第四十九話:決壊
「じゃあ、あたし部屋に戻るわ」
「…おう。おつかれ」
チコと別れ、あたしとシンくんは部屋へと戻った。
部屋に戻ってバッグを床に置く。シンくんは、藁のベッドにぼふっと体を埋めた。
あたしは、藁の上にゆっくりと座った。
二人とも、何も話さなかった。
なんだか、すごく気だるい。
話もしないし、動きもしない。だからというわけじゃないけれど、部屋を見渡してみた。
木組みのテーブルに、柔らかそうな羽毛のソファ。それに、小さな本棚。全部、あたしがこの前に買ってきたものだ。…本棚には、あの本一冊だけが、ポツンとたてかけられている。
頭が痛い。
……あいつに、どんな攻撃をされてあたしは気を失ったんだろう。…だめだ。考えるだけで……心の中が、つんざかれる。
気持ち悪い。
……なんで、なんでなの。あいつらが、絶対に悪い。ギルドに入ってきた時から……。いや、あの時、リバシティで会ったあの時から……ずっとだ。いっつも、あたし達の邪魔ばかりして。……依頼書を探していた、あの時だって…そうだ…。
臆病だとか……クズ…だとか…。探検隊の…資格が……ない…だとか…。
なんで、だろう。あたし、ずっと一生懸命頑張ってきたのに。……立派な探検隊になりたくて、頑張ってきただけなのに。どうして、こんな仕打ちを受けなきゃ、ダメなんだろう…。
頭が、ずきずきする。
「……悪かった、メアリー」
シンくんがそう言った。あたしは重い首をシンくんに向ける。
「あの時、スカタンクを抑え続けられなかった。俺の責任だ」
シンくんは、頭を下げた。声は低い。でも、その頭の下げ方は、ぺこりって擬音が聞こえてきそうなくらい、軽いように見えた。
「……あのさ」
自分でも、信じられないくらい暗い声が出た。
「スカタンクを抑え続けられなかったのって……どうして?」
「…えっと、スタミナが、切れて…」
「………………嘘だよね」
何言ってるんだ、あたし。
「え?」
とまどうシンくん。あたしは、続けた。
「チコがさ、合図をかけたあの時も、シンくん、攻撃しなかったよね」
「いや、あれは………その……」
シンくんは言葉を詰まらせる。ぎこちないその返答が、あたしの心をさらに掻き立てた。
「……シンくん、本気で戦ってなかったんでしょ?」
「え!?い、いや!そ、それは…ない!」
シンくんの言葉は、どこか遠くで鳴り響くだけだった。
「……ねぇ、シンくん」
話を聞く気がないのに、あたしはシンくんのことを呼んだ。定まってなかった彼の顔が、こっちに向いた。ひどく汗をかいた顔だ。
「な、なんだ?」
「……本当のこと、言って?」
シンくんは目を見開いた。口をほんの少しだけ開いたと思えば、何かを言おうとしている。
「ほ、本当の……こと?」
「シンくんは、いつもあたしの話を聞いてくれたり、あたしを励ましたりしてくれる。……嬉しいよ。……でも、なんでだろう。本当に、シンくんは、そう思ってるのかなーって」
「なんだよ……それ…。思ってるよ。俺は、本心から、メアリーを思って……」
「じゃあなんで」
語気が強くなった。ダメだ、あたし。シンくんは何も悪くない。悪いのはあいつらだ。シンくんに当たっても意味がない。……なのに、なんで。なんでこの、沸き上がる気持ちを、抑えきれないんだろう。
「…なんで、あの時、相談しちゃダメだなんて言ったの……」
「そ、それは…」
「シンくん、色々言ってたけど、あんなの、全然意味が分からないよ。複雑になるも何も、話さなきゃ始まらないじゃない。親方様が、あいつらを信じているにしても、話すべきだったじゃない…」
シンくんは黙ってる。目を伏せている。
こっちを見てない。
……頭の中で、何かが吹っ切れた。
「あたしは……っ!本気で、、悩んでた……んだよ…っ!!
本当に、あたしのことを思ってくれているなら、相談しちゃダメだ、なんて言わないはずでしょ!」
「いや…だからさ…」
「だから……なに?」
「その……」
「はっきり言ってよ!!」
シンくんが、びくっと震えてこっちを向いた。
「………言えないんでしょ?思ってないんだもんね。分かるよ。シンくんは、いつもそうだった。あたしの話を聞いてるふりをしていたんだ。ドクローズにいじめられたときも、悔しくて、何も言い出せないあたしの横に立って、怒るふりをしていたんだ」
「………」
シンくんは、こっちを見据えてる。その目は、ぐらぐらと揺れてるようで。
もうあたしの心は、止まらなかった。
「あたしには、シンくんが何考えてるのか……分かんないよ」
「……」
シンくんは、返事をしない。