第五十四話:発見
チコに追い出され、俺は廊下をとぼとぼと歩いていた。
ここまでの俺の扱いは、すさまじく不当なものだと自負できる。デッパ達にのせられて食べ物を持ち出し、プクリルに命令されて一人でリユニオンに夕飯を分けにいった。で、いざチコとメアリーちゃんに飯を渡してみれば、邪魔だから出てけ?ふざけるのも大概にしてほしい。
だが、怒りながら歩く気力も出ねぇ。今日はやけに疲れた。できるならこのまま自分の部屋に戻りたいくらいだ。
そんな、重い足取りで廊下を抜けると、広間の中央に誰かがいた。…まずい、ペラオか?いや、もう別にまずくもねぇか。なんたって親方から許可をもらってんだし。
ということで、怖じ気づくこともなく、俺はとぼとぼと広場の中央に進んだ。
そこにいたのは。
「……デッパか?」
「ひっ!?…あ、い、イブゼルでゲスか…」
ビクッと震え上がり、こっちを振り返った。デッパだ。
「何してんだよ、こんなところで」
「……なんか、いても立ってもいられなくて…」
そう言いながら俺の持っていた紙袋をちらと見る。キョドった目もとが少し細くなった。
「…一個、渡せなかったんでゲスか?」
「いや、今から渡すんだよ。チコとメアリーちゃんには渡せたんだけど、シンのやろうはどっかに出掛けてるみたいでな」
「そ、そうでゲスか…」
はぁーっと大きなため息をつくデッパ。でも別に安心した訳じゃないらしく、また急にそわそわしだした。……落ち着きのねぇやつだぜ。
「なんだよ。……ちゃんと渡したって」
「いや、うん。それはありがとうでゲス。えっと……その、二人ともどんな感じでゲシたか?」
「んーー。ま、喜んでたぜ」
正直にいうと、そう素直に言い切れるものでも無かった気がするけどな。それをそのまま伝えると……、デッパのことだ、多分メアリーちゃんの部屋に向かうだろうし。
追い出された自分が言うのもあれだけど、今、あの部屋には誰もいれちゃいけねぇ気がするぜ。
「それは、良かったでゲス」
なのになんだよ、こいつの態度。さっきから煮えきらねぇな。ちょっとは明るい表情でも見せやがれ。
ったく、しょうがねぇな。
「今からシンの野郎を探すわけだが。……。
一緒に行くか?」
「え??」
「そんなに気になるんならよ。最初からお前が行きゃ良かったんだ。……今さら変われとは言えねぇが、一緒に行くくらいなら……な?」
顔を上げたデッパは、小さい目を少し見開いた。で、文字通りの出っ歯をキラリと光らせて、笑った。
「……ありがとう、イブゼル!行くでゲスよ!」
調子のいいやつだぜ。
地下二階には当然いないとして。地下一階はどうだろうな、って思いながらはしごを上った。もうすっかり夜なわけだが、このギルドは結構暗い。松明はずっとついてるんだけど、部屋の大きさにたいしてその明るさが全然足りてねぇ。普段は窓からの日光に頼ってるからだな。
まあ、要約するとだ。割りと不気味な雰囲気があるというわけだ。9時にみんなで集まったときは月明かりや各々が持ってきた松明に救われて明るかった。…が、今や俺たち二人しかいねぇ。明かりが足りねぇんだ。
「怖いでゲス…」
「お前さ。さっきまで、一人でもっと暗い場所にいたじゃねぇか。なんで今さら怖くなるんだよ」
「あの時は考え事してたからでゲスよ〜。こう、今みたいにはっきり周りが見えちゃうと……ブルルッ」
「じゃあもうずっと考え事しとけよ」
とりあえずデッパがすげぇ怖がってた。俺はもう色々しんどくて対応する気が0だった。そういうわけで適当な会話を挟み、俺達は地下一階を探した。
まあ、地下一階にもシンはいなかった。
「くそ野郎め。どこにいるんだよ、あいつは」
「こうなったら外でゲスよね〜。でも、こんな時間に外に出るんでゲシょうか……」
「頭がどうにかなったんじゃねぇのか?空腹で」
投げやりな返事をしながら俺は入り口への梯子に手をかけた。が、デッパが登ってこない。俺はイライラしながら呼び掛けた。
「何してんだよ、早く登れって」
「………」
「……ひとつ、いいでゲスか?」
暗がりでよく表情が見えない。こっちとしてはさっさと登ってきてほしい限りなんだが。ちゃんと答えないとなんとなく面倒くさい気がするな。
「……なんだよ」
「イブゼルは、何であの三人にご飯を分けようと思ったんでゲスか?」
「は?」
……なんだよ、それ。何でって…。そりゃあ…。
何でだ?
そうだ。何でさっさと止めねぇんだ、こんなこと。自分のやりたいことをやろうって決めたじゃねぇか。それなのに口でも心のなかでも文句ばかり垂れて。なんでシンの野郎をくそ真面目に探してんだ?俺は。
梯子を握る手に力を入れた。上を見て、下を見る。奴の表情は相変わらずよく見えねぇが。…多分、真剣な顔つきだろう。
「……なんとなくだよ」
正直、これが精一杯だ。言葉にはどうしてもならねぇ。モヤモヤが膨らむばかりでまとまらない。
「お前が行かないなら、俺一人で勝手に行ってるからな」
デッパの反応もろくに見ないで、俺は上だけを目指してはしごを登った。
結局デッパは登ってきた。入り口の鉄格子は開いていた。やはり、シンはここから出ていったらしい。
いっつも思うんだけど、脱走し放題だよなこのギルド。別に監視とかいないし、鉄格子は中から余裕で開けれるときた。脱走したらお仕置きだって言うけど、ま、正直ばれないんだよな。
そんなことを思いながら、俺は、テントの外に出た。デッパも後ろからついてくる。
外は、思った以上に明るかった。月はもうだいぶ高いところまで登っていて、青白い明かりが地面に差していた。夜空には満点の星空が広がって、各々勝手に光りまたたいてる。
いわゆる、綺麗な景色に気をとられそうになりながら、俺は辺りを見回した。テントの近くから見える位置にはいないのか、ポケモンの影は見えない。
……まさかとは思うが。
一応テントの裏に回ってみた。テントの入り口からは死角になるからだ。いや、出掛けたって言ってたし、そんなところにいるわけはないんだが……
「おい、何してんだ」
ちょうどテントの後ろ側。天気がよければ海が見えるその場所に、あいつは座っていた。
俺の呼び掛けには答えない。シンは、黙って夜空を見上げていた。