第六十二話:メアリーの料理
「…やぁお疲れ二匹とも♪進捗はどうだ?」
夕方、かろやかな調子で扉を開けてきたペラオの笑顔は、俺たちの書類を見るやいなや急速に消えていった。
無理もない。デッパが読み、俺が理解するという方法は、確かに俺たちの作業を進展させはした。しかし、やはりそれでも作業スピードはナメクジのごとく遅く、結局仕上げた書類はノルマの十分の一。俺たちからすれば大きな成果なのだが、ペラオにとっては言語道断なのだろう。
だが、ペラオもペラオで、久しぶりの探検は体に応えたらしい。怒る気力はその笑顔と共に消え失せたのか、俺たちにハイパーボイスが飛んでることはなかった。わなわなとくちばしを震えさせ、声にならない音を漏らしながら書類を見た後、がくっと羽毛を幾枚か落としうなだれる。とぼとぼと部屋をあとにしたペラオの姿は、俺達にかなりの申し訳なさを感じさせたが、まあ、人選ミスならぬ、ポケ選ミスだったと思う。
ともかく俺達の仕事は終了し、書類の整理も済ませたところで、いつもの夕食のベルが鳴った。
「ご、ご飯ですよーーーー!!!」
ベルこそいつもと同じだが、ついてくる声はいつもと違う。若干の戸惑いを含みながら発せられた声の正体は、メアリー。そういえば、飯の担当はメアリーになったんだっけ。自分の担当のショックが大きすぎて、デッパ以外ほとんどの担当を覚えてなかった。
「やっとでゲス!」
ベルを聞いて、さっきまで頭を下げていたデッパは、ガバッと起き上がった。その目からは疲れが吹っ飛んでいるようにも見える。出来映えはどうであれハードな仕事だったから、その分夕飯の知らせが何倍にも嬉しく思えるのだろう。だが、デッパに至ってはおそらく、別の理由も存在している。
「メアリーちゃん、どんなご飯を作ってきてくれるんでゲスかね〜」
「メアリー、料理には自信があるって言ってたぞ」
「そうなんでゲスか!?いやぁ、確かに、そんな気もするでゲス」
でへへ〜っといった漫画的な笑いかたは、まさに今のデッパを言い表すのにちょうどいいだろう。元々小さい目をさらに細め、口角はだらしなく垂れ下がっている。……本当にメロメロだな、こいつは。食わずともこんなに喜んでくれるやつがいるのだから、メアリーの料理はきっと成功するだろう。そもそも、多分メアリーは本当に料理が上手だと思うし。
そういえば、夜、ベッドに寝転がりながら話したとき、得意料理について自信満々の笑みで話していたことがあったが、今日はそれを振る舞ってくれるのだろうか。確か品名は……木の実とチーズのグラタンだっけ?まぁ、絵面を想像するのは難しいが……名前的には美味しそうだ。……お、なんだか俺も楽しみになってきた。
「何してるんでゲス?早く行くでゲスよ!」
「ん?あぁ、すまんすまん」
軽い返事をデッパに送り、そわそわした彼の背中を俺はてくてくとついていく。するとすぐに、疲れた体がここぞとばかりに腹をうるさく鳴らしてきた。しかし、嫌な気持ちは全くしない。むしろ俺は、騒ぎ立てる腹を手でなだめながらひっそりと、メアリーの料理に期待の光をともしていたのだった。
食堂の中に入ると、既に弟子たちがほとんど集まっていた。椅子に座り、がやがやと騒ぎ立てている。
「うおおお!こりゃあすごいぞ!」
「美味しそうですわー!!」
机の上にならぶたくさんの料理については、称賛の嵐。その品揃えは、量こそフウラの時よりも少ないように見えるが、見た目はとても美しい。例えば、色とりどりの木の実を煮込み合わしたシチューや、様々な形にカットされ、煌めきを放っているリンゴ達。前に食べたモモンパイみたいな木の実パイもたくさんあるし、メアリーが話していたあのグラタンも、そこにあった。
これほどの料理を、メアリー一人で作ったのか。
思わず口が開いてしまう。料理が得意と聞いていたが、ここまでとは。それも、家庭料理といった比較的小さい規模ではない、こんな大規模なレパートリーを…。
「すごいですよね。メアリーちゃん」
呆気にとられ、自分の椅子の後ろでボーッと立っていると、フウラが話しかけてきた。
「驚いたよ。メアリーにこんな特技あったなんて」
ふわふわと浮くフウラに目をやって、俺はこたえた。フウラは、チリンと音を鳴らす。
「私もビックリしましたよ。夕食の用意って、すごく大変だから」
「そうだよな。あんな量を一日でこしらえるなんて、相当なものだろう」
いつも料理を作っているフウラだからこそ、このメアリーの料理のすごさが人一倍分かるのだろう。フウラは笑顔で、机の上の料理を眺めている。
「でも、これからはちょっとメアリーちゃんにお手伝いとか頼めそうです」
「はは。お手柔らかにしてやってくれよ」
なるほどな。シャッフルにはこういう利点もあったのか。他のメンバーに自分の仕事を代わりにやってもらうことで、そのメンバーが仕事を覚え、困ったときには手伝ってもらえるようになる。仕事をいちいち教えたりすることももうないので、気軽に手伝いを求めることができるだろう。「事務」を引いたときは、ふざけるなと思ったが、やはり、企画自体はいいものなのかもしれない。
「ほらそこの二人、早く座った座った!」
いつの間にか、座っていないのは俺とフウラだけになっていたらしく、俺達はペラオにどやされて席へとついた。それを確認もしないで、ペラオはせかせかとプクリルの隣に移動し、はーっと一息ついた。
「よし、みんな。今日のシャッフルはどうだった?」
「どうも何も!いつもの百倍くらい疲れたぜ!!ヘイヘイ!!!」
「でもあたし、結構楽しかったですわー!!不思議な道具、たくさんありましたもの〜!」
「………もう生涯、二度と出さねぇくらいの大声を出したぜ……」
ペラオの質問に、皆は思い思いのヤジを飛ばす。疲労を訴える声や、なかなか楽しかったという声、その種類は様々だ。……というか、レレグは見張り番をやったんだな。あいつ、大声なんて出すキャラじゃないだろう…。うわ、是非見てみたかった。…ゲームじゃ絶対にお目にかかれなかっただろうしな…。
ともかく、今日は皆特別な経験をしてきたようだ。俺とデッパもそうだったが、この経験で、他のメンバー達がどんなに頑張っているのかをより知ることができた。………ん?あぁ、愚痴ばかり言っていたが、これでもペラオはスゴいと十分すぎるほど思い知らされたよ。
ペラオも、そんな俺達の返答に満足したらしい。俺達の部屋を出たときにはだだ下がりだったテンションも幾ばくか回復したようで、笑顔でこう言った。
「よし!みんな、今日の体験を忘れるんじゃないよ♪明日はいよいよ遠征だ。仲間の大切さをしっかり実感しながら、準備を進めるように♪」
「それでは……」
プクリルは、ペラオの方を見ている。そして、うんとうなずいた。
「……はい。では……
いただきまーーーーーす!!!!!」
「「「「「いただきまーーーーーす!!!!!」」」」」
元気よく言い放ち、我先にと料理にがっつく。その勢いは、いつも以上に凄まじい。……特に男子。みるみるうちに、テーブルから料理が消え去っていく。
「私たちも早く食べないといけませんね」
フウラも若干焦って、お皿を浮かして身を乗り出す。いや、身を乗り出すというよりは、元々体が風鈴の形なので、テーブルの上に躍り出たという方が正しいか。
俺もそろそろ料理をとろう。そう思い、皿を持ち上げてテーブルの料理を物色する。俺達の近辺はまだ無事らしい。回りの安全を確認して、さっとオレンの実に手を伸ばした。
オレンの実には、なにやら夕焼け色の液体がかかっている。この世界でいうところのドレッシングだろうか。……なんだか、つんと鼻をつく匂いだ。
その液体の部分もろとも、俺は実にかぶりついた。シャリ、という爽やかな音ともに、果汁とドレッシングが口の中に流れ込んでくる。その甘さと酸っぱさが、見事に調和し俺の口の中で踊り出した。……端的に言おう。うまい。
俺は残りの部分にすぐさまかぶり付いた。顎を動かし、口の中で味を楽しむ。フウラの料理もいつもおいしいが、この料理もまた、別のベクトルで美味しさがたっている。
まさか、これほどまでとは思わなかった。本当に、よくもまあ一日でこのクオリティのものを仕上げられたものだ。
「……どう?…お、おいしい?」
「うん、すごく美味しい」
「ほ、本当…!?」
「あぁ、ほんとさ……………____って」
いつの間にか、俺の左隣にはメアリーが座っていた。
「メアリーじゃないか。…いつの間に?」
「えっと……シン君が笑顔でオレンの実…食べてたときかな」
「まじか。…なんか恥ずかしいな」
そんな時から隣にいたとは。まずいな。頭の中とはいえ、自分一人で食レポをしていたものだから、その隣にメアリーがいたとなると結構きまりが悪い。
まあ、メアリーがあまりそこのところに感づいていないだけいいとするか。
「でも、本当に美味しいよ。メアリーの料理」
「そ、そんな真正面から褒められると…なんだかあたしも恥ずかしいな」
「じゃあこれで、お互い様だ」
うつむくメアリーを脇目に、俺は新しい料理に手を出した。今度はスプーンで、それをすくう。メアリーの、あのグラタンだ。既にたくさんのポケモンが堪能したらしく、あまり残ってはいなかったが。
「あ、それ」
「前にメアリーが話してた、グラタンだろ?一度、食べてみたくてな」
「……覚えててくれたんだね!」
「そりゃあ、あれだけ自信満々に話すメアリーも稀だしな…」
「え。…あたし、そんなに自信ありげだったっけ?」
「あぁ。…胸張ってたぞ」
「…うぐ」
目をそらすメアリー。気にせず俺は、グラタンを口にいれた。
……うますぎる。
「グラタンもうまいな」
「で、でしょ!……グラタン、あたし一番得意なの。……木の実にミルタンクのチーズが本当によくあっててね。しかも、ギルドに石釜があったから、中までしっかり火を通すこともできたし……____あ、えっと……」
思わず口が動いてしまったらしい。メアリーは気弱だが、話すのが好きだ。しかも料理の話となれば、思わず話し出してしまうのだろう。ついさっきまで、恥ずかしがってあまり口を開かなかったのに……だ。もちろん、悪いことじゃない。俺はグラタンをすっと喉の奥に送り込み、言った。
「……ん、どうした?続き、聞かせてくれ」
「……え?」
「………ほら、さっきのグラタンの話。それに、他の料理の話も聞きたいし」
「…え!?ほ、ほんと?……うん!…分かった!」
目をキラリと光らせて、再び話し出すメアリー。好きなことを嬉々として語る彼女の表情と、その美味しい料理の相乗効果で、今日の疲れがだんだん消え去っていく感じがする。
「というか、メアリーも料理食べろよ」
「え?あっ!うん!……あ、ありがとう!」
まあ、シャッフルしても案外よかったかもしれない。