第五十話:後悔
シンくんは、出ていってしまった。去り際に、何か言ってたような気もするけれど、何を言っていたのかは聞き取れなかった。
……最低だ、あたし。シンくんに怒る必要なんて、何処にもなかったのに。悪いのは、あいつらで、シンくんは関係ないのに。
……いや、本当はどう言うつもりだったんだろう。なんで、あそこまでシンくんへの不満が溢れたんだろう。多分、それは、……前から思ってたからだ。
『シンくんのこと、どう思ってるの?』
チコにそう聞かれたとき、なんであたしはちゃんと答えられなかったのか。モヤモヤとした何かが、あたしの頭をおおったからだ。
あたしは、ポケモンを信じるのが怖い。理由は分からない。思い出したくもないトラウマが、何処かにあるのかもしれない。
だからあたしは、いつも他人の話を流して聞いていた。信じる信じないを深く考えずに、ただ内容を吸い込むように聞いていた。
プクリルの話も、イブゼルの話も、チコの話も。でも、なぜか、シンくんの話は、適当に聞き流せなかった。
信じなきゃ……ダメだ。そう強く考えてしまう。ある意味、脅迫にも近い感情だった。
何故、シンくんと話すときだけそうなのか。考えようとしても、よく分からなかった。ううん、考えようとしてなかっただけかもしれない。
チコに会って、チコにシンくんのことを聞かれて、そこからだった。シンくんのことを考え始めたのは。シンくんの言葉が、時々どこか遠くに感じるようになったのは。
これが恋愛感情なのだ、とも思ったこともあった。チコが言うように、あたしはシンくんに恋をしている。だから、シンくんのことがよく分からなくなるんだって。
でも違う。あたしはただ、シンくんのことを信用してなかったんだ。海岸であったあの時から、今まで……。
「うぅ………ぅ…」
目尻があつい。頭が痛い。……どうしようもなく、気持ちが重い。
いつも、いろんな話をしたはずだった。依頼を終えて、夜になって、ベッドに転がりながらいろんな話をした。
大体話すのはあたしの方で、シンくんは聞いてばかりだったけど、それでも、楽しかった。
シンくんは、笑って話を聞いてくれたから。あたしの家族の話も、ここに来るまでに色々苦労した話も、シンくんはいつも聞いてくれていた。時々あくびをすることもあったけど、穏やかに、耳を傾けてくれていた。
……でも、あの時、どうしようもなく自分の気持ちが膨れ上がった。気がつけば、ドクローズのことを忘れていた。シンくんに対する、不満だけが爆発した。
シンくんのことを、あたしは不満に思っていたんだ。遠征の話をしたときも、ドクローズの一件のときも、あたしは本気で楽しみにしてたし、本気で怒っていた。でも、隣にいるシンくんからは、そんな気がしなかった。あたしとのずれを感じたんだ。
……だから怒ったのか、あたしは。……それってただの独りよがりじゃない。わがままじゃない。……最低だ、あたし。
もうだめだ。シンくんは出ていってしまった。二度と帰ってこないかもしれない。ううん、きっと帰ってこない。こんなわがままなやつがパートナーだなんて、嫌に決まってる。
……考えれば考えるほど自分が嫌になってくる。
あたしは、藁のベッドにくるまった。ちょうど時計が目にはいった。今は、9時……4分。もうこんな時間か。……カチ、カチ…針が動いてる。いつもは、この針が動くたびにうとうとしていた。時間が時間だったし、気がつけば寝てるってこともよくあった。
いっそのこと寝てしまおうか。この重い気持ちも、頭の痛みも、寝てしまえば忘れちゃう。……あたしはうつ伏せになって、前足に顔をうずめた。でも、こういうときに限って、目が冴えている。……全然眠たくない。
あたしは固く目をつぶって、できるだけ何も考えないようにした。前足に、ぎゅーっとおでこを当てた。それでも頭は起きていて。むしろますます周りの微かな音に敏感になっていく。前足の毛とおでこの毛が擦れる音、藁と自分の後ろ足の擦れる音、かすかに吹く風の音……。どれも微かな音なのに。
そんな中、
「……メアリー、いる?」
チコの声が、周りの音に混ざることなく際立つように聞こえてきた。