はみ出し者は自分だけ(ポケモン不思議のダンジョン空) - 霧の湖には
第六十九話 霧の中で
 「……最悪だぜ。…よりによってお前とふたりきりなんてよ」

 聞こえるように独り言を吐き捨て、イブゼルは思い切り地面を蹴った。
 

 俺が合流することができたのは、結局イブゼルだけだった。たまたま戦闘を終わらせた場所が近かったので、この深い霧の中でも探しだすことができたのだ。
 
 「……すまん。俺の作戦ミスだ。……こんなことになるなんて」
 
 イブゼルは、黙って俺を睨み付けた。
 机上の空論だった、と言わざるを得ない。実際、いつ、どこで、どのように野生ポケモンが襲ってくるかなど分からないのだ。あまりに不確定な要素を無視しすぎていた。
 俺は出来るだけイブゼルの目を見続け、彼の返答を待った。イブゼルは何度か口を開き、何かを言いかけた。しかし、どれも寸前で詰まってしまったかのように、眉間にシワを寄せる。
  
 白い霧の奥で、影の木々達は黙ってこちらを伺っているようだった。この緊張や静けさを取り払うのはお前達なのだと、無言で訴えかけてくる。
 イブゼルは話さない。木々は彼の背後に見えている。彼にはあの訴えが届いていないのか。
 

 「とりあえず、メアリー達を探そう」

 たまらず自らそう切り出した。イブゼルの眉がぴくりと動く。組んでいた両手を放して不快そうに頭をかき、やがて長いため息をついてこう答えた。
 
 「…………チッ。…それしかないようだな」


※※※


 それから、下手すれば俺達二人すらもバラバラにはぐれてしまいそうなほど深い霧の中で、声をあげながらメアリー達を探した。声を上げれば、当然周りの野生ポケモン達に気づかれる可能性も高くなった。探せど探せど、出くわすのは野生ポケモン。なんとか二匹で固まって対抗し、退けたらもう一度声をあげる。

 歩くどの場所も、どこか見覚えのあるような気がし始めた頃。既に俺達二人の間には私的な会話は無く、ただただ、メアリーとチコの名を叫んでいた。それでも彼女達は影も見えず、気配すら感じなかった。
 だんだんと、イブゼルの挙動はせわしなくなっていった。微かな物音にも敏感に反応しては、メアリー達ではないことに気づいて肩を落とした。

 どうしたものか。

 何も見えない霧の中で、まとまりようのない案がいくつも浮かんでは消えていく。一方で、掻き立てるような焦燥感が、消えずに膨れ上がって頭のなかを埋め尽くす。
 目の前が、真っ白で。視界だけでなく、だんだんと音さえも拾えなくなってくるような気がする。

 「メアリー!……チコ!………いるなら返事をしてくれ!」

 何度叫んだだろう。深い霧は声すらも飲み込んでしまうのか。返ってくる声はない。
 
 隣でまた、舌打ちが聞こえた。
 イブゼルは歩みをとめず、あちらこちらへと歩いていく。置いてかれてこれ以上はぐれないよう、俺はその後ろをついていく。とうに、作戦は崩壊しており、この場所もどこかわからない。不安と焦りが首筋を撫でる。今さらようやく焦り始めたなんてものじゃない。最悪のケースへと一歩一歩確実に進んでいる気がして仕方がないのだ。

 ……はぐれたのがチコだけならば、方法がないわけではなかった。

 この世界は、自分のプレイしたゲームとかなり近いものである。だから当然、俺はこの霧の正体を知っていて、どうすればこの霧を消すことができるかも分かっている。
 つまりその方法とは、奥地へと進みこの深い霧を解くというものだ。そして捜索は、霧が晴れてから行う。そうすれば今よりも効率的に探すことができるだろう。
 しかし、霧の謎を解くためにはメアリーの持つあの「石」が必要なのだ。濃霧の森に入る前に拾った、ほんのりと暖かいあの赤い石が必要なのである。だから、チコだけでなくメアリーともはぐれてしまった今。方法だけ知っていても意味がなく、結局俺たちはメアリーとチコを探すしかなくなっていた。
 
 「……なぁ、イブゼル」

「……」

 返事はなかった。イブゼルはスピードを落とすことなく歩いていく。
 
 「……返事くらいしてくれても…」




 「うるせぇな」

 急に彼は振り返った。
 またも無視されると思っていた俺は、少したじろぐ。奴は構いもなしにそのまま詰め寄ってきた。

「……お前さ、今の状況分かってんのか?」


「……状況って…そりゃあ……メアリーとチコが…はぐれて…」

 いつも以上に凶悪な目付きで突き刺され、俺はどもりながら返事をした。目線が下に逸れる。

 「…………だったら無駄話してる場合じゃねぇだろが」

 何か別の言葉を、本当は用意していたかのような間があった。吐き捨てるようにそう言って、こちらに背を向けた。再び歩き出そうとしている。

 なんだか釈然としない。いつもは聞き流していたイブゼルの言葉が、腹の底に沈殿する。
 
 湿った空気が、さっきから腕や頬にまとわりついていた。風は吹いていない。毛皮があるというのは厄介で、からだの毛が各々くっついてうっとうしい。 

 「……ちょっと待てよ、イブゼル」

「あ?」

 ゆっくりと威嚇するように後ろを振り返った。

 「別に…無駄話なんかじゃない。……提案が……」

 ムキになっていいかけた、そのとき。


 巨大な空気のかたまりが、自分に激突した。

 いや、吹き付けてきた。
 叩きつけられるような衝撃。体が持っていかれそうになる。
 

 風だ。

 とてつもなく激しい風が、イノシシの群れのように、轟音を散らして駆け抜けている。
 目を開けていられない。
 もはや二本足では踏ん張りきれず、だんだんと姿勢は下がりやがて四つん這いになった。それでも風は、地面との接続点である四足をもぎ取るがごとく吹き込んでくる。
 下へ。下へ。真っ暗になった視界の奥で、必死に脳が命令する。からだを地面にベッタリとくっつけて、手で草を下の土もろとも握りしめた。



 この体勢が正解だったのか。だんだんと、叩きつける風が、自分の背中を駆けるだけになっていく。ぎゅっと閉じていた目も、それに合わせてゆっくりと開いていき、黒一色だった視界から鮮やかな緑が映し出された。



 風はすでに勢いを失っていた。ひとしきり泣いた後すやすやと気持ち良さそうに眠る赤子みたいに、穏やかに流れるだけになっていた。
 妙に明るい。そう思いながら立ち上がる。目の高さが再び元の場所に戻る。




 「えっ………?」





 そこにはすでに、霧はなかった。


 機嫌を直した風に吹かれ、くすぐったそうに揺れる草木がはっきりと目に見えていた。その木々の大きさから、ついさっきまでは無に等しかった距離感がだんだんと戻ってきた。
 湿っていた体毛が、今では気持ち良さそうに風に撫でられているのが分かる。からっとした陽の光が伺うように体を包む。


 しかし俺の頭の中は真っ白のまま、なかなか書き出そうとしなかった。というよりはむしろ、書き出したくなかったのかもしれない。

 理解しがたい状況だった。
 もちろん、霧が晴れたことくらいはもう認めてる。問題はそこではない。
 ……なぜ?……どうやって?
 俺がいなければ解けるはずがない。そういうシナリオのはずなのだ。
 



 恐る恐る、空を見た。陽射しが気になるからだとか、上でなにか物音がしたからだとかではない。かといって、何気なくというわけでもない。
 
 

 「なんだよ………あれは……」

 同じく空を見上げていたのだろう。
 イブゼルが、言葉をこぼした。


 嘘のように霧が消えさり、どこまでも澄み渡る青空の中。

 ところどころから滝のように水が流れ落ちていて、虹のようなものがかかっている。そしてそのまわりを彩る、きらびやかな数々の光達。
 ワイングラスのような形をした、とてつもなく巨大な岩だった。不安定なその形は、まるでひとつの島が、空にたたずんでいるかのようだ。
 
 ……その存在感は、決して気のせいなんかではない。もう、認めなければならない。


 そう、あれはまさに………




 「………霧の…湖………」
 


 
 
 
 



 

 






 

 
 


 

 
 
 


 

■筆者メッセージ
遅れて申し訳ありません!!!
つらつら ( 2019/04/13(土) 21:10 )