はみ出し者は自分だけ(ポケモン不思議のダンジョン空)








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霧の湖には
第六十話:企画
 遠征のメンバー発表は、明日。

 一週間を切った辺りから、俺達はペースをさらにあげて探検に乗り出した。一日五件の依頼をこなし続け、その依頼自体も歯応えのあるやつばかりを選んだ。
 あの時以来、メアリーと話す機会はさらに増えた。最初、彼女は少しぎこちなったが、一日もすればいつもの調子で話しかけてくれるようになった。それからは、寝る前はもちろんのこと、依頼を選ぶときや食事の時も、彼女とちゃんと会話するようになった。いや、もともと会話はしていた。なんというか、今まで聞き上手に回っていた分、俺からもメアリーに話題を振るようになった。メアリーはその度に、明るく応えてくれた。
 イブゼルは少しドライな対応をしてくるようになったが、別に興味もないのでいつも通り対応することにした。
 チコは、分からん。相変わらずとも言えるし、変わったとも言える。俺達に対する態度はいつも通り。だが、依頼に対していつも以上のやる気を見せるようになった。彼女も彼女なりに、リンゴの森での失敗や、遠征について思うところがあるのだろう。


 まあ、それはともかくとして。

 今日は遠征メンバー発表の前日である。
 ドゴンの大声が聞こえてくる前に俺は目が覚めた。最近、こういうことが結構多い。眠りが浅くなってるのか、単に朝に強くなってきたのか。
 後者の方なら、もう少しメアリーにもその強さを分けてあげたい。今現在、メアリーはまだ気持ちよく熟睡中である。
 そろそろ、ドゴンの大声が聞こえる頃だ。





 「おおぉぉぉーきぃぃぃぃぃろぉぉおおおおおおーーーーーーーーー!!!!!!」

 大地を揺さぶるような衝撃が、起きている俺の耳にダイレクトにぶつかってくる。無駄だとわかっているが耳を抑え、顔をしかめる。力を込めて踏ん張ろうとする原理だ。しかしまあ、破滅的な声は俺の耳を容赦なく揺さぶり、その踏ん張りは全く意味をなしていない。
 そうこうしているうちに、ドゴンは「起きろ」の単語を言い終えた。嫌な余韻こそ耳に残るが、ようやく解放されて安堵し、息をつく。
 さ、メアリーも起きた頃だろう。
 俺は隣を見た。

 メアリーはおやすみ中だった。
 しかめ面をしてはいるものの、眠りは覚めず。結局、すぅすぅと可愛らしく寝息をたてて夢の世界に浸っている。
 どうやら、メアリーは慣れてしまったらしい。
 俺はメアリーの耳に超微弱の電流を流して、メアリーをしびれ起こした。












 「んんぅ……。おはよう、シンくん」

 砕けた表情でメアリーは言った。ふさふさの体毛は寝癖ですごいことになっている。頭の毛のなかでも、一本、アホ毛のように飛び出しているのが特に目につく。そんな乱れ毛を特に気にする素振りも見せず、メアリーはゆっくりと立ち上がった。少しでも油断すれば再び眠りに落ちそうな、たどたどしい立ち方だ。

 「おはよう、メアリー。さ、早く部屋を出るぞ。朝礼に遅れる」

 「んー……」

 気の抜けた返事をするメアリーは、まだ半目である。床の下の方を見つめて、ふらふらとこっちに近づいてくる。
 昨日そんなに夜遅くまで起きてたかな。まあいいや。

 「ほらほら」

 俺はメアリーの後ろを押して、一緒になって部屋を出た。



   







 広間にはすでにほとんどのポケモンが並んでいた。イブゼルがいないくらいで、ほとんど全員。イブゼルはまぁ、寝坊だろう。

 「ほら!遅いよお前達!さっさと並んだ並んだ!」

 ペラオの甲高い怒号を聞きながら、俺とメアリーはそそくさと後ろへならんだ。メアリーもようやく目が覚めてきたらしい。 
 俺達がならぶと、ペラオは弟子達を見回して舌をならした。

 「イブゼルのやつ……。また寝坊だな……」

 イライラとした様子で足を揺らし、弟子達の部屋の方を睨み付ける。しかし、イブゼルが出てくる気配はない。 

「ちゃんと起こしに行ったんだろうね、ドゴン!」

「あぁ、行った。まぁ、起きはしなかったがな」

「ちくしょう!」

 ペラオはあからさまに悔しそうに首を振った。いつもなら遅刻したイブゼルは、ここまできたら放っておくのだが、今日はそうもいかないらしい。何か重要なことでも言うつもりなのだろうか。
 だが、来ないものは来ない。ドゴンの声で起きないレベルなのだから、相当なのだろう。いや、メアリーも起きなかったが。
 イライラが沸騰しそうなペラオの横で、プクリルは目を開けたままじっとしていた。どうせ、彼も寝ているんだろう。
 

 「僕が起こしにいこうか?」

 起きてた。

 「ほぇっ?」 

 寝てると思っていたのだろう。予想外の方向から予想外の声が聞こえてきてペラオは目を点にした。が、我に返って焦り散らす。

 「だ、大丈夫ですよ!親方様のお手を煩わせるわけにはいきません!」

「煩わないから大丈夫。…任せて、すぐ起こしてあげるから」

「お、親方様!?」

 ペラオの制止を振り切り、プクリルはてくてくとイブゼルの部屋へと向かった。親方様が消え、ペラオは黙りこくってしまった。広間に、変な緊張が走る。メアリーがこっちに体を寄せて小声で言った。

 「だ、大丈夫かな……?」

 メアリーが心配する理由は分かる。なんなら、他の弟子達もみんな同じことで心配してる。そもそもペラオがプクリルに行かせたくなかったのは、その理由があるからだ。
 つまり、プクリルの“ハイパーボイス”。ドゴンのそれよりも百倍凄まじいその技が、発動されないかどうかという不安である。目覚ましで使った場合、まず起きないことはないだろう。確実に目を覚ます。そう断言できる。しかし、そのまま意識を保てるかと言えばそれまた怪しい。おそらく意識が再び吹っ飛ぶ。食らったものの状態は、眠りから気絶へと昇華するだろう。まぁ、イブゼルがそうなったところで、別に俺達は気にしない。自業自得だ。
 問題は、その“ハイパーボイス”の二次災害。起きてる俺達も危ないのだ。 

 「イブゼル気絶しちゃったー」

 なんて言って帰ってきたときには、広間の弟子達も全員くたばってるなんてことが余裕であり得る。
 だから今、広間にいる弟子達はかなり緊張している。俺ももちろん。キマルンは既に耳を塞いでいるし、ペラオは目を閉じている。
 覚悟を、決めねばならないのか。





 「すんませんしたぁぁあーーー!!!!!」


 聞こえてきたのは、イブゼルの声だけだった。呆気にとられていると、弟子部屋の方からイブゼルがドタドタと走り込んできて、汗をたらしながら俺たちの横にならんだ。息がすごく上がっている。
 まず、イブゼルの方を見て、それから弟子部屋の方を見る。肩を忙しく上下させる彼とは違い、ゆっくりとした足取りでプクリルが現れた。
 
 「ほら、始めて」

 のんびりとした様子でさっきいた場所に戻り、ペラオにそう促す。ペラオは呆気にとられていたが、プクリルの顔を見て、あわてて声を張り上げた。
 
 「よし、全員揃ったな!それでは、今日は皆に伝えたいことがある。」

 ごほん。とわざとらしく咳をして、俺たちを見回した。真剣な表情を見せるが、どことなくウキウキしてる感じがするのは気のせいか。
 プクリルは目を開けたまま笑ってるだけだし。
 妙に緊張する。肩に力が入る。隣を見れば、メアリーは完全に目を覚ましていた。眉をひそめ、ペラオの次の言葉を待っている。もしかしたら、メアリーは思っているのかもしれない。


 遠征メンバーの発表は、実は今日なのではないか、と。


 あり得ない話ではない。
 プクリルは気まぐれだし、今思い付いたから、とメンバーを決定することだってあり得る。
 それにだ。メンバー発表は、当初遠征当日とされていたが、メンバーを遠征当日に発表するなどというのはあまり得策ではない。メンバーは準備に色々手間取るだろうし、心の準備的な意味でも、一日余裕を持って前日に発表した方が良いのではないか。そして、彼らがそれに気づいたとしたら。
 ここまで勿体ぶっているのだから、あり得る。
 


 場の皆も、どこか表情が固まりがちだ。眠気を訴えるやつは誰一人としていない。
 そんな状況に満足したのか、ペラオは少し自信をはらんだ声でこう言った。



 「今日一日、我々の仕事をシャッフルしたいと思う!」








 は?







 
 








 



■筆者メッセージ
〜後日談〜
シン「後で聞いた話によると、プクリルがイブゼルにそっと声をかけたら、あいつはすぐに飛び起きたらしい」
つらつら ( 2018/06/20(水) 12:05 )