第五十二話:刺々しい
「まずは、チコからかな」
…メアリーちゃんの部屋にはシンもいるし、二人に渡すとなると色々時間もかかる。一人しかいないチコの部屋に向かうのが、多分一番早いだろうな。ま、面倒くさいことに変わりはねぇが。
というわけでチコの部屋の前まで来た。なんの変哲もないただの木の扉。他と変わっているところと言えば、名札が立て掛けられているところだけだ。
「おーい、チコー!」
バンバン、と扉をノックして呼び掛ける。返事はない。俺が呼ぶときは何時もこうだ。こういうときは、、、
「おおーーい!!チコーーー!!!」
バンバンバンバン!!扉をたたきまくるに限る。幸いプクリルの許可は得ている。今夜はいくら騒いでもオッケーだ。……いや、騒ぐのはダメなんだっけ。…どうでもいっか。
ほんとに中にいなければ、これを続けても返事はない。…が、もしいるとすれば。奴の短気な性格からして……今にもすぐに…。
「うっさいわね!!!」
「がふっ!」
バコオオォンッと。勢いよく扉は開き、俺は吹き飛ばされることになる。尻餅はつくし、めちゃくちゃ痛いが、扉は開く。
ま、結果オーライだ。
俺はケツを押さえながら立ち上がった。部屋の中からチコがずんずんと歩いて出てくる。蔓をしゅるしゅるとしまっている。多分、蔓でバァン、と扉を開けたんだろうな。
てか、なんて機嫌の悪そうなツラしてやがんだ。
「痛ぇじゃねぇか。俺は客人だぞ」
「あんたみたいなやつを客に呼んだ覚えはないわ」
「…相変わらずつんけんした奴だな」
「…今日は特に機嫌が悪いの。何も用がないなら帰ってくれる?」
そう言って、ギラッとこちらを睨み付ける。面倒くせぇな。飯抜きになって腹がたってるのか。
「まぁまぁそう言うなよ。お前に渡すものがあるんだ」
「何よ」
少しだけ目元が緩くなった。俺は片手に持っていた紙袋をチコの前に差し出した。
チコの注意がそっちに寄る。しまいかけていた蔓を出し、袋をつつこうと構えている。
「何?これ」
警戒した目線だ。少しからかってみるか。
「なんだと思う?」
「……下らないものなのは確定ね。…ベトベターフードとかでも持ってきたのかしら」
「それなら臭いで分かるだろうが。でもまあ、いい線いってるぜ」
俺的には半分当たってるようなことを言ったつもりだが、奴は悪い方向に解釈したらしい。表情がさらに険しくなった。駄目だな、こうなりゃ押しまくるしかねぇ。
「そんなもの、あたしが受けとると思う?」
「いやまあ、それはよ。騙されたと思ってさ」
「あんたに騙されるなんてごめんよ」
「そこをなんとか」
「嫌よ」
「その袋開けるだけでいいから!」
「嫌だって」
「あぁーー!!もう面倒くせぇ!」
俺はバッと乗り出して、紙袋をガバッと開けた。チコは少したじろいだが、その強気な態度を崩さない。俺は紙袋の中のリンゴを乱暴につかみあげ、やつに見せつけた。
「リンゴ!………オレン!!……モモンに、グミ!!」
バンッとグミを袋に投げ入れ、ズッとチコの方に紙袋を押し付けた。
「晩御飯だよ!てめえ、夕飯抜きになったらしいじゃねぇか。それをこの、慈悲深いイブゼル様と優しい仲間たちが救ってあげるべく、わざわざ!晩御飯を持ってきてやったんだよ!」
勢いに任せて全部言っちまった。頭に血が上っちまったな。はっとして、チコの表情をうかがう。
チコはきょとんとしていた。
さっきまでの険しさがまるっきりない。
「…………ふっ。」
いきなり鼻で笑いやがった。
「ありがと。お腹すごく空いてたのよ。これは美味しくいただくとするわ」
さらっとそう言うと、やつは顔を綻ばせた。…うっ。くそめ、ツラだけは可愛いやつだ。
「は、はは!そうだろう、俺に感謝しろ!」
「うん。あんまり調子に乗らないでね」
「は?」
前言撤回。何一つ可愛くねぇ。こっちが下手に出ればいい気になりやがって。思わず眉間にシワがよったが、こいつはいつも通りツンとした表情に戻った。そのまま紙袋をさっと閉じてこう言った。
「で、まだ袋持ってるようだけど。それはメアリーとシンくんの分?」
「ああそうだ。次はそっちに渡してくるぜ」
「よろしくね。…あ、一つ言っとくけど」
「なんだよ」
「シンくんはともかく、メアリーは依頼を失敗したショックですごく落ち込んでるの。だから、さっきあたしにやったみたいな尋ね方、絶対にしちゃダメよ」
「はいはーい」
「おい」
適当に返事してやったら、驚くような低い声で返してきた。思わず目の前の相手を確認しちまったぜ。うん、チコのままだわ。
「わかったよ。……そんなに落ち込んでんのか?メアリーちゃんは」
「ええ。それはもうあたしが心配するくらいに」
「ま、マジかよ…」
ちょっとシリアスなメアリーちゃんって訳か。困ったな。深刻な雰囲気の相手と話すのは結構苦手なんだよな。なんつーか、適当に済ませられねぇから。特にメアリーちゃんだと、なおさらだ。さらに行くのが面倒くさくなったぜ。……いや、行くけど。
「だから絶対にふざけないことね。分かった?」
「へーい」
「ちょっと」
適当な返事をした俺に文句を言おうとしたチコを無視し、俺は踵を返した。こうなりゃ、さっさと終わらせにいこう。もちろんさっきチコにやったみたいな訪ね方さえしなけりゃ大丈夫だろう。
「ちょっとって!」
「……なんだよ」
こいつ、意外としつこい奴だな。なんだってんだ。俺はゆっくりと頭だけ振り返った。
「…あたしも行くわ」
「は?」
思わず体ごと向きを変えた。
「…お前が行く意味ないだろ。紙袋渡すだけなんだから」
「あんたが何しでかすか分からないからね。あたしが見張ってあげるわ」
「断るぜ」
「断ってもついていくから」
「てめぇ…」
俺はチコを睨み付けた。だがチコは、もうすでにいつもの勝ち気な表情に戻っている。俺の目をしっかり見据えてきやがる。全然怯まねぇ。さっきのあの穏やかな笑顔はなんだったんだ。演技か。
「何?さっさと行ったらどうよ」
「てめぇがその扉を閉めて部屋に戻ったらな」
「……あたしと我慢比べしてる時間あるの?」
臨むところだ。…と言いたいところだが、俺は声を詰まらせた。忘れかけていたが、俺はこの、夕食を三人に配るという依頼を、親方様からも受けたことになっている。ここで時間を潰し、渡しそびれたとなれば消されかねねぇ。それは不味いぜ。
「ちくしょうめ」
俺は思いっきり舌打ちをして、そのままチコの部屋を後にした。
もちろん、この女と共に。