第六十五話:メンバー発表
「……緊張、してきた……」
すでに、全員揃っていた。メアリーは結局、ドゴンの声で跳ね起きた。一番最後は、案の定イブゼル。不機嫌な様子だったが、多分、昨日の今日で決まりが悪いのだろう。
いつもと違うのは、その静けさ。こんなにも皆が集まっていると、いつもはガヤガヤと騒がしいものだ。そこをペラオが怒鳴って黙らせる。
しかし今、ペラオは黙っていた。
その羽には、一枚の紙が握られている。二重に折り畳まれた紙。皆の視線のいくつかは、その紙に向けられている。
おそらく、あれが遠征メンバーの名前が書かれた紙だろう。
ペラオが、厳かに俺達を見回した。そして、プクリルの顔をうかがう。プクリルはゆっくり頷いた。どうやら、今日ばかりは起きてるらしい。
緊張の糸が、ピーンと張っていくのが分かる。弟子の数匹が、その姿勢を少しただした。メアリーも、すっかり押し黙った。口元を、きゅっと一文字に結んでいる。
早朝にチコと話していたときと比べ、太陽は高く上ってきた。窓から差し込むその光は、ちょうど、ペラオの持つ紙を狙っているように見える。
「それではこれから、遠征メンバーの発表を行う」
ペラオの言葉が、投げ落とされた。
「…まずは、ドゴン」
「……っ!?よっしゃああああああ!!ま、まあ?ワシが選ばれるのは当然だがな!!」
……予想通り。
「……次に、キマルンとレレグ、それにヘイポー」
「やったですわーー!」
「……ケケッ」
「イエエェエエエエーーーイ!!やったぜ、ヘイヘーーーイ!!」
……これも、シナリオと同じだ。
「後は……フウラと、デッパ……」
「あ、私もですか!よかったぁー…!!」
「あ、あっしですか!?………ヒ、ヒック……!!うぅ……」
えっと。ここら辺から結構記憶が怪しくなってくるが、まあ予想通りだろう。
ここまで淡々としていられるのも、問題はここじゃあないからだ。ここまでの発表で、俺達リユニオンが選ばれることはない。
そして次、ペラオはこう言うだろう。
「………よし。これで以上だ」
案の定、喜びの空気が急速に冷えていく。笑顔を浮かべていた者達は、表情を少し濁らせた。残りの者達は…………無表情。……まだ、受け入れきれてないのかもしれない。
ペラオは、きりっとした目付きを作ってこちらを一瞥したあと、もう一度紙を見直した。ペラオなりにも、これだけでは少なすぎると思っているのかもしれない。
そんな固い空気の中、淀んだ笑顔が三つ。誰かなどは言うまでもない。さっきからドクローズが、俺達に不快な視線を送ってきているのだ。もちろん無視。どうすれば、あのような汚ならしい目付きができるのだろうか。
沈黙は続く。皆、何か言いたげだが、ぐっと喉の奥に押さえ込んでいるようだ。普段なら、ペラオがこの空気を切り裂くものだ。しかし彼はさっきから、読み終えたはずの紙に釘つけになっている。
大丈夫。シナリオ通りだ。気になることは何もない。
俺は、黙ってただ一点を見つめていた。それは、選ばれたメンバー達でもなく、ドクローズでもない。隣にいるはずのメアリーも、その視界にはなかった。その一点は、ペラオ。そう、こいつがあの事に気づけば。メンバー達の名前が書かれた紙。その端の端にある、小さくて汚い殴り書きされた文字に。
食い入るように紙を見つめるペラオを、目で急かす。勿論ペラオは、俺を見ていない。だからそんなことをしても意味がない。それでも、目は自然とペラオを責め立てている。
メアリーが、何かを呟いたような気がした。俺の目線は、それでもペラオに向いている。首筋の毛が、変にざわつく。
……もし、選ばれなかったら。
………メアリーは。
思わず眉間にシワを寄せた。
その時、音符の頭が動いた。
「えーっと……。やっぱり、まだなんか書いてあるな……。どれどれ………。えー…っと」
やっと、見つけたか。
「……まだ、メンバーがいるみたいだ。……言うぞ?……イブゼル、…トニー、…ディクトル……」
おずおずと、それでいて単調なリズムで呼ばれる名前。
「……そして、メアリー、シン、チコ……!」
「え?」
隣のメアリーの吐露した言葉が、今度ははっきりと聞こえてきた。だが、それきりで、メアリーだけでなく、他の誰もそれ以上言葉を発しない。
それは、紙を読み上げていたペラオについても例外ではなかった。(俺からは見えないが)汚くて小さい難解な字を読みきった彼は、狐に包まれたような目をして、紙を見つめている。
再び、場が凍りついたような沈黙。
だがしかし、それはさっきまでのそれとは明らかに短かった。
最初に声をあげたのは…………
「や、やっ……「ちょっと!!これ!全員じゃないですか!……お、親方様!?」」
メアリー…………ではなくやはりペラオだった。羽で紙を握りしめ、プクリルにまくし立てる。対するプクリルは、あっけらかんとした笑顔で返事した。
「うん♪全員♪」
「うん♪全員♪………じゃないですよ!……これじゃあ、メンバーを選ぶ意味が……」
「選んだよ〜♪全員を♪」
「いやだから……」
暖簾に腕押し。ペラオの追求を、プクリルはそのまま吸収してしまう。ペラオは言葉をつまらせた。
そんな二匹のやり取りに、皆はすっかり飲み込まれていた。ちょっと前までにやついていたドクローズも、例外ではない。表情は、真顔とも嘲笑ともつかない中途半端なもので、ペラオ達を見つめている。
少しして、この奇妙な状況をある程度理解したのか、スカタンクが口を挟んだ。
「お、お言葉ですが…………」
「ん。どうしたの?ともだち〜♪」
「わたしも……全員でいくことには反対です。……機動力も落ちますし…、何より、これでは選んだ意味が……」
ちらちらとこっちを見ながら言葉を繋ぐスカタンク。俺達をメンバーから外したいがためだろう。だが、説得する相手が悪かったな。
「だって、全員でいった方が楽しいじゃない♪」
「ほぁ?」
思わず変な声を出す。そう、プクリルはそういう親方なのだ。まず、楽しい探検。他のことはそれからって感じの親方なのだ。ゲームでも、大体確かそんな感じだったし。
「ですが……」だのなんだの、スカタンクは、さっきのペラオみたいにボソボソと言葉を漏らすが、やはり何故か言葉がでない。ちなみに、ペラオはもう諦めて、疲れた目でプクリルを見ている。
当のプクリルは、もう話をしめにかかっていた。
「とりあえず♪そういうことだから、みんな、遠征、頑張っていこうね〜♪」
「お、おー……っ」
プクリルにつられ、戸惑いながらも掛け声をあげる。いかんせん、他の皆はまだ状況を飲み込めていないらしい。プクリルは、そんな俺達を特に気にすることもなく、るんるんと自室に戻っていってしまった。
彼の背中を呆然と見送っていたペラオは、こちらに向き直り、
「…………まあ、そういうことだ。……えーっと、出発は昼前にするから、皆、しっかりと準備を整えてくるように」
と言い残し、そのまま親方の後を追った。
残された皆が、「全員メンバー」という素晴らしき事実をようやく理解できたのは、ペラオが立ち去って、数分後のことだった。
「…………つ、つまり……選ばれたんだよな?俺達、全員……」
もとから選ばれていたはずの、ヘイライがその第一声。
「はい……。多分…」
自信なさげに応答するは、ディグダのトニー。
それから、各々顔を見合わせて。だんだんと口角が上がり始め。
「…………や……っ」
「「「「やったーぁぁあーーーー!!!!!」」」」
今日、一番大きな歓声がギルドを激しく揺るがした。
「騒がしいな、お前らは。選ばれて当たり前だっつーの」
「イブゼル、しっぽは嬉しそうですよ?」
「えっ……?い、いや!違うよフウラちゃん!……これはだな……」
「がっはっは!!良かったなぁ、イブゼル!選ばれて!」
「う、うるせぇ!黙ってろ!!」
イブゼルは、そのままドゴームに飛びかかった。ドゴームは笑いながらそれを軽々受け流す。悔しそうな顔をしながらも、イブゼルの表情は、スカッと明るくなっていた。
周りの皆も、そうだ。発表前までの重い空気は何処へ、と問いたくなるほど歓喜に沸いている。口々に称賛の声を挙げ、喜びのダンスを踊っている。
「メアリーちゃんの言った通りでゲシたね!」
いつも以上に目を細めたデッパが、こっちに向かってきてそう言った。
そうだ、メアリー。
俺は、隣にいるメアリーの表情をうかがった。
「うん……。よかった、よかったよ…………!!」
落ち着いて、静かに、それでもなお込み上げてくる喜びを噛み締めるように、メアリーは何度もうなずいた。はちきれんばかりの笑顔…………とはすこし違う。泣きそうな、堪えきれないような笑顔。だけど、それは、おそらく最も幸せな微笑みなのだろう。瞳を涙で潤ませるその表情は、これまでの苦難が、浮かび上がっては静かに空へと消えていくようで。
だんだんと引き込まれそうな泣き顔が、こちらへと向けられた。
「シンくん…………っ!あたしたち……あたし、たち……っ!!」
「……あぁ、選ばれた。……選ばれたんだよ。…………本当に……よかった……」
俺は、胸を撫で下ろした。