした心地よい音が鳴ると同時に、とろけるような甘さが口の中に広がった。

「めちゃうまですわー!」

高い声で叫ぶキマルンほどのリアクションは取らないまでも、セカイイチの至高の甘味にメアリーも若干ながら溶け込んでいた。

「メアリーはトレジャータウンに何の用があったんですか?」

「え、まあ……用というよりは…ちょっと外の空気が吸いたくなって」

「なるほど!私と同じですわー!」

テンション高めな相槌を打つキマルンだったが、すぐにその表情に影が差した。

「ギルドの空気、ちょっとシンミリしてるし……私居づらくて居づらくて!」

「キマルン……」

 確かに彼女の言うとおりだった。
 「もうこれ以上時の歯車を奪わせないぞ!」と宣言したその翌日に出鼻をくじかれたのだ。もう少し早く対応に移っていれば、そもそも霧の湖をもう少し早めに見つけていれば、そこでジュプトルを捕まえることができたのかもしれない。
そんな後悔を、ギルドメンバー全員が感じていたに違いない。普段ならば陽気な声で周りを励ますキマルンも、声を上げずに町へ出たのだ。

「____でもずっと落ち込んでるわけにはいきませんわ!」

キマルンは、周りが良く見えているポケモンだと思う。実際、りんごの森の任務に失敗して夕食抜きにされたとき、彼女がメアリー達のことを想って食事を用意しイブゼルに託していたことを、メアリーは聞いていた。

「___さ、そろそろ親方様が帰ってくる時間ですわ!行きましょう、メアリー」

 恐らく大部分は空元気だろう。
 そもそもメアリーに声をかけてきてくれた時点で、そうだったのだ。___きっと、今の自分はそういう顔をしている。

「うん____行こうか」


***


「みんな、ただいま!」

「親方様!」

 結局昼過ぎにプクリルは帰ってきたが、そのころにはギルド内にはすっかり活気が戻っていた。キマルンだけでなく、弟子たち全員が朝の重い空気を乗り越え、気持ちを切り替えてきた証拠だった。
 すぐに親方部屋の前に集合し、「作戦会議」は開かれた。
 はじめに、今朝の連盟会議の内容が弟子たちに共有された。まず一つに、北の砂漠、正確にはその地下の「流砂の洞窟」にある時の歯車を守っていた番人、エムリットが傷ついた状態で発見され、現在はユクシーとともに保護されているということ。二つ目に、そのエムリットの証言から、今回時の歯車を盗んだポケモンもジュプトルであることが分かったということが報告された。
 
 「____で、連盟、および警察の対応方針についてだけど」

 プクリルは手に持っていた手配書を広げて見せた。

 「手配書の数を増やして、もっと広範囲に指名手配することが決まったよ」

「そ、それだけですか」

「全体の動きとしてはね」

「それって適当すぎじゃあないかよ!ヘイヘイ!」

 ヘイライの言う通りだ、とギルドのメンバーはざわつき始めた。もともと1つ奪われただけで大騒ぎの時の歯車が、すでに4つも奪われてしまっている。手配書の範囲拡大に意味がないとは言わないが、もっと他にも策を講じるべきではないのか。
 
 当然プクリルも、まったく同じことを考えていた。

 連盟会議に出席しようと思ったのは、さすがに事の重大さを理解した探検隊連盟から何かしら大掛かりな動きがあることを期待したからだ。
しかし会議に参加してすぐにその期待は打ち砕かれてしまった。連盟や他のギルドのポケモン達が重い腰を上げなかったからではない。
 ____そもそも他のギルドはほとんど参加すらしていなかった。時の歯車が奪われている地域は局所的であり、時が狂っている影響も他の地域ではそこまで酷くないため、プクリンギルドが抱いているほどの危機感を他のギルドはそこまで感じていない、それが理由だった。


 ___では今回の会議は無意味だったのか、と問われれば、しかしそうでもない。期待していた対応ではなかったが、プクリルが笑顔でギルドに戻ってきたのには訳があった。

「落ち着いて、みんな。確かに100匹でジュプトル大捜索!ってわけにはいかなかったけど、心強い助っ人が2匹、来てくれたんだ♪」

「____助っ人?」

「もういいよ、入ってきて」




 ______降りてきたのは、パチリスとウインディだった。

「こんにちは、わたし、ヌオーギルドのリリィ。よろしくなー」

 くるりと巻いた尻尾に黄色のリボンをつけた彼女は、妙なイントネーションの声で挨拶する。

「僕は、探検隊連盟本部所属のガルシアです。よろしくお願いします。」

 そう答えるウィンディの言葉は、身体の大きさからイメージされたものよりはずっと高い、爽やかな声だった。
そんな二匹の前に、ぴょんと移動したプクリルが紹介を続ける。

「連盟会議に参加していたヌオーギルドから協力を取り付けることができてね、リリィはギルドの中でもトップクラスの実力者なんだ」

「わぁ、そうゆわれると照れるなぁ」

「で、連盟支部も本部に依頼をしていたらしくてね。ガルシアは知識豊富で腕の立つ優秀な調査員らしいんだ」

「____恐縮です」

 謙遜する二匹だったが、ギルドの空気はどっと明るくなる。「こりゃ頼もしいぜへいへい!」と、ついさっきまで連盟に文句を垂れていたヘイライが調子よくはやし立て、ドゴンが雄たけびを上げたところで甲高くペラオが制止した。そんなペラオの声に上塗りするように、
 
 「____というわけで、僕たちプクリンギルドと助っ人二匹で、ジュプトルを捕まえるよ!たぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 プクリルが地響きを添えて宣言した。



***


 「____あー、つまり。敵は時の歯車がある場所に現れる。つまりそこで待ち伏せしておけば迎え撃てるというわけだが……、我々は時の歯車がどこにあるのかが分からない。それが問題だ」

「ヘイヘイ!ユクシーから聞いたりできないのかよ!」

「番人はユクシー、エムリットの他に『アグノム』というポケモンがいて、その子もまた別の場所で時の歯車を守っているらしいのだけど……残念ながら、三匹とももしものためにお互い自分の管轄の場所を教えていないらしいんだ」

ヘイライの言葉に首を振ったプクリルは、「でも___」と話を続ける。

「___どこを守っているか、ある程度の予想はつくらしいよ。霧の湖や、今回歯車が奪われてしまった北の砂漠にある地底湖と同じで、おそらくアグノムは『湖』にある時の歯車を守っているだろうって」

 湖がある不思議のダンジョン、となればある程度候補は絞ることができる。「落ち葉の森」、「果ての湖」、そして「氷塊の洞窟」が主な候補になるだろう。
 ___「湖がある」ことが判明しているダンジョンであれば。
問題なのは、それらの湖に時の歯車がないことは既に確認されているという点である。

「__発見されてはいないけど、湖がありそうな場所でゲスか……」

「探索の余地がまだあるダンジョンってことになるね。____ガルシア、調査が不十分なダンジョンって連盟で記録していたりしない?」

「ええ。___リストも持ってきました」

 予想していたとばかりに手際よくリストをカバンから取り出し、ガルシアはプクリルに手渡した。
 入るたびに形状が変わるものの、ダンジョンの大まかな構造自体は変化しない。___それが不思議のダンジョンに対する一般的な見解だ。時の歯車が存在し、かつ番人が定常的に守っているような場所はその「ダンジョンの大まかな構造」の一部であるとみてまず間違いないだろう。
 数枚のリストに目を通し終えたのか、プクリルはリストを丁寧に折りたたんで隣にいるペラオに渡した。

「___親方様、どうです?どのダンジョンが怪しそうですか?」

「んー分かんない」

「え?」

「文字だけだとどれがどんなダンジョンだったか思い出せないし、選びようもないや!ペラオ、よろしく!」

「えぇ……」

 ペラオは軽くうなだれるも、すぐに真剣な面持ちでリストを読み始めた。そして数分後、ペラオはパタンと紙を閉じた。

「___私の考えだと、「巨大火山」、「風の岬」、「水晶の洞窟」、「毒々の沼地」の四つが怪しいですね。理由は____」

「なるほどね!___みんな、目的地は決まったよ♪」

 プクリルがぴょん、と跳ねる。解説を遮られたペラオは、しょんぼりしながらも彼の意図を察して地面に大きな地図を広げだした。地図の周りにポケモン達が集まる。

「___なるほど。……確かにどのダンジョンも『奥地』が確認されていますが、そこで不可解な点がいくつか報告されています」

 ペラオから手わされたリストと地図の場所を交互に見ながら、ガルシアが同意した。
 ユクシーのいた霧の湖は霧の中、かつ空中に隠されていたため誰もその存在を確認することができなかった。エムリットのいた地底湖も、報告によれば流砂の中という誰も行こうとしない場所の奥深くに存在していた。
『これ以上進めない____はず』と認識されているダンジョンにも、同じように知られざる『その先』があれば、そこに時の歯車が隠されているかもしれない。そして、ペラオの取り上げたダンジョンはどれも『奥地』に調査余地があるものばかり。

「とりあえず進めるだけ進んでから、行き止まりをくまなく調べるというわけだ!」

「なるほど!」

「今までいろんな探検隊が『くまなく調べた』結果、『よく分からない』という判断が下されたわけだけだとは思うけどね」

 チコのツッコミに対し、ペラオが甲高く吠えた。

「____そこをなんとかするのがプクリンギルドだ!……ですよね、親方様!」

「もちろん♪」

 プクリルはそう言って手を叩いた。

「時間がないから、チームを分けてダンジョン四つを同時に攻略するよ♪そうだなぁー……、『巨大火山』は___ヘイライ、イブゼル、ガルシア♪『風の岬』は_______」

「____“イブゼル”?」

 プクリルの言葉を聞いて、ガルシアが言葉をこぼした。皆の視線が、少し離れたところで話を聞いていたイブゼルの方へ集中する。注目を一斉に浴びた彼は、面倒くさそうに頭をかいた。
 ガルシアがその表情をぱっと明るくさせた。

***


 「___にしても水臭いなぁ。声をかけてくれればよかったのに」

「___まさかお前だとは思わなかったんだよ。____進化してるじゃねぇか」

「あ、そっか。イブゼルと最後に会ったときはまだガーディだったね」

「ほのおの石が必要なんだろ?良く見つけたな」

「連盟の調査で入ったダンジョンで運よく見つけたんだ」

「へぇ」

 進化の経緯を聞いたはいいが、聞くとすぐにどうでもよくなった。
 ウィンディに進化していたことも驚きだったが、彼がガルシアに声をかけられなかった理由は別にあった。
 そしてそれを、イブゼルが口にすることはない。

 「ガルシアがイブゼルと友達だった、てのは驚きだぜ!二匹って、全然タイプ違うじゃないか!ヘイヘイ!」

「うるせぇな」

「ははは」

 ガルシア、ヘイライ、イブゼルの三匹は今、パッチールのカフェにいた。
 イブゼルとガルシアの交友関係が明らかになった後も作戦会議は続行され、4つのダンジョンそれぞれに対するチーム分けが行われた。「風の岬」は、メアリー、チコ、リリィ、「水晶の洞窟」はドゴン、キマルン、デッパ、「毒毒の沼地」は、プクリル、ペラオ、レレグが向かうことになった。
 そして、残る「巨大火山」の担当がこの三匹ということになる。生息するほのおタイプポケモンへの対策としてみずタイプのヘイライとイブゼル、そして地形へのカバーとしてほのおタイプのガルシア……単純だが、納得のいく編成だ。
 チーム分けが済んだ後、ガルシアとリリィに対してギルド設備の紹介が行われ、探検するうえでのいくつかの留意点を確認したのち、作戦会議は終了した。この時点で既に時間が結構経過していたため、残りは自由時間で調査は明日からということになり、ガルシアの提案で彼らはパッチールのカフェに向かったのだ。

 「____イブゼルはいつプクリルギルドに入ったの?」

「あー____、忘れたな。結構、前だったとは思う」

「こいつ、1回脱走してるからな」

「おい」

「ははは、プクリルギルドは修業が厳しいことで有名だもんね」

「………」

 イブゼルは黙ってグラスに口をつけた。
 ガルシアとヘイライは今日が初顔合わせになる。同じチームになったので軽い親睦会をしようということでこのお茶会が開かれたわけだが、既に二匹に初対面特有の緊張感は無いように見えた。お調子者だがコミュニケーション能力が高いヘイライ同様、ガルシアもそういえば昔から誰とでも簡単に打ち解けられるタイプだった。
 
「___それより、明日どうするんだよ」

「あーそうだね。そろそろ真面目な話に入ろうか」

「『巨大火山』は結構難しいダンジョンだって聞くしな。準備は念入りにやっておかないといけないぜ。ヘイヘイ」

 親睦会から作戦会議へシフトしたのを確認し、イブゼルは軽くため息をつく。
 ____頭が痛い。
 それは久しぶりの間隔だった。



***


 「えーと、メアリーちゃんに、チコちゃん。よろしくなー」

「よろしくね、リリィ」

「よろしく」

 女子三匹組は、チコの部屋にて顔合わせを行っていた。
 気の抜けた笑顔を見せるリリィの隣には大きなバッグがある。彼女は今日から、チコと同じ部屋で寝ることになったのだった。

 「二匹同じ屋根の下で寝るってことになったら、色々確認しとかなあかんよなぁ。わたし、結構夜更かししちゃうタイプやけど、チコちゃんは?」

「わたしは早く寝るタイプよ」

「そっかー。じゃあ夜は静かにするよう気をつけるな。あー、あと……」

「『静かにする』……じゃなくて、寝てね。同じタイミングで。明かりも消すから」

「ちょっと、チコ……」

 明らか過ぎるトゲを持ったチコの言動にメアリーは冷や汗をかいたが、リリィは笑顔を崩すことなく頷いた。
 
「せやなぁ。沼に入ったら沼に従えってうちのボスも言うてるし、わたしも早寝早起き、挑戦してみるわ」

「沼?」

聞きなれない慣用句に引っかかるメアリーをよそに、リリィは話を重ねていく。

「寝る時間はチコちゃんに合わせるとして、他はどうする?チコちゃんは朝ごはんは食べる派?わたしはグミで済ます派やねんけど____」

「そんなの勝手にしなさいよ。ずうっと一緒にいるわけじゃあないでしょ」

「りょうかいー。朝ごはんは各自って感じやねんな。あ、じゃあ寝る前って顔洗う?わたしは洗うタイプやねんけど、チコちゃんは_____」

「だから勝手にしろって言ってるでしょ?」

 チコの語気が強くなる。メアリーは彼女の肩を叩いた。

「ん?あー、ちょっと待ってな」

 ここでリリィが真顔になり、メアリーはぎょっとした。探検チーム結成一日目にして早くも喧嘩勃発はさすがに困る。
 
「まぁまぁ二匹とも……」

「分かった!______チコちゃん、怒ってるんやな?」

「____は?」

 硬直するメアリーとチコをよそに、リリィは「あちゃ〜」と額に手を当てた。

「ごめんなぁ。わたし、細かいとこまでキチーッと決めておかないと気が済まないタイプでさぁ」

 そう言うと、リリィは顔の前で手を合わせてチコに頭を下げる。当のチコはほんの少しだけバツが悪そうにリリィを見た。当てが外れた彼女の行動を受けて、さっきまで確かに感じていたイライラが散ってしまったのだろう。
 
「あー…わたしも、ちょっと口調が____」

「____で、チコちゃんは朝に顔洗う派?」

 ぶちっ、とチコの堪忍の袋の緒が切れる音を、メアリーは聞いてしまった。



***

 「あー、やっちゃったなぁ」

 ちょっと頭冷やしてくるわ、と部屋を出ていったチコの背中を見て、リリィはそうつぶやいた。

「ごめんね。チコ、ちょっと今日は機嫌が悪いみたいで……。あたしからまた言っておくから…」

「いやいや、かまへんよ。ていうか、わたしが100悪いしなー」

 まあ…うん、と言いかけたが喉奥で留めてメアリーは苦笑いした。
 しばらくしてもチコがなかなか戻ってきそうにないので、彼女の部屋で待っていた二匹はお互いの今までの冒険について話をし始めた。
 リリィの話によると、どうやら彼女はギルドに所属してはいるものの基本的に一匹で活動しているらしい。部屋もずっと一匹部屋だったので、こうして誰かと同じ部屋で過ごすのは初めてのことなのだ。それなら先ほどのチコに対する細かすぎる質問もほんの少しだけだが理解できるな、とメアリーは思った。
 
 「あれ?ちょっと待ってや……、あたしがチコちゃんと二匹でこの部屋を使うってわけやから、メアリーちゃんとチコちゃんはいつも別の部屋で寝てるってわけやんな?」

「そうだね」

「なら、わたしがどっちかの部屋で一匹で寝て、二匹は同じ部屋で寝た方がええんちゃう?二匹って同じチームなんやろ?」

「あー、それは……そう、なんだけど…」

 おそらくリリィとしては気を使ったこの発言に、メアリーは言葉を詰まらせた。そういえば、その方法もあった。

「実はあたし、もともとシンくん__あー、えっと、チームメイトのピカチュウと一緒に寝てて……」

「えっ!?」

リリィは少し目を見開いた。

「それって、わー、いわゆる、彼氏?ええなぁ、あたしも欲しいんよなぁ」

「いや、違うんだけどね」

「えっ、違うの?でも、男の子と一緒の部屋で寝てるんやろ?え、さすがにわたしじゃなくてもそれは色々気にすることあるんちゃう?」

「いや、まぁ……」

 言われてみればその通りである。
 メアリーは、自身の価値観は世間のそれとそこまで乖離していないと思っている。そして世間の価値観では、メアリーぐらいの歳の男女が同じ部屋で寝ることは彼らが恋人や家族といった間柄でない限り珍しい。
 しかし、シンと同じ部屋で寝泊まりすることになった際、メアリーはそれらのことをまったく考えていなかった。特に違和感のないものとして受け入れていたように思える。
 それまで、家族以外のポケモンと寝食を共にした経験などほとんどなかったというのに。

「……」

「_____でも、そのシンくんって子は今日来てなかったよな?」

「あっ、えっと……実は今、シンくんは入院してるんだよね」

「そうなん?……もしかして、また余計なこと聞いてもうた?」

「ううん。そんなことないよ」

 メアリーは首を振った。

「でも……まぁ、そうなると確かにわたしはおとなしくチコちゃんと一緒に寝泊まりした方が良さそうやねぇ」

「まぁ、そうだね。……チコは今日だけ本当に機嫌悪いだけだから、あまり気にしなくて大丈夫だと思うよ」

 なんとなく、いまだにさっきのチコとのやり取りを気にかけてそうなリリィに対し、メアリーは軽くフォローを入れた。
 ようやく戻ってきたチコは頭を冷やし終えたらしく、リリィに軽く謝った。リリィもその後のチコへの質問を5つくらいに抑え、三匹の顔合わせは終了した。
窓の外は既に日が落ちかけていて、程ないうちに夕食を知らせるベルが鳴った。




■筆者メッセージ
うーん、2か月ぶり……。この話もなかなか書くのが難しかったです…
つらつら ( 2021/06/11(金) 22:55 )