第六十六話:ツノ山
遠征メンバー発表同日の昼過ぎ、プクリルのギルドは遠征へと出発した。選ばれたのは、ゲームと同じギルドメンバー全員。そこに、ゲームにはいなかったチコとイブゼルが加わった形となっている。確か、ゲームでは主人公とパートナー以外のチームメンバーは遠征に参加できない仕様だったが、チコとイブゼルが参加できたのは、彼らもプクリルギルドの弟子だから、ということだろう。
ギルドメンバー全員で行くとはいっても、何もぞろぞろと固まっていくわけではない。スカタンクの言った通り機動力が駄々下がりだし、トラブルも多発する。そこで、目的地の少し前に中間地点を設定し、そこに至るまでのルートをいくらか考え、ルートごとにグループに分かれて向かうという作戦がとられた。これも、ゲームと同じだ。
ゲームと違っていたのは、そのグループの顔ぶれ。ゲームでは、主人公とパートナー、つまり俺とメアリーは、デッパと三人で中間地点を目指すはずだった。だがしかし、俺とメアリーは、チコとイブゼルを加えた四人で向かうことになった。
割と、目に見えたシナリオのズレである。だが、チコはそもそも俺たちリユニオンのチームメイトだし、イブゼルも、「ま、お前が一番リユニオンと仲がいいだろ」とペラオに言われるくらいだ。だから、このグループ分けには納得できる理由があるし、このズレが起きたことはそこまで問題ではない。裏を返せば、そもそもイブゼルとチコが遠征メンバーに選ばれるほどシナリオに関わっていることが問題なのである。しかしそれも、気にしだすと止まらないし、もう無視しておこう。
さて、気になるのは、遠征の目的地だ。いや、まあ俺はもちろんゲームで知っているし、なんならその謎についても事細かに説明することができるが、とりあえずそれは置いといて。皆が知りたい遠征の目的地については、準備を終えて再集合したときに伝えられた。
※※※
「えー…。よし、皆準備はできたようだな」
「ああ!完璧だぜ、ヘイヘイ!」
大きなハサミをどんと当て、胸を張るヘイライ。集まった他の皆も、リュックやバッグを持って、ペラオの呼びかけにうなずいた。その様子を見て、ペラオはこほん、と軽く咳ばらいをした。
「よし、それでは今から今回の遠征の目的地を発表しよう」
ざわざわ、と騒がしくなる。もちろん、皆うきうきとした表情だ。「どこだろう?」、「楽しみでゲス」、などといった声が次々に飛び交う。
「ちょっと!いちいち騒がしくするんじゃない!まだ場所も言ってないだろう!?」
羽をバサバサと鳴らし、相変わらずの高い声で怒鳴るペラオ。彼も苦労人だ。メアリーも、隣で尻尾を揺らしている。どうやら待ちきれないらしい。場が、静まってきたところで、ペラオはまた小さく咳ばらいをした。
「………今回の目的地は、霧の湖だ」
「「「霧の湖!?」」」
うわさなら耳にしたことがある。晴れることのない深い霧、その中には、見た者を魅了する美しい湖があるのだと。だが、それはあくまでうわさ。実際に見つけてこれた者はいない。ゆえ、皆にとってかなりの衝撃なのだろう。場が、また少しずつ騒がしくなってきた。
「霧の湖って、あの霧の湖だよな!?すっげーお宝があるって噂の!」
「どうやって行くんだ!?」
「キャーー!!ワクワクしてきましたわ〜〜!」
「えーい!お黙り!騒ぐなら、最後まで聞いてから騒ぎな!」
  三度、怒号を散らす。まあ、皆がワクワクして騒ぎたくなる気持ちもよく分かる。メアリーの目なんて、光り輝きまくってるし。
「霧の湖だって!……なんだろう!?どんなところなのかなぁ!ねぇ、シンくん!」
「うーん……見当もつかない…。想像を越えるようなすごく美しい場所なんだろうけど……」
「うん!とってもきれいな場所なんだろうなぁ……!」
「そこ!早く黙りな!」
「あ!……は、はい!」
ペラオにどやされ、大焦りでペラオの方に向き直る。だが、その目は眩しいくらいにキラキラと輝き、次のペラオの言葉を待っている。
他のメンバーも、だいたいメアリーと同じ。もう、ウズウズしてたまらないのだろう。ペラオに怒られ、静かになったものの体はそわそわしているし、なんならまだ話しているやつもいる。
怒鳴り散らすのも疲れるのか、ペラオも諦めて話を次へと進めていった。
※※※
それから、話は騒がしくもおおむね順調にすすんだ。霧の湖があるとうわさされている、「濃霧の森」を中間地点に設定し、俺達はギルドを出発したのである。
俺達が担当するルートは、「沿岸の岩場」を通った先にある、「ツノ山」を越えて「濃霧の森」に到着する、というものだ。「沿岸の岩場」は、岩場がつるつるしてて歩きづらかったということ以外、特に言うことがない。一つ、他に言うことがあるとすれば、湿った岩場とは違って水路の割合がさらに増え、水の中から攻撃してくるポケモンが厄介ではあった。だが、それは俺とメアリーについての話である。水タイプであるイブゼルは、水の中まで追いかけて撃墜するし、チコはまずソーラービームで消し飛ばす。二匹のおかげで、苦戦することなく突破できた。
そして今、俺達は「ツノ山」にいる。
「ツノ山」______なぜ、そんな名前がつくようになったのかは、実際にこの目で見てはっきりと分かった。高さはそれほどでもないが、見上げてみると、頂上が恐ろしく細い。人間世界のたとえでいけば、「富士山」のようなきれいな形を想像してほしい。その横幅をグッと縮め、頂上部分を極限まで細く絞った形の山が、「ツノ山」だ。
実際に登ってみると、急な坂が多いこと、多いこと。歩くだけでごっそり体力を持ってかれてしまう。
さらに、不思議のダンジョンでもある「ツノ山」には、当然敵ポケモン達がわんさか沸いている。
息を切らした状態で戦う、というのは想像以上に辛いもので、体もいつもみたく動かない。一方襲ってくる敵ポケモンはその地形に慣れており、序盤はかなり苦しい戦いも何度かあった。
だが、俺たちも伊達に今まで数々のダンジョンを踏破したわけではない。遠征というこの場に来て、ようやく体力を無駄に使わないような動き方だとか、戦闘にならない進み方などといった経験値が生きてきたのだ。滝つぼの洞窟で以前メアリーがやってみせた敵ポケモンの察知や、リンゴの森で考え始めたパーティとしての役割分担。これまでに培ったものたちをうまく活用していくことで、俺たちはこの「ツノ山」の終盤近くまで到達していた。
「……そろそろ終わりかしら?」
「……多分。山を下り始めてずいぶん経つし……」
長い耳をピン、と立てたメアリーは、そう小さくうなずいた。対し、チコは「そう、ありがと」と少し遠慮がちな返事を返す。
傾斜がとんでもなく急であるこの「ツノ山」は、下り坂でも地味につらい。滑ったりこけたりしないよう、いつも以上に体幹や足に気をつかうことになるからだ。下山中で体力が残り少ないということも、そのつらさに追い打ちをかけている。
ダンジョンも終盤にさしかかり、敵ポケモンのレベルもかなり高くなってきた。メアリーの聴力のおかげで、敵ポケモンとの無駄な戦闘は避けられているが、それでも戦う回数が0になったわけではない。聞き漏らす場合も多々あるしそもそも戦闘が回避できないシチュエーションだってある。
そして今もまさに、その場合だった。
「あ、だめ……!何か来るよ…!!!」
メアリーが大きな声をあげる。俺たちは瞬時に体にスイッチをいれた。チコはしゅるりと蔓を繰り出し、イブゼルは威嚇するように構えをとる。俺も態勢を低くとり、頬袋の中の電気に意識を向けた。素早く電撃を撃てるようにするためだ。
メアリーは、前方を指さした。目をこらしてその方向をにらむ。ものすごい速度で迫ってくる“それら”は、距離が詰まるやいなや攻撃を開始した。
「ミサイル針だ!」
叫んだその先で、2匹の赤い蜘蛛の形をしたポケモンが、無数の光るトゲを撃ちだした。アリアドス____素早い攻撃と、毒が厄介なむしポケモンだ。
ミサイル針は様々な方向を飛び回りながら、それでも確実に俺たちへと降り注いでくる。体力はそんなに残っていない。ランダムな動きのようにみえる光線の行方を予測し、最小限の動きでなんとか処理する。すんでのところで身をよじって交わしたり、避けきれないトゲは電撃で撃ち落とす。
各々、針を数本いなしたところで、まずイブゼルが飛び出した。襲い来る針の間をぬい、一気にアリアドスたちとの距離を詰める。
 「食らえ」
両手の水が渦巻いて、青白く光る水球がその中に現れた。轟轟とした勢いで、彼の腕より飛び出さんと暴れ回る。
 
しかし、ふいにその球は彼方へと吹き飛ばされた。視界は、白銀の嵐によって遮られ、俺たちは防御を余儀なくされた。
その風の、発生源。煌びやかな銀の結晶が、波状に広がるその中心には……
 「モルフォンか!」
薄紫の羽を激しくばたつかせて、大量の礫を送り込んでくる。激しい風に乗って飛んでくるそれらは、小さいながらも確実に俺達の体に傷を作る。
 「くそっ!届かない…!」
苦し紛れにはなった電撃は、風に遮られて届かない。体力が全快なら押し切れたかもしれないが、残念ながらそれだけの余力はもはやない。
 「……あたしに…任せて……っ!」
礫の猛攻を必死に耐えながら、掻き消えそうな声をメアリーが叫ぶ。誰の返事を待つこともなく、その体に光をまとい始めた。風の勢いに押されながらも、その光は別れ、独立に形を成していく。…………彼女の周りで、幾つもの星がまたたき始めた。
 「スピード…………スター……!!!」
光の尾を帯びながら、勢い良く発射された星型弾は、向かってくる銀の風をものともせずモルフォンへと向かっていく。風を送ることばかりに気を取られていたモルフォンは、なすすべなく撃ち落とされた。
風の勢いが、急速に弱まっていく。見えづらかった視界がクリアになっていき、薄紫色の蛾を模したポケモンが、空から落ちていくのが見えた。
「やっ、やった……!」
落ちていくモルフォンを一応警戒しながら、メアリーが安堵の声を漏らした。風は完全にもとの状態にもどった。
さて残るはアリアドス…………
「……メアリーちゃん!!後ろだ!!」
「え」と言い終わるが早いか、メアリーの体は、白い閃光に吹き飛ばされた。
「ちくしょう!さっきの風で見失ってた……!」
イブゼルがメアリーめがけて走り出す。
だがアリアドスは、物凄いスピードでメアリーに接近していた。
不味い……!このままでは……!
地に付していたメアリーはその接近に気づき、よろよろと立ち上がる。しかし、ミサイル針の直撃ダメージはバカにはならず、足元がおぼつかない。
目の前……。すぐそこにまで近づいたアリアドス達が、怪しく光るキバを構えた。それは、異常なほどに鋭く凶悪で、恐ろしく見えた。
応戦しようとメアリーは構える。だが、二体一。状況は明らかに不利だ。
対応方法を戸惑っているメアリーと、そこ目掛けて無情にも振り下ろされる邪悪なキバの動きが、スローモーションのようにゆっくりと刻み込まれていく。
その刹那、極太のレーザーがアリアドス達をかっさらった。辺りがまばゆく光り、爆発音が鳴り響く。
メアリーは、あっけにとられた表情で、ゆらゆらとレーザーが飛んできた方向に顔を向けた。
「…………チコ…!」
「……大丈夫?メアリー」
心底ホッとしたような表情で、チコは言った。
「おぉ……。すまねぇな、メアリーちゃん……」
数秒遅れてメアリーのところに駆けつけたイブゼルは、膝で息をしながら謝った。
チコは、周りをざっと確認して敵が残っていないことを確認すると、イブゼルの方に鋭い目を向けた。
「ちょっと。あんた、いちばんアリアドスの近くにいたんでしょ!……しっかりしなさいよ、あたしのソーラービームが間に合ってなかったらどうなってたと思ってんの!?」
「はぁ……っ!?…………う、うぐ……っ……悪かったよ…」
チコに非難され、イブゼルは反論しかけたが、さすがに返す言葉も見つからないらしい。言葉を詰まらせシュンとする彼に、メアリーは慌ててフォローを入れた。
「ううん……!油断してたのはあたしもだし……。ありがとう、イブゼル」
「そ、そう……?……いやいや!どういたしまして!」
「調子乗ってんじゃないわよ」
気持ちいいほどの開き直りを見せるイブゼルに、ズバッと冷ややかに突っ込みを入れる。う、と再びバツが悪そうにイブゼルはチコを見たが、今度はいきなり俺を指差し、
「……というか、シンはどうなんだよ!?こいつは特に何もしてねぇじゃねえか!」
「え……」
そういえば。
さっきから俺はいったい何を冷静に解説してるんだ?メアリーがピンチだって言うのに、つらつらと。棒立ちで、イブゼルみたいにメアリーのもとへ駆けつけるでもなく、チコみたく遠距離攻撃を試みることもなかった。
……………何をしてるんだ、俺は。どうして、メアリーを助けようとしなかった?
……いや、助けようとはしたんだ。動こうともした。ミサイル針で吹き飛ばされたメアリーを見て、真っ先に俺が行くべきだと「思った」。しかし動いてない。
アリアドスの、あのキバ。メアリーに向けられたあれを見たとき…………獰猛で、危険で、恐ろしい。そんな感情が、たちまちに込み上げてきた。俺の…………足が止まった。
「あのね」
チコの言葉が、思考の沼に一石を投じた。
「…………あたしは別に、行った、行ってないで怒ってるんじゃないわよ」
ぐちゃぐちゃになりかけていた思考が、チコの言葉にすがっていく。
俺は、黙ってチコの話の続きを待った。
「こういう状況になったのは、あなたがアリアドスを見逃したからだってことを怒ってるわけ。…………話をすり替えないでくれる?」
「くっ…………!」
再び論破され、今度こそイブゼルは本当に黙りこくってしまった。チコは俺を一瞥することなく、再び周りを警戒した。
「ま、まあ……!そのへんにしとこうよ!ほら、多分もうすぐ出口だよ!」
苦笑いを浮かべたメアリーが、高い声でそう呼び掛けた。
求心力の高いメアリーの指示に、チコとイブゼルは各々合意する。周りに敵がいないことを再度確認し、俺たちはさらに先へと進んだ。
「えっと……。シン君も……気にしなくて大丈夫だからね?……あれは、あたしの責任だから……」
途中、メアリーにそう囁きかけられたとき。
俺は言葉を失った。