はみ出し者は自分だけ(ポケモン不思議のダンジョン空)








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霧の湖には
第六十一話:書類とデッパ
 頭がおかしい。……それしか言葉がでなかった。
 ペラオの提案した、シャッフルという企画。その内容はとんでもないものだった。今まで皆がやっていた仕事を、今日限りで入れ換えようということである。つまり、フウラ以外の誰かがギルドの夕食を作り、ドゴンやトニーのやってた見張り番を他の誰かが行うということである。一方で、ギルドの運営サイドにまわっていた弟子達は、久しぶりに探検に乗り出すのだ。
 まぁ、それ自体は素晴らしい企画だと思う。若干、慌ただしさこそあるものの、ふだんしない仕事を体験できるのは良いことだし、他のポケモン達の立場になって考えることができる。企画自体は良い。企画自体は。
 問題は、俺のシャッフル先の仕事である。
 ペラオは、この日のためにカードを用意していた。「料理担当」、「見張り番」、「トレード店」、「探検担当」…等といった仕事の名前が書かれたカードである。このカードを箱に入れ、弟子達は箱からカードを取り出す。取り出したカードに書かれた仕事を、今日一日は担当するという仕組みだ。このやり方自体も、別に良い。
 だが、やり直しくらいあってもいいんじゃないだろうか。
 なんと、俺は「事務」の仕事を引いてしまった。もっとも引きたくなった仕事だ。なぜか。簡単である。事務といえば書類。書類といえば文字。そして俺は、文字が読めない。
 出来るわけがない。そう言った。この際隠しておきたかったが、文字が読めないとも言った。だが、ペラオは信じなかった。気持ちは分かる。この年になって、文字の読み書きが出来ないやつなど今時いない、そうペラオが考えるのも仕方がない。でもそれは、あくまでポケモン基準の話であり、前まで人間だった俺には当てはまらない。
 しかし、元人間であることをおいそれと言うわけにもいかないから、その点には触れずに反論したところ、ペラオには通じず、奴は「再考は認めん」などと言い、俺を事務に押し付けた。最悪である。
 そこで口論になるのもあれだし、一旦引き下がって相方に期待しようと思った。だが、「事務」担当になったもう一匹は、デッパだった。




 別に、デッパが使えないやつだと思っていたわけじゃない。優しいし、一生懸命だ。何より俺と違って字が読めるんだから、それはもう優秀である。相方が決まった段階では、俺もそう思っていた。
 しかし、デッパはこういうのはてんでダメなタイプだったのだ。



 「し、シンくん……。だ、ダメでゲス。全く意味が分かんないでゲス」

 目の前に積み重なった大量の資料を目の前にして伏しながら、デッパは言った。
 今、俺達はペラオの部屋にいる。元々事務担当はペラオだったからだ。ペラオが座るには少し大きいんじゃないかと思えるような椅子に俺が座り、デッパは食堂から椅子を一つ持ってきてそこに座っていた。そして、机の上のこの資料どもと相対したのである。

 「俺に言われても困るって……。字、読めないんだからさ」

「本当に読めないんでゲスねぇ……。今までどうやって生きてきたんでゲスか……」

 消え入るような声でそういって、デッパは書類の前に倒れ伏す。最初はこいつも信じてなかったが、どうやらやっと信じ始めてきたらしい。口にペンをくわえては、呻き声をだし、また、机に顔を伏せる。
 隣に座っている俺も、大体同じ。ペンこそ持ってはいるが、書類は理解不能。ペン回しは得意ではないので、ひたすらペンを揺らしていた。

 「いやまぁ、読めないっていっても全く読めないわけではないんだけどな」

「……そうなんでゲスか?」

「単語レベルならなんとかなる。あと、単純な構文とかなら……」

「コウブン?」

「……いや。気にしないでくれ」

 構文知らないのか。いや、でもそうだな。この世界で生まれ落ちたポケモンなら、最初から足形文字に触れてるだろうし、知らなくても生きていけるのか。
 まぁ、この世界では学校教育があるのかどうも怪しいし、読み書きだけ適当に親から習ってるだけかもしらん。

「……うーん…。よくわからないでゲスけど…。シンくん、足形文字の読み書きを習ったりはしなかったんでゲスか?」

 って聞かれるとは思ってなかった。何て答えよう。元々は人間の世界に居たんですーって、これ、あんまり他言しない方がいいんだよな。シナリオ的に。
 うむ、適当にはぐらかして答えるか。
 
 「まぁ…家の関係でちょっとな」
 
 頭をかいて、それとなく気まずそうにする。

「あ、いや。そうでゲスか。ご、ごめんでゲス。言いにくいことを聞いちゃって……」

「大丈夫だ、気にしてない。それに、今はメアリーに教えてもらってるしな」

「え?」

 デッパは、小さい目を見開いて俺を見た。

「め、メアリーちゃんに教えてもらってるんでゲスか?」

「ん?あぁそうだ。」

「いいなぁ……いやっ!そ、そうなんですね〜」

「丸聞こえだよ」

「う」

 デッパは顔を赤らめて身を引いた。
 まあ、気持ちはわからんでもない。メアリーは可愛いし、愛想もいい。兄弟弟子と会ったときは必ず挨拶するし、その挨拶もいつも満面の笑みである。不覚ながら俺ですらドキッとすることもあるのだから、そりゃまあポケモン達にとっては効果絶大なのだろう。デッパが惚れるのも無理はない。なんたってメアリー、いいやつだし。
 たまたまメアリーのパートナーが俺なので、俺はメアリーと接する機会が多い。それゆえにメアリーとの仲もまあいい。(喧嘩はしたが)
 さすがに、ギルドの皆にその関係を嫉妬されたりすることは、イブゼルを除いてまずないが、羨ましがられたりはしてるのかもしれない。

 しかし、そんな関係も、もしかしたらあの夜に終わってたのかもしれない。
 そう考えると仲をとりもってくれたイブゼルやチコ、そしてデッパには感謝しないといけないな。

 俺は、ペンをおいてデッパに言った。


 「前は迷惑かけたな」

 え?とデッパが首をかしげる。ちょっと言葉が足りてなかったらしい。

 「メアリーと喧嘩したときのことだよ。デッパ達のおかげで、仲直りできた」

「あ、ああ!そのことでゲスか。いいんでゲスよ。そもそもあっしは、喧嘩のことなんて知らなかったんでゲスし」

「それでもだよ。ありがとう、本当に」

「そ、そうでゲスか?え、えへへ…。そこまで言われると照れるでゲスね…」
 
 デッパは小さい目を細めた。突き出た歯を光らして、その顔をほころばしている。


 だが、その表情はやがて曇り始めた。

 「あの…ちょっといいでゲスか?」

「ん?どうした?」

「シンくんって……。メアリーちゃんと付き合ってたりするんでゲスか?」

「え?」 

 ああ、来たか。この質問。前にチコにも同じようなことを聞かれたが、どうも勘違いされるらしい。というか、普通人間世界では俺達みたいに男女同じ部屋で寝てることはまずないし、そう疑われるのも無理はない。どうやら、ポケモン世界でも同じようなものらしい。

 「…いや、付き合ってない」

 答えはもちろんこれである。変にごまかすより、きっぱり否定した方が後に面倒なことが起きずに済むだろう。デッパを見て、自然な風に俺は言った。
 
 「そ、そうでゲスか…?」

 む。デッパにしてはちょっと食い下がるな。いや、構わず押し切ろう。

 「あぁ。俺達はただのパートナーみたいなもんだからな。…そんな仲になることもないよ」

「………はぁ。……そうでゲスよね」

 デッパは大きくため息をついた。

「…アッシの勘違いだったでゲス。ごめんなさい」

 「いや、いいよ。……まあ、そう思われるのも無理はないし」

 とりあえず、今はこの話を早く終わらせたい。これ以上、自分とメアリーの話をしたくもないし、このままだとデッパの恋バナに繋がりそうでもある。それに、ちょうど書類を処理する妙案を、今思いついた。
 
 「……というかさ、書類のことなんだけど」

 デッパが言葉を選んでいるうちに、強引に話の切り替えにかかる。デッパは色々言いたそうだったが、それらすべてを腹のなかにとどめたまま、顔をあげた。

 「デッパが書類を読み上げて、俺たち二人で、それを理解するってどうだ?」

「え?」

「つまりだな。俺は、文字は読めないが聞いて理解することはできる。デッパが書類を読み上げて俺に聞かせてくれれば、俺も書類の理解にとりかかることができるんだ」

「あー。…な、なるほど…」

 俺の考えを聞くなり、デッパはゆっくりと頭を上下に揺らした。口は開いたまま。ほんとに理解できたのか怪しいところではあるが…。

 「分かったでゲス!それじゃアッシ、読み上げてみるでゲス」
 
 理解してくれたらしい。

「…ありがとう。頼む」

 返事して、俺は耳を集中させた。デッパが書類をじっと見る。それからしばらくしかめ面を浮かべたあと、おずおずと文章を読み上げ始めた。














 
 

 
 
 


■筆者メッセージ
〜後日談〜
メアリー「あたしは、料理担当になったよ!(ネタバレ)」
つらつら ( 2018/08/16(木) 20:38 )