第七十話 向かうもの達
グラードン。
「ポケットモンスター ルビー・サファイア・エメラルド」を代表する伝説のポケモンのうちの一匹。はるか昔、大地震や噴火をいくつも起こしてこの世界に大陸を生み出したと言われている。
ゴジラのような体格を持ち、赤く光るその肉体からツノのようなものが何本も突き出ている。もし出会ってしまったとしたならば、普通のポケモンならまず生きては帰れない。
「こいつが、……その、グラードンってやつなのかよ…」
目の前でたたずんでいる石像を見て、イブゼルは言った。
晴れ渡る空の下。草木生い茂る森のなかの小さく開けた場所に、その像はあった。
霧が晴れてから、ここに来るのにそう時間はかからなかった。「階段」はすぐに見つかり、それをのぼって歩いた先でこの場所にたどり着いたのだ。
あれから、「進もう」と提案したのは俺だった。霧が晴れた今、メアリーやチコ達も先に進み、森の奥地で待っているかもしれない。そう思ったからだ。
しかし彼女達の姿はここになく、代わりに像の前で待っていたのは、ギルドの親方プクリルだった。
「……そう♪本で読んだだけで実物は見たことないけれど……。確かにこの像はグラードンを模した像さ♪」
そう答えると、プクリルは像の前でくるっと一回転して見せた。灰一色の像の中に埋め込まれた赤い石が、それに応ずるようにキラリと光る。
あの赤い石……。ちょうどグラードン像の心臓の位置にあたる場所にはめ込まれたあの石こそが、メアリーが持っていた赤い石である。
濃霧の森。その深い霧のなぞとは、まさしくこの像のことだったのだ。グラードン像にあるくぼみに、赤い石……通称「グラードンの心臓」をはめ込むことが、霧を解除する鍵だったのである。
そして、その鍵を見つけ出すきっかけとなるのが、主人公である俺が「時空の叫び」により、未来を見ることだったのだ。……そうなるはずだったのだ。
しかし実際には、俺が到着する前に霧の謎は解かれてしまった。確かに、俺なしでは気づけないような謎ではない。……メアリーもチコも洞察力に長けている。これくらいの謎なら解けるのかもしれない。その程度の理由なら、「なぜ解かれたのか」などとここまで考え込むのはおかしいと思うだろう。
問題なのは、シナリオがズレているうえに、俺たちはまだ、メアリーとチコと合流さえできていないということなのだ。
「あの……親方様」
「ん?どうしたの?」
プクリルはあっけからんとした表情のまま返事をした。
「メアリーとチコをこの辺りで見ませんでしたか?」
「見たよ♪」
表情変わらず即答。あまりに普通に答えられたので、一瞬反応できなかった。しかしそれは、求めていた答えそのものだった。
「すみません。俺たち森ではぐれてしまって……。……彼女達はどこに?」
「……うーんと…」
今度は少しだけ眉を潜め、なにかを考えるように唸った。答えるのに悩むほどの事情があるのか。それとも、ただ思い出せないだけなのか。……色々と思いが駆けめぐるが、それらを押し殺し、俺はプクリルの目をじっと見つめる。
ゆっくりとまばたきをして、プクリルはうなずいた。
「さっき……ちょうどこの像の前で会ったんだよ。そのときはすでに霧が晴れていて、メアリー達に話を聞くと、『赤い石をはめたら霧が晴れた』って言ってて……」
やはりそうか。俺抜きでイベントが進行したのだ。「主人公がいない」という点さえ除けば、霧の謎を解いたのち、プクリルと出会うというのはゲームのシナリオに一致している。
ならおそらく、メアリー達はこのあと……。
「……で、まあ君たちをここで待ってようとしたんだけど……。……ちょっと邪魔が入ってね。僕が相手をしている間に、メアリー達には霧の湖の方へ行ってもらったんだよ」
そう言ってプクリルは振り返って後ろを指差した。霧が晴れ、うっそうと繁る木々の奥に見える巨大な洞窟。その洞窟の頂上はもはや見えないくらい高く、そこから噴水のように水が流れおちていくつもの巨大な水の柱を形成している。
そう。あれこそが……霧の湖。そしてその場所へと続く洞窟だ。今回の遠征の目的地であり、主人公である俺が、パートナーのメアリーと二人で入るはずだった場所。
「……親方様。邪魔ってのはいったいなんだったんですかい?……いや、もちろん…親方様ならちょちょいのだと思いますけど…」
洞窟の方を見ていたイブゼルが、プクリルの方に視線を戻す。
「……まぁ、大したことないよ。ちょっと森のポケモンに襲われたってだけ」
イブゼルの問いに若干表情をこわばらせたようにも見えたが、気づけばいつもの笑顔でプクリルはそう答えた。
……彼らを襲ったポケモン達はだいたい検討がつくが、今はそれどころではない。
なによりもまず、メアリー達と合流しなければ。
「……親方様。俺とイブゼルも、彼女達の後を追いかけても大丈夫ですか?」
「もちろん!……君たちは同じチームだし、止める理由はないよ♪」
そう言って、プクリルはぽよんっと体を揺らした。
「ありがとうございます」
「でもふたりとも」
「……はい?」
軽くお辞儀をし、向かおうとした俺たちの足を、ワントーン下がったプクリルの声が引き留めた。
「まずは安全第一。無理してはいけないよっ!」
笑顔で、それでいて引き締まった表情。口調こそ柔らかいが、その言葉には確かな重みがある。
「……わかりました」
俺達はもう一度お辞儀して、足早に洞窟へと向かった。
※※※
「……湿気も多いし、暑いな。……相変わらず不快な場所だ……ここは」
目の前でのびてるマグカルゴに一定の注意を払いつつ、俺は辺りを見回した。
……赤く火照った岩に囲まれ、各所には水溜まりができている。水面からはごうごうと蒸気が吹き出しており時々顔にまでかかるが、これがまた熱い。
地面も当然熱せられた岩であり、できるだけダメージを受けないように早足で先へと進んでいる。
この環境は、草タイプの自分にはかなり応える。襲ってくる野生ポケモンのレベルは高くないのがせめてもの救いだろう。
この場所に来た目的。当初それは、「時の歯車」をとることだけだった。霧の謎の解き方は既に知っていたし、「グラードンの心臓」のありかも大体把握していた。別に待つ必要もないので、早めに回収しようと思っていたのだ。
しかし、チコとの接触がその目的を変えた。もう一つ、やるべきことができたのだ。これはチャンスなのかもしれない。仲間は多い方がいい。信じてくれるかどうかは分からないが……。
ハイリスクな作戦だ。……プクリンギルドの遠征と同じタイミングで霧の湖に向かうということは、当然彼らと接触する形になる。ユクシーだけならともかく、彼ら全員を相手にしながら時の歯車を入手することは不可能だろう。なにより、あのプクリルにだけは決して見つかってはならない。
「……ともかく、先を急がねば」
……集合場所は、ガルーラ像の前。彼女はそこに二匹で現れると言っていた。
時間は限られている。それでも、彼女に出会う価値はある。
……メアリー…。
お前なら、きっと分かってくれるはずだ。