はみ出し者は自分だけ(ポケモン不思議のダンジョン空) - 霧の湖には
第七十一話:熱水の洞窟
 「……水の波動!」

 激しく渦巻く水球がはじけ、一匹のポケモンが壁にたたきつけられた。
 だらりと壁に倒れたそれは、もう立ち上がる気配はない。……ポケモンの名前は、たしかドンメル。らくだのような背格好だが、こぶは一つしかない。そしてそのこぶには穴が空いており、倒れるさっきまでは蒸気のようなものが吹き出していた。

 「暑くってうっとうしいな、ここはよ」
 
 水のしたたる腕で、額の汗をぬぐいながらイブゼルはぼやいた。

 ……「ねっすいのどうくつ」。ゲームではたしかそういう名前だった。高熱の岩に囲まれたダンジョンのようなイメージだったが、実際に入ってみて初めて体感するこの湿気と高温。温度調整を謝ったサウナに入っているような気分になる。
 身体についた生傷が、高温に晒されてずきずきと痛む。足元の高温な岩は、歩く度にこちらの体力を吸いとっていくように感じる。
 森や、洞窟、いろんなダンジョンに潜ってきたつもりだったが、直接身体に負荷がかかるような環境ははじめてだった。慣れていない過酷な環境に、脳も体も処理が追い付いていない。疲労が、何倍にもなってのしかかってくるようだ。

 「……イブゼル」

 相変わらず彼は返事をしない。このダンジョンに来てから、イブゼルの活躍ぶりは目覚ましかった。ほのおタイプのポケモンが多いため、相性的に有利だったという他にも、みずタイプである彼は、湿気の多いこの環境にも慣れていたようだった。前にいる敵をバッタバッタとなぎ倒していき、俺の出る幕はほとんどなかった。
 しかしそれは、逆にイブゼルがあくまで「単独で」行動しているということでもあった。一緒に行動しているつもりの俺のことは意に返さず、ただただ前へと進んでいく。会話なんてものはない。独り言を時々散らしながら敵ポケモンを追い払うイブゼルの後を、俺は黙ってついていくだけだった。後ろから迫ってくる敵ポケモンを必死になって倒しているうちに、イブゼルが先に行ってしまっていることさえもあった。





 「……お前が強いのは十分知ってる。だが、なんでも独りでやろうとするのはよくない」

「……」

「……こんな状況だ。焦る気持ちは分かる。だけど今こそ、ふたりで協力して慎重に進まないと……」




 イブゼルの足が止まった。
 そしてゆっくりと、顔だけをこちらに向けた。

「……俺がお前のこと嫌いなの、お前知ってるよな?」


 むわっとした熱気が、べたりと顔を撫でた。

「……そりゃあ、……なんとなくは…」

「じゃあ話しかけてくんな」

 吐き捨てるようにそう言うと、イブゼルはふい、と前を向き再び歩き始めた。
 ……汗が頬を伝い、顎の先からポタリと落ちる。ぐらぐらと、頭のなかが熱せられて沸き上がるような感覚。目の前にいるポケモンの背中が、ひどく濁って見えた。
 





 ……それとこれとは、話が違うじゃないか。




 「待てよイブゼル!」

 鈍く響いたその声がイブゼルの尾を引いた。
 思わず体ごと振り返ったのか、彼の目は少し見開いていた。
 
 「……嫌いだとしても、俺たちはチームなんだ。最低限のコミュニケーションをとって、協力して洞窟を進むべきだ。……違うか?」

 十分な正論を突き付けたつもりだった。それでもイブゼルは聞かないだろう。無茶苦茶な言葉を振りかざすかもしれないし、取っ組みかかってくるかもしれない。それでも彼を呼び止め、ここまで言ってしまったのは、ある意味自分もヤケだったからだ。ここで彼の横暴を認めてしまってはいけない気がしたからだ。
 

 「……そういうところだよ」

 しかし、イブゼルの表情は違っていた。
 激昂した表情でも、憎たらしい目付きでもなかった。どちらかというと、彼は、どこか苦しそうだった。
 眉間にシワを寄せて目は細め、口を開きかけては結ぶのを繰り返している。まるで、喉の奥からわき出てくる数々の言葉を、口の中で咀嚼しては却下しているようだ。
 それは、いつものイブゼルの様子とはほど遠い姿だった。


 彼は言った。


 「……お前、いいやつぶってるだろ」

 



 「……えっ…」

 後ろから、ガツンと頭を殴られたように感じた。揺れる頭のなかで、水面が小さく波打った。


 「……それって、どういう…」

 波は集まって、ゆっくりとその強さを増していく。かたくなに目をそらしながら、ゆっくりと答えた。

 彼は続ける。

 「確かにそうさ。協力して進んだ方が効率がいい。分かってる。当たり前だよそんなこと」

「……なら…」





「中身がねぇんだよ」

「……は?」

 やけにゆっくりとした口調だった。

「……表面だけで、心の中が見えねぇのさ。いや、ないと言った方がいいな。ぺらっぺらなんだよ。お前の言葉も、行動も」

 じりじりと焼けつくような熱が、頭を締め付ける。喉の奥でとらえようのない何かが出ようとして引っかかる。

 恐らく、驚くべきほど腑抜けた顔で、俺は彼の言葉を受けていた。


 「……お前。メアリーちゃん達のこと、本当は心配なんてしてないんだろ」














※※※


 「……来たか」


 先についたのはこちらだった。
 熱水の洞窟の、ちょうど中腹あたり。広い部屋のようなこの場所には、何故か野生ポケモンは訪れない。中央には、ガルーラを模した石像が鎮座している。数々のダンジョンを踏破してきたが、この像があるエリアはいつも安全だ。像から何か魔力のようなものでも出ているのかもしれない。そういえば昔、仲間の誰かがこんなことを言っていた。
 
 思えばあのとき、もう二度と会えないと思っていた。そうなる覚悟はできていたし、後悔はなかった。あいつらは必ず成し遂げる。だから俺は、自分のできることをするまでだ。……そう思っていた。


 ……また、会うことになるなんてな。
 

 彼女達がこちらへ歩いてくる。一匹は足早に。もう一匹は、その後ろを警戒しながらついている。
 
 こちらもゆっくりと、間合いを確かめながら歩く。相手をさらに警戒させてしまうかもしれないが、どんなときでも油断してはならない。
 若草色のポケモンが、後ろの栗色のポケモンをせかす。長い耳をしたそのポケモンは、それでも慎重な態度を崩さずにいる。
 ……ここまで用心深いやつだっただろうか。話に聞いていたとはいえ、……妙だな。
 


 「……メアリー…。…安心してくれ……俺はお前の…」




 



 「………おい!誰だてめぇは!」



 言いかけた言葉が、まるまるかき消えるくらいの大声。



 反響する声の奥にいたのは、ブイゼルと、あのピカチュウだった。


 

  

 

 


 
 





 

 
 


 





 


■筆者メッセージ
投稿ペースが戻ってきた感あります
つらつら ( 2019/04/29(月) 16:53 )