第五十一話:調子が狂う
だるい仕事を終えてギルドに戻ると、ちょうど夕食の時間だった。
フウラちゃんに呼ばれるままに食堂に向かったところ、すでにみんな揃っていたんで、俺も席についた。……が、なんだ?あの三人がいねぇ。天使メアリーちゃんと、etc……。いつもは割りと早めに食堂に集合してるんだけどな。セカイイチ捜索に手間取ってるのか?
んー、でもそれはないな。なぜなら親方様のもとには既にセカイイチがあるからだ。もう捜索は終わってるはず……なんだが。
「イブゼル」
柄になく顎に手を当てて考えてると、横から間抜けそうな声がかかってきた。振り向いてみれば気の抜けた出っ歯に弱そうな小さな瞳。……なんだ、デッパか。
「どうした?」
「リユニオンのみんなはどうしたんでゲス?今日は一緒じゃないでゲスね」
「こっちが聞きてえよ。俺は別に、いつも一緒って訳じゃねぇんだ」
「なんだ……そうでゲスか」
「おい、あからさまに失望したような顔をするんじゃねぇ」
デッパの野郎、そのまま黙って隣の席に座りやがった。舐めやがって。あいつ、リユニオンとかなんとか言ってやがったが、どうせメアリーちゃん目当てだ。いっつもニヤニヤして見てやがるからな。その気持ちはすごく分かるが。
にしても、これは別にデッパだけの問題じゃねぇ。耳をすましてみりゃあ、あちらこちらでリユニオンの話をしてやがる。あいつら、いつの間にみんなと仲良くなってたんだ?
…と、ここでペラオが食卓の前に立った。ちょうど皆が見渡せる位置だ。横にはプクリルが立っている。
羽を口にあて、コホンと咳払いをひとつ。皆を見渡して、ペラオは言った。
「えー、今日リユニオンは、ある事情で飯抜きとした」
「は?どういうことだよ」
俺は椅子に座ったまま、声をあげた。ペラオの方を向いていた顔のいくつかが、こっちに向けられる。ペラオは目を細めてこっちを見た。
「どういうこともなにも、おしおき……ってやつだ」
「だからなんでお仕置きなんてされるんだよ」
「それは……」
ペラオは違う方向を向いた。分かりやすすぎる。多分あれだな、りんごの森絡みの話だ。
しめたと思った俺は、さらに奴に畳み掛ける。
「……いや、言わなくていい。分かったぜ。お前、自分の依頼をリユニオンが解決できなかったからお仕置きをつけたんだろう?」
「なっ!?お、おい!!それは違うぞ!」
さっきとは全く違う甲高い声を張り上げたペラオ。その動揺の仕方に、ギルドの皆が戸惑う。こっちを見たり、ペラオを見たり。けけけ、それにしても、あのペラオの焦りよう……面白くなってきた。
「何が違うんだ?俺は聞いたぜ?今日、親方様のセカイイチがなくなったっていうからリユニオンに取りに行くよう頼んだんだよな?」
「そうなの?ペラオ」
口をはさんだのは親方様。セカイイチを頭に乗せながら、ペラオの方に体をずいっとよせる。ペラオはビクッと体を震わせ、あたふたしながら答えた。
「そそそそ、それは……」
「私が説明しましょう」
席を立ったのはスカタンクだった。俺を含め、皆の視線が奴へと移る。プクリルもじろりと奴を見ている。ペラオは助けを得たような表情だ。
ペラオが思っている以上に、こいつはギルドの面子から不人気だ。俺の隣にいるヘイポーとデッパもさっきからごそごそ言ってるし。ま、臭いが原因だろうな。
そんな俺らのマイナスな視線を気にしてないのか、奴はかなり機嫌よさげに口を動かす。
「リユニオン、そして私たちドクローズはペラオさんから依頼を受け、りんごの森へとセカイイチを取りに行きました」
「そんなことしてたんだー。ごめんね、手間かけさせちゃって」
プクリルがペコリと謝る。スカタンクは軽く頭を下げて続けた。
「それでですね。私たちはセカイイチをいくつかとってくることに成功しましたが、リユニオンは失敗したんです」
「……で、お仕置きってわけか?」
……ちょっと口をはさんでみた。スカタンクは俺のことをちらっと見たが、プクリルの方に視線を戻す。
…無視かこいつ。
「まあ、そうなるんじゃないでしょうか?私は詳しくは知りませんが……」
「ふーん……」
プクリルの口もとに笑みはない。目はいつも通りだが、真顔でその話を聞いていた。
ていうか、みんなスカタンクの方に注目してる。誰も飯に手をだすやつはいない。
隣のペラオは、さっきからしどろもどろしてる。口がなんか動いてるから、ぼそぼそ何か抗議してるのかもしれねぇな。はっきり言いやがれ。
「おい!それってさ、勝手すぎねぇかよ!ヘイヘイ!」
ヘイポーが微妙なこの空気に声を投げた。すると、他のやつらも口々に文句を言い出す。俺もなにか言ってやりてぇところだが、口に出す気には何故かならなかった。
皆が騒ぎだしたのに驚き、ペラオはあわてふためいた。あっちを見たりこっちを見たり。だが、その視線はすぐに固まった。
「ペラオ」
親方様がペラオを呼んだからだ。
「はいっ!?」
ペラオはプクリルの方を見る。
「まさか、そんな理由でリユニオンをお仕置きしたんじゃないだろうね?」
「ま、まさか!そんなわけないですよ!」
「…だよね。なら、何故お仕置きしたのかな?」
プクリルの声はいつも通りだ。だが、雰囲気がいつも通りじゃねぇ。重さがある。どっしりとした空気の感じ。何度も感じたことがあるから俺もわかるぜ。
これを間近で食らったペラオは当然たまったもんじゃない。震え上がり、プクリルを凝視せざるを得なさそうだ。
「…………後ほどじゃ、ダメでしょうか?」
こてっと、首をかしげてみせるペラオ。こいつ、やりやがったな。場は完全に静まりかえってる。スカタンクでさえ口元の笑みが消えている。皆、おそるおそるプクリルの表情をうかがった。
プクリルは、無表情だった。
ごくり。思わず唾を飲んじまった。…怖すぎる。「たぁーーーっ」か?「たぁーーーっ!」がくるのか?
だがしかし。
「それもそうだね。……もともと僕のためにやってくれたことだし。今は食事中だしね♪」
返ってきたのは意外にも、いつもの明るい声だった。
「とりあえず、ご飯にしよっか!」
というか、最後はぴっかり笑顔になって、はつらつとした調子でそう言った。
みんな、当然キョトンだぜ。耳を塞いでいたキマルンも、周りを見ながら「どうしたんですわ?」なんて言っている。
ぺラオも、口を開けたままプクリルを見ていた。
……が、ふとわれに帰り、ぶるぶると首をふって、
「よ、よーーーし!みんな、いただきまーーーーす!!!」
と声を張り上げた。ま、まぁ、と、とりあえず言っとくか。
「「「いただきまーーーーす!!!」」」
いつもより少し小さめのその掛け声で、戸惑い混じりに俺らは叫んだ。
「で、結局リユニオンは飯抜きになるんでゲスね……」
隣でオレンの実をかじっていたデッパがやけに沈んだ声で言った。
「…らしいな〜」
俺はリンゴとモモンの実とクラボの実をまとめて頬張りながら返事した。口のなかがいっぱいなので、俺の思った通りに返事できてるかわからんが。
「どんな理由があったにせよよ、やっぱり可哀想だよなー」
今度はヘイポーだ。リンゴをハサミでいい感じにカットしながら俺に聞こえるように言ってくる。
「だよな〜」
俺はさっきの三つをきれいに飲み込んで、再度リンゴに手をだした。
「イブゼルはなんとも思わないんでゲスか?」
「何を?」
「何をって……一緒に冒険したりしたんでゲスよね?なんか、感じるものはないんでゲスか?」
「そうだぜヘイヘイ!」
「……うるせぇな。感じて何になるんだよ。別になにもしてやれねぇだろ?」
またもリンゴを飲み込んで、木のコップを持ち上げ、水をがぶ飲みする。勢いよく机に叩きつけると、結構大きな音がした。幸い、みんな騒いでるから隣のこいつら以外は聞こえてない。
「……冷たいでゲスね」
「そう言うお前は何かするのかよ?」
何もできねぇんだろ?そう追撃してやろうと思ったが、デッパは真顔になり、リンゴをテーブルからひょい、と取った。
「こうするでゲス」
とかなんとか言って、やつはそのリンゴを懐にしまいやがった。
「何してんだ?お前」
「ちょ、ちょっと騒がないでほしいでゲス。ペラオにバレるとヤバイんでゲスから」
珍しく強い口調でデッパが喋るもんだから、俺はつい周りを見ちまった。ま、誰も気づいちゃいねぇ。…ヘイポーは気づいてるが。
「何してんだぜ?ヘイヘイ」
「リンゴを隠してるんでゲスよ」
「ななな、なんでそん……むぐぅ!!」
ヘイポーが声をあげかけたので、俺はとっさに右手をやつの口に当てておさえた。
「何のためにそんなことをしてんだ?」
「あとでリユニオンの皆にあげるんでゲス。飯抜きなんて、ひどすぎるでゲスよ」
デッパはそう言ってオレンの実を一個手に取った。両手で回しながら、周りをキョロキョロ見る。そして、再度懐にそれを入れた。
「…その作戦、乗るぜデッパ」
ヘイポーが俺の手を腕のハサミで払いのけた。で、そのハサミでやつもリンゴに手を出す。
「いくらか持っていってやろうぜ、ヘイヘイ」
……あきれたぜ。どいつもこいつも。リンゴとか木の実を自分で食べずに誰かのためにとっておくなんて、何の意味があるってんだ。ただペラオにバレてしばかれるリスクが増えるだけだ。
もう遠征が近いというのに、今ペラオから大目玉を食らえば確実に遠征の面子からは外される。百害あって一理なしだぜ。
……が、こいつらを見てると、また頭が痛くなる。頭のなかにモヤモヤがかかってとれねぇようなこの感じ。
俺はリンゴをまた手に取った。…そのまま口に放り込む。がぶ、かじりとった果実の欠片を、モ口のなかで転がし、味わう。
甘くねぇ。いや、甘くないというよりは、頭がいたくて味に集中できない。
目をつぶる。できるだけ考えないようにするためだ。…なんでだ、なんでこんなにモヤモヤしてんだ?
横を見れば、デッパがじーっとこっちを見てる。…うぜぇ。
俺はモモンの実を手に取った。あまり好物ではない。
「はぁ……くそ」
俺は周りをうかがいながら、その実を懐にしまいこんだ。
いつもみんなが寝る時間(だいたい10時)より1時間前くらいに渡しにいこう、ということになった。この時間、一番ペラオが油断するっていうからだ。
ま、そんな時間になってしまったので、本当に不本意ながら、俺は集合場所の地下二階広場に行った。
既にデッパとヘイポーは揃っていた。
ついでに、他にも二人。
「……あれ?なんでフウラちゃんとキマルンがいるんだ?」
フウラちゃんがちりん、と風鈴をならして笑った。
「私たちも、リユニオンに夕食を分けようと思ったんです」
「…ていうか、イブゼルがここにいるのがあたしは驚きですわ〜」
キマルンがあはは、と笑う。
「うるせぇな」
悔しいがそれしか言い返せない。来ちまったのは事実だからな。
「…でも、こんだけ人数が多いと騒がしくなるでゲスね…」
デッパが少し目を細めて言った。ヘイポーはあまり気にしてなさそうだが、キマルンとフウラは少し悩んだ顔をした。
「確かに…そうですね。騒がしいとペラオさんにバレちゃいます」
「……だれか一人だけで行ったほうがいいかもなー」
ヘイポーが俺を見ながら言った。
「じゃあ、デッパでいいんじゃねぇの?」
先手を打つ。まさかとは思うが俺が行かされるなんてのはごめんだ。デッパはそこまで嫌そうな顔はしてない。
「そうでゲスね。あっしが言い出しっぺでゲスし…」
周りも納得してる感じだ。その時、
「イブゼルが行ったらどうかな♪」
「はぁ?」
後ろからふざけた声が聞こえてきた。俺は振り替えって相手を見る。
プクリルだった。
「はぐぅあ!お、おお、親方様!?……いたっ!」
俺は足を滑らせ後ろへずっこけた。慌てて起き上がる。目の前にはやはりあのピンクの2頭身。
「ごごご、ごめんなさいでゲス!!!」
デッパが懐からバババンッと食べ物を出して地に伏せた。ヘイポーとキマルン、フウラちゃんも気を付け、の体勢になる。
「「「すみませんでした!!!」」」
三人一緒に声を合わせた。頭を下げる。俺も頭を下げた。
…しーん。少々の沈黙。すげぇ気まずい。なんか言ってくれ。たぁーーーーっ!でもいいからもう。
「顔をあげてよ、みんな」
食堂のあの重すぎる声とは打って変わった優しい声で、プクリルは呟いた。
俺は恐る恐る顔をあげる。一緒になって謝っていたみんなもゆっくり顔をあげてる。
プクリルは大きなリンゴを持っていた。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃんか…」
リンゴを持ったまましょんぼりするプクリル。フウラちゃんがはっとして、すかさず彼のとなりによる。
「ご、ごめんなさい親方様。いきなりだからビックリしちゃいまして…」
フウラちゃんにあやされて、プクリルは目を擦りながら顔をあげた。
「ありがとう…フウラ。えっと…」
プクリルの顔つきがキリッとした。
「君たち、リユニオンに食べ物を分けようとしてるよね」
「えっ!?い、いや〜…どうでしょう…ねぇ?」
俺は慌てて口を動かす。デッパの方を横目に見る。デッパは地にふしたまま顔だけあげている。
「…してた、でゲス」
「て、てめぇっ!」
「…してましたわ」
「…してました」
「…してたぜ、へい…」
デッパだけじゃねぇ。俺以外全員が自白しやがった。プクリルはうなずいて、こっちを見てきた。
「君は?」
「えーっと………」
…見つめるプクリルの目は優しい。……それが逆に、、、
「してました」
自白。目をつぶる。もうなんだってこい。明日は休みだ。気絶して一日終了だ。
「目を開けて、イブゼル」
プクリルが優しくそう言った。……言われるがまま開けてみる。
プクリルは笑っていた。
「もう、みんな。怖がらないでって言ってるじゃん。あのね、僕は君達を怒りに来たんじゃないんだよ?」
「え?そうなんでゲスか?」
デッパがすっとんきょうな声をあげる。俺はその声をなんとかこらえた。まだ油断ならねぇからだ。…いや、だいぶ今安心したけれど。
プクリルはうなずく。
「うん。……あのあとペラオから話を聞いたんだ。リユニオンにお仕置きをした理由は、割りと複雑だったらしくて。…聞きたかったらその理由はまた話すけど…。ともかく、僕はご飯抜きには反対なんだ。探検で疲れて帰ってきたみんなが、ご飯を食べれないなんて辛すぎるし。ペラオにもそう言っておいた。それに…」
プクリルはうつむいて、手に持ったセカイイチ見つめた。
「もとはといえば、僕がこれを好物だったからいけないんだし」
「い、いやぁ……それはどうでしょう……」
こんなに真面目にしょんぼりしてるプクリルは初めてだ。珍しすぎて対応に困る。
「だからね。これも、渡してほしいんだ」
ば、と両手もろともセカイイチを俺に差し出してきた。
「え?」
「今日の僕の夕御飯。一口も食べてないから、これもリユニオンに渡してあげて」
渡されるままに俺はそれを受けとる。
デッパが言った。
「えっと……。ってことは、リユニオンに食べ物を渡してきてもいいんでゲスか?」
プクリルはにっこりとうなずいて、
「うん、いいよ。……その代わり」
「その代わり?」
「イブゼル一人で行ってきてね♪」
「はぁっ!?」
プクリルは首をかしげた。
「いやっ!?え、えっと…なんで、俺だけ?…じゃなくて!…俺だけ、なんですか?」
「まず、大人数でいくと騒がしいからね。もう遅いし、寝てるポケモンもいるから」
…まあ、理屈は分かる。さっきまで俺らもそんな感じに落ち着いてたし。だが、
「まあ、そうですけど……なぜ、俺なんです?」
デッパが適任だ。とまで言いたかったが、あまりでしゃばるとプクリルから天誅をくらいそうなのでやめる。
プクリルは皆を見渡して言った。
「君が一番、リユニオンとよくいるからだよ♪」
「へ?」
「あー」
「確かに」
おいおまえら、何納得してんだ。
もしかして、プクリル怖いから早くこの場を立ち去りたいとか思ってんじゃねぇのか?
俺は憎悪を込めてやつらを睨んだ。だが、プクリルの話の途中だということを思い出し、慌てて再度振り返る。
やわらかく笑って、プクリルは言った。
「それにこれは、イブゼルのためでもあるから」
「え?……どういう、ことですか?」
「行けばわかるよ♪」
…意味がわからねぇ。俺のためだと?別に俺がこの食べ物を食べるわけでもないのに?
「イブゼル」
呆気にとられて口を開けていると、後ろからデッパに呼び掛けられた。
振り返ると、三人が俺のまえに並び、食べ物を持っていた。
「頼んだでゲス」
ふざんけんじゃねぇ、とぶん投げてやりたいところだが、それはできねぇ。プクリルがいるからだ。それに、、、
「……ちっ。しょうがねぇな」
なんとなく、そういう気分にならなかった。