第八十三話:お見舞い
「すみませんでした!降参です!捕まりまーす!」
そう情けない叫び声をあげたのは、「つるのムチ」によりぐるぐる巻きに拘束されたニューラだった。彼の顔を照らしていた巨大な光球、発射直前にまでエネルギーが凝縮されていた「ソーラービーム」が小さくなっていくのを見て、ニューラはほっと息をつく。
「しっかりジバコイルさんのところで反省しなさい」
チコはそう吐き捨てて、つるし上げていたニューラを地面へと下ろす。もちろん拘束したままで。
「メアリー、縄持ってきて」
「はーい」
明瞭な返事と共に、メアリーはトレジャーバッグから麻縄を取り出して持っていく。そのまま彼女は、遠慮がちに麻縄を「つるのムチ」が外れた部分から巻き付けていった。
数十秒して、蔓に代わり縄で拘束されたニューラが悔しそうに呟いた。
「くそ……こんな弱そうなメスポケモン二匹にこの俺様がやられるなんて……。変に絡まずに逃げちまえばよかったぜ」
「____メアリー、『てだすけ』」
「冗談ですっ!!」
すぐさま頭を地面にぶつけニューラが再度全面降伏の姿勢を見せると、チコの周りに渦巻いていた緑色の風は静まった。一応「てだすけ」しようかと準備していたメアリーは、その様子を見て技をキャンセルし、探検隊バッジを取り出した。
「それじゃあね」
淡い光の柱と共に、ニューラは首を垂れたまま消え去っていった。ジバコイル保安官が変な誤解をしなければいいけど、とメアリーは心配しながら天へと昇っていく光を見上げる。
「____今日はすんなり片付いたわね」
「うん」
後ろにいたチコに声をかけられた彼女は、ゆっくりと振り返って微笑んだ。その笑みを見てチコはやや眉をひそめ、メアリーの下へと歩み寄る。「?」と首をかしげた彼女の顔をやさしく触って、チコは言った。
「切り傷」
「え?______あ、ほんとだ」
顔を撫でたチコのツルの先端に赤い液体がわずかだが付着していた。気づいた瞬間に、ピリッとした痛みが彼女の頬に走る。「痛、」とメアリーが顔をしかめると、チコはバッグからオレンの実を取り出した。片方のツルで身を絞って果汁をもう片方のツルに垂らし、メアリーの傷口に優しく塗っていく。
「とりあえず、こんな感じね」
「ありがとう」
メアリーがお礼を言うと、チコはにかっと笑った。彼女は顔どころか身体のどこにも傷が見当たらない。それは今回の依頼も彼女は無傷で突破したことの証だ。回復して以来、チコの強さにはさらに磨きがかかったような気がする。もちろん、元から自分とは比べ物にならないくらい強かったが。
「______またしょうもないこと考えてるでしょ」
「え?」
「確かに、前はあたしのほうが強かったけど、今じゃトントンよ。ほとんど差なんてないと思うわ」
「……そうかなぁ、」
「そうよ。あとは気持ちの入り方次第ね。少なくともあの時は、確実にあたしよりもメアリーのほうが上だったわ」
「………」
その言葉を聞いて、メアリーの表情が硬くなる。
「____メアリー…」
トーンの下がったチコの声を聞いて、メアリーは小さく首を振った。
「ごめん、大丈_____」
「ていっ」
「痛っ!?」
突然の「つるのムチ」、非常に軽いモノではあるがもろに食らったメアリーは、頭をさすりながらチコを見る。チコは凛とした表情でこう言った。
「どうせ病院でありったけクヨクヨするんだから、今はビシっとしてなさい」
「う……」
「……ほら、今日はいつもより時間できたんだから、お見舞いの品でも買っていきましょう」
チコはそう言って、持っていたオレンの実をぱくりと食べる。彼女は基本誰に対しても容赦のない性格ではあるが、メアリーはその振る舞いに幾分かの手心を感じるようになっていた。おそらく先の言葉こそが本心で、その前の軽い攻撃やカマかけなどはその導入だったのだろう。答え合わせをすることは無いが、なぜかその理屈に納得できる。そんな奇妙な感覚は、チコと二匹で冒険をするようになってから徐々に芽生え始めていた。
______『久しぶりね!メアリー!!』
初めて会った時のチコの言葉。彼女は、自分と面会があると話していたが、当時の自分は彼女のことを全く覚えていなかった。もともと自分の記憶力に自信はない。1度や2度会ったレベルのポケモンなら覚えていないのも無理はないし、チコもそういったポケモンの内の一匹なのだと思っていた。
しかし、彼女とのやり取りのなめらかさや息の合いようは、1度や2度会った程度のそれとはかけ離れたものだった。チコは自分の考えていることを手に取るように理解してくるし、自分もチコの言いたいことや気持ちを何となくだが察することができる。ある意味で、シンよりも安定した感情をメアリーはチコに抱いていた。すなわちそれは、「信頼」である。
そこまで感じることのできる相手と、自分は本当に数回しか会ったことがないのだろうか。印象が薄かったなどの理由で忘れるレベルのポケモンだったのだろうか。
ならばチコは自分とどういう関係にあったのか。知り合い以上の仲であったのなら、なぜ自分は彼女のことを何一つとして覚えていないのか。
「____ねえ、チコ」
「……なに?メアリー」
「……あたし達って、昔__どんな感じだったのかな?」
「____え?」
一瞬、チコの表情が曇ったような気がした。
「もしかして、メアリーやっとあたしのこと思い出したの?」
「いや……ごめん…。そういうわけじゃないんだけれど…」
「なんだ、がっかり」
「でも、感覚があるというか……。やっぱりあたし、チコと昔結構仲良かったんじゃないかなーって感じるというか…」
なんとなく言葉が思いつかなくなってきてしどろもどろになっていると、チコはにんまりと笑ってこう言った。
「ふふっ、そりゃあそうよ。あたし達、昔は大の親友だったんだから」
「う……、でも、あたし…」
親友____違和感はなかった。自分とチコは本当に親友だったのかもしれないとメアリーは思えた。しかしそうだとするならば、親友すら忘れてしまっている自分はどうしてしまったというのか。
「______メアリーがあたしを忘れているのは、いけないことじゃないわ」
「え?」
***
目的の病院は、トレジャータウン東の森を抜けた先にあるリバシティからさらに少し東へと外れた場所にあった。この地域で最も大きい病院施設であり、その大きさはプクリンギルドの数十倍、いや、もしかすると数百倍にもなるかもしれない。あまりの大きさに、まずどこから入ればいいのかで数分迷うようなことも最初はあった。
大きな木を中心とした広場に面した入り口から入れば、思わず見上げてしまう高い天井、そして吊り下げられた巨大なシャンデリアが、これまた見渡すほど広大な広間を柔らかく照らしている。
屋内ながら壮大なその景色には、これも最初は圧巻されたが今はさすがに慣れて目的の受付にまで、迷うことなく歩いて行ける。
白い生地の真ん中に赤十字がのっかった帽子を被ったタブンネは、いつも通りの笑顔の笑顔でこう尋ねた。
「あ、こんにちは!今日はどうされましたか?」
「やあ、タブンネ!今日は面会に来たんだ」
「面会……というと…もしかして」
ここに来るのは初めてではない。タブンネとも何回も話したことがある。そのため、「面会」と聞けば彼女はその対象がだいたい想像がつくのだろう。しかし、今回の目的は少し違っていた。
「うん♪いつも通りイブゼルとシンのお見舞いに来たんだけど、今回その他にも……」
「…ー__例のポケモンのお見舞いに、と院長先生に伝えてくれるかな」
プクリルは、小さな声でそう言った。
***
そのポケモンは原則面会謝絶の状態にあったそうだが、救助し運んできたプクリルは特別に、面会を認められることになった。
何度も階段を上り下りし角を曲がったりスロープを登ったりして、ここは不思議のダンジョンか、などと思いを馳せていたところで、ふいに案内する医者の足が止まった。
おそらく内側からかけることができるのであろう鍵穴が一つだけついた、何の変哲もない扉がそこにあった。
どうやら、ここが例のポケモンの部屋らしい。
「場所は複雑にしていますが、鍵までかけてしまうと緊急時に対応できなくなってしまうんでね」
そっちの方に備品と医者が常駐しているんですよ、と言って医者は奥の部屋を指さした。外部の接触を避けつつも医療をある程度十分に行うために作られた場所と部屋ということだろう。ここまで公の場から隠されているのであれば、鍵をかける必要もない。
「外傷の手当ては一通り行ったのですが、いまだ意識は回復しておりません……」
医者はそう言いつつも形式的なノックをして、ドアノブに手をかけた。
「はい、どうぞ」
「__え」
聞こえるはずのない声に医者が後ずさる。
「……」
「___どうしたんですか?入らないんですか?」
「あ、いや…」
少し困惑した様子で医者が扉を開け、プクリルも後を付く。部屋の中は、外とは打って変わり何の変哲もない普通の病室だった。その右奥にあるベッドに、声の主はいた。
「おそらく顔も知らぬであろう私の手当てを行っていただいたこと、感謝しています」
灰色で丸い身体、頭には黄色の冠のようなものを被っており、細い目は閉じているのか開いているのか分からない。「ねっすいのどうくつ」の前で倒れていた、まさにあのポケモンだ。
「こんにちは!元気になったみたいで本当に良かったよ♪」
「ええ。あなた方の適切な治療のおかげです」
「僕は治療してないけどね」
「……?」
若干ずれたやり取りに、冠を被ったポケモンは首をかしげる。隣にいた医者が軽くフォローを入れた。
「主に治療を行ったのは私たちです。隣にいる彼はプクリルさん。あなたを救助してここまで運んできてくれたポケモンです」
「……!___そう、あなたが……」
そのポケモンは細い目をわずかに開いた。
「私の名前は、ユクシー。霧の湖の番人です。______その役目を、私は果たすこともできませんでしたが……」
***
ギルドメンバーを連れて熱水の洞窟を脱出し終えた直後のことだった。それまで何も感じなかった空気が突然冷たくなり、柔らかい草や土でおおわれているはずの地面が岩のように固まった。振り返れば、洞窟の入り口は見た目は変わらないが嫌に静まり返っている。何よりさっきまで感じていた気配をまるで感じない。まさか、と思って空を見上げる。確か美しい天空の湖があったはずのその場所には、噴水を模した石像のようなものしか見えなかった。
ここまでくると、もう認めざるを得ない。
「______時が停止した。僕たちが洞窟を出た時、もしくはその前に時の歯車を奪われていた……そう、僕は思っていたんだけど」
「その認識で間違いありません。霧の湖の時の歯車を奪われてしまったことで、周辺一帯の時が停止してしまった。プクリルさん達はその現象に立ち会ったということでしょう」
うつむきながらユクシーは答えた。話を聞けば、ユクシーは霧の湖に存在する時の歯車を守るように命じられた番人であったが、その場に現れた盗賊に歯車を奪われてしまったらしい。驚異的な戦闘力の前になすすべなく倒されてしまい気絶、そのあと駆け付けた自分に救助されたということになる。
______やはり遅かった。あの時すぐに引き返していれば、盗賊を撃退できたかもしれない。
「……ごめんね。僕がもっと早くに応援に向かっていれば……」
「いえ……」
ユクシーは、短く答えるだけだった。
あの時、時の停止に直面したプクリルのとった行動は「逃走」だった。迷いなく、ギルドメンバー全員に探検隊バッジでの緊急帰還を命じ、自分もすぐにその場を後にした。ギルドへの帰還後、探検隊連盟への連絡やギルドの管理をペラオに任せて自分とフウラの二匹でシンとイブゼルを治療しながら病院へと向かった。
あの時の判断が間違っていたとは思わない。
しかし、結果として霧の湖周辺の時は停止。盗賊を捕まえることができなかったことはおろか、現時点で有益な情報は何も得られていない。
そして今、目の前で酷い傷を負ったポケモンが失意の表情を浮かべている。
「___歯車を奪ったポケモンの顔は、覚えてる?」
「……ジュプトルです」
「……そう」
やはりそうか。これで三つ目。時の歯車は、所定の位置から動かしてしまうと周辺の時が停止し、辺りの環境に大変な影響を及ぼしてしまう。だからどんな悪党でも「時の歯車」だけはとろうとしない。「世界が大変なことになってしまう。たくさんのポケモン達が悲しむことになってしまう。だから決して、時の歯車を奪ってはならない」。おそらくずっと昔から、代々ポケモン達の間で語り継がれてきた約束事なのだ。
様々なポケモン達が守り抜いてきた「歯車」を、ジュプトルは何故奪うのだろう。この事件が耳に入った時から、プクリルはそのことをずっと考えていた。単に「時の歯車」が欲しかったから?お宝が大好き過ぎて見境が無くなってしまっているのかもしれない。それとも、もしかしたら「時の歯車」を集めないといけない理由があるのだろうか。自分の知る由もない動機で彼は行動しているのかもしれない。そうだとして、それは時を停止させてまでやらなければならないことなのだろうか。たくさんのポケモン達を狂わせてまで実行すべきことなのだろうか。
目の前のポケモンを深く傷つけてまで行う理由が、彼にあったのだろうか。
「……ユクシー」
「プクリンギルドの名にかけて、僕たちは全力でジュプトルを捕まえるよ!」
そう、プクリルはやはり明瞭な声で宣言したのだった。
※※※
「メアリーちゃん!!会いたかったぜ!」
大声を上げたイブゼルは、松葉杖をついているとは思えないスピードでメアリーへと飛び掛かる。当然、隣にいたボディーガードことチコのツルによって方向を変えられ、イブゼルは無残にも顔から床にダイブしてしまった。「げふ」といううめき声をかき消すほどの激突音が辺りに響き渡る。特に何もしていないメアリーは、一連の様子を周りのポケモン達が奇怪な目で見ているのに気づいて苦笑いするほかなかった。
イブゼルは、起こした顔を真っ赤に染めてどなった。
「おいクソアマ!こちとら病人だぞ、もっと丁重に扱え!」
「……病人って、あんたどこをケガしてるっていうのよ」
「はぁ?全身、大やけどだよ!てめぇも忘れたわけじゃあないだろう!自身の身を犠牲にしてまでもメアリーちゃん、そしてシンを守ったこの俺様の伝説の雄姿を!!」
「聞いたことはあるけど、それがあんたじゃないことも知ってるわ」
「なんだと!」
「____まぁまぁ、二匹とも落ち着いて」
今にも松葉づえを放り投げそうなイブゼルを前足で制しつつ、メアリーは二匹の間に入った。状況が変わっても、顔を合わせればすぐこれだ。そもそも、自分から見ても今のイブゼルはピンピンしてるように見える。
「イブゼルさん、どうしたんですか?」
後ろから可憐な声が聞こえてきたので振り返ると、薄いピンク色の服に身を包んだチラーミィが様子を見にこちらへ小走りでやってきた。騒がしかったので様子を見に来たんだろう。
「あ、すみません!えっとこれはですね___」
「いやぁ、チラルちゃん!ごめん、ごめん!ちょっとハッスルしちゃって!」
謝ろうとしたメアリーの声を上回る大きさで、イブゼルが応答した。制止していたメアリーをかわして、軽快な体さばきでそのままチラーミィの下へ。
「どうかした?あ、今日はチラルちゃんとリハビリの日だったっけ?」
「あ、いや……リハビリはもう全部終わってますし、そろそろ退院のご準備を___」
「痛てててっ!ぐっ、さっきの火傷が____」
投げようとしていた松葉づえを大事そうにかかえ、イブゼルはその場にうずくまった。突然苦しみだしたので、チラーミィは慌てて彼に駆け寄った。
「え?だ、大丈夫ですか?」
「う……け、結構……これはまだ退院するのは、き、厳しいかもなあ…」
「ええぇ……。と、とりあえず誰か先生を……」
「いやいや!チラルちゃんが俺の病室まで一緒について行ってくれればそれで____ぐっ!?」
もはや聞いていられない。苦しそうに悶えるイブゼルの首根をチコのツルがとらえていた。ギリギリと締め付けつつチラーミィから彼を引きずり離し、そのまま軽く床へとたたきつける。イブゼルは少しの間うずくまっていたが、すぐに立ち上がり氷のように冷たい表情を浮かべるチコに掴みかかった。
「____先に仕掛けたのはそっちだぜ!?……後悔するな___」
「_____イブゼルもすっかり元気になったみたいだね♪」
怒号が消え、イブゼルの身体は硬直した。ギコギコと首を動かす彼の背後には、まんまるとした大きな目に薄ら笑いを浮かべたプクリンがそびえたっていた。
***
イブゼルはその日のうちに退院、プクリンギルドに強制送還されることとなった。さすがのイブゼルもプクリルの前で仮病を発揮することはできず、とぼとぼと荷物整理のために病室へと歩いて行くのだった。
「___これで終わり♪」
受付でイブゼルの退院手続きを終えたプクリルは、後ろにいたメアリーのほうに振り返った。
「____あれ?チコは?」
「あ、えっと……病院で騒ぎ過ぎってことでイブゼルと一緒に病院のポケモンさんに怒られてると思います……」
「あはは♪相変わらずだね、あの二匹は」
「いやー…あはは……」
イブゼルが入院している間は二匹が絡むことはほとんどなかった。そのため、二匹が顔を合わせると高確率で喧嘩に発展してしまうということをメアリーも忘れかけていたのだ。ただ、これでもチコは最初のほうは「彼のこと、あたし結構誤解してたわ」とイブゼルを見直す素振りを見せていた。ただ、その再評価路線も病院内でのイブゼルの振る舞いを見て一瞬で破壊されてしまったのだが。
「メアリーの用事はもう済んだの?」
「はい。イブゼルに会って、シン君のお見舞いにも行ってきました」
「そう。僕も彼の様子を軽く見てきたけど……どうやら傷はほとんど治ってるみたいだね」
「そうですね。あとは……」
そこまで言って、メアリーは軽く目を伏せた。
「意識さえ……」
***
プクリルは先に帰り、しばらくしてイブゼルとチコが戻ってきたので、メアリー達は三匹でギルドへの帰路についた。
バタバタしてシンの病室に訪れ損ねたらしいイブゼルは、あくまで気にしてなさそうなそぶりで彼の容態をメアリーに尋ねてきた。
「特に……異変とかはなかったかな」
傷もほとんど治ってるみたいだし、と付け加える。イブゼルは「ほー」と気の抜けた返事を返すだけだった。
すでに日が落ちかけている。下手をすると夕食の時間に遅れてしまう、メアリーとチコがスピードを上げると、後ろからイブゼルが面倒くさそうな声を上げた。
「おい、そんな急ぐなって。今日ぐらい大丈夫だろ、俺の退院日だぜ?」
「腑抜けたこと言ってんじゃないわよ。あんまりダラダラしてると、親方様に密告するわよ」
周囲の状況も考慮したのか、病院で「たぁーーーーーーーっ!」をされることはなかったが、今度は下手をすればどうなるかは分からない。
「ちっ……」
舌打ちをしつつもイブゼルは走り始め、三匹はギルドへと急ぐのだった。
*
最終的にほとんどダッシュする形でメアリー達はギルドへと駆けこんだ。梯子を下り切ると同時に鈴の音が聞こえてきたので、そのまま急いで食堂に駆け込むと、
「「「退院おめでとう!!!!」」」
パカーン、と軽快な音が響いたかと思えば、頭上に花吹雪。歓声とともにギルドメンバーたちが姿を現した。
メアリー達の前で呆気に取られていたイブゼルを、弟子たちが拍手をしながら囲んでいく。
「ヘイ、イブゼル!ずいぶんと長い入院期間だったじゃねぇか!」
「あっしがお見舞いに行った時からずいぶん経ったでゲスね」
「大方、看護師さん達にちょっかいかけてたんだろうよ!ガハハハハ!」
「笑い事じゃないですわ!イブゼルのこと少し見直したと思っていたらこれですもの!」
歓声……というよりは若干攻撃性の強いメッセージが多いような気がするが、とにかく皆、思い思いの言葉を彼に投げかけた。
ようやく事態を飲み込み始め、好き勝手言うメンバーに何か言い返してやろうと口を開いたイブゼルだが、しかし言葉を発することはできなかった。
イブゼルを囲んでいた輪が二つに分かれ、奥からプクリル(とペラオ)が歩いてきたのだ。
「お帰り、イブゼル」
そう、今日はイブゼルの退院記念パーティ。
正確にはもう何日も前から準備していたが、イブゼルが無駄に退院期間を延ばしていたのでずいぶんと開催が遅れてしまった。
「え、いや…その……」
親方を前にしていつも通り萎縮したイブゼルは、皆に言われるがまま用意された特等席へ。座ってテーブルをよく見てみれば、いつも以上に豪勢な食事が並んでいた。
「どうですか?結構頑張ったんですよ!」
ちりん、とフウラが鐘を鳴らした。イブゼルと相対する席にプクリルが座り、続いてギルドメンバーたちもいつもの席へと座っていく。全員が着席したところで、ペラオが一つ大きな咳ばらいをした。
「えー、みんな、静かに!今日は私たちの大切な仲間であるイブゼルが、よーうやく退院し、無事、プクリンギルドに戻ってきた!正直入院期間は長すぎるのではないか、という意見もあるが、もうこの際そういうことは無しにしよう!」
「ペラオが一番言ってたでゲスよ」
「……うるさいな!こっちは経費がかかってるんだ!」
どっと再び騒がしくなるのを、それ以上に甲高い声でペラオが諫める。ある程度静かになったところで、ペラオはプクリルにバトンを渡した。プクリルは頭に載せていたセカイイチを両手で抱え、明朗な声で呼びかけた。
「それじゃあみんな、僕たちの友達、イブゼルの復活を祝って……」
「「「いただきまーーーす!!!!」」」
***
「……あの、すみませんでした」
食卓に並ぶ料理も残りわずかとなりようやく落ち着いてきたところで、イブゼルはプクリルの下へ行き謝罪した。
「ん?どうしたの?」
プクリルは気にしてなそうに食べかけのセカイイチを口に放り込んだ。代わりにペラオが口をはさむ。
「珍しいな、謝るなんて」
「いや、まぁ……」
バツが悪そうに、目を伏せる。さすがに今回は謝った方が良いのではないかと、正直思ったので今ここにいるわけだが、外から言われるとなんだかやりづらい。
元々、イブゼルの謝罪は珍しくもない。プクリルに対するパフォーマンスとしての謝罪なら、彼はギルド随一の記録を残している。そして理由はもちろん、お仕置きの「たぁーーーーーーーーーー!!!」を回避するためであって、罪悪感からではない。現に、彼はメアリーやチコ、シンに対してまっとうに頭を下げたことは一度もないのだ。
「____その、正直、ケガ自体は結構前には大丈夫になってたんですけど、、、えっと……」
プクリルの目が見れない。言おうと決めておいて早速だが、もうこのまま帰りたい。許されそうな雰囲気だから言ったっていうのも7割くらいあるけど、やっぱりブチ切れられんじゃないだろうか。
「イブゼル、顔をあげて」
「親方様……」
「また明日から一緒に頑張ろう♪」
それだけ言って、プクリルは積んであったセカイイチに手を伸ばした。
「親方様、食べ過ぎです。________イブゼル、私もお前が素直に認めて謝ってくれてうれしいぞ♪」
プクリルの手を制止しつつ、ペラオは嬉しそうに高い声を鳴らす。
「ペラオ……」
名前を呼ぶだけで、続く言葉が出てこなかった。半開きの口を閉じることも忘れてその場で立ち尽くす。胸の中につかえていたものがスッと下りる感覚をイブゼルは覚えていた。それと同時に、もう一度頭を下げたくもなった。
「これで、言質はとれたな♪」
「______は?」
ペラオはにこやかに続ける。
「お前が入院費用を無駄に重ねました、という自白だよ」
その「にこやか」が意地の悪い笑みだと気づくのに、数秒も要らなかった。
「おい、ちょっと待て。どういうことだ」
「お前はプクリルギルドの大切ないちメンバーだからな。入院費用ももちろんギルドから出す。____それが、適切なものなら、な」
「あ」
頭が急に冷えてきた。それと同時についさっき抱いた感情と吐いてしまった言葉への後悔が襲ってくる。
「しかし今、お前はケガが治っていたのにも関わらず病院に引きこもり、ギルドに入院費用を余計に支払わせていたことを自白したんだ。こうなると、話は変わってくるだろ?」
「お、おい、待ってくれ。いや、さっきのは違うんだ」
「聞こえないな♪さてイブゼル。お前がギルドから事実上『横領』したことになる費用の額だが_____」
「待って!待ってくれ!_____お、親方様!こんなの酷いですよ!た、確かにちょっとばかし余計に休んじまったかもしれないですけど……だからといって、復帰してきたばかりでいきなりお金を請求するだなんて……『友達』のすることじゃあないでしょう!?親方様、頼みます!ペラオに何か一つ言ってやってくださいよ!」
「____ごめん、イブゼル。僕はあんまり分からないんだけど、結構お金がピンチみたいなんだ」
すり寄るイブゼルに、プクリルは目を逸らしてそう答えた。「このままじゃセカイイチも買えないみたいだし……」と小声でつぶやく。
「___そういうことだ、イブゼル。まあ、すぐに返せとは言わない。いいじゃないか。復帰早々、目的ができたんだ」
「て、てめぇ……」
目の前の鳥の首根っこを捕まえて、そのままへし折ってやりたい気分にイブゼルはなった。プクリルが隣にいるので、もちろん思うだけでそんなことはできない。うなだれるイブゼルに対し、寛大な親方様はその手を伸ばして、
「イブゼル、明日から一緒に頑張ろう!」
さっきと同じで意味合いの異なるようにも聞こえる言葉を投げかけるのであった。