第四十八話:依頼失敗
「…気がついたのね。二人とも」
目を覚ますと、目の前にチコが立っていた。横を見ると、メアリーがいた。
チコの体にも、メアリーの体にも包帯が巻かれている。ためしに自分の頭を触ってみると、包帯お馴染みの、ざらりとしつつも柔らかい布の感触がした。
「…痛ッ」
起き上がろうとして、頭の痛みに気づく。そうか、俺はあの時、頭をやられて……。
だんだんと、気を失う前のことが頭の中に返ってくる。
「ドクローズは?」
俺が言おうとしたところで、メアリーがそう聞いた。チコは苦しそうな顔をする。…首を横にふった。
「あたしが回復したときには、もういなかったわ」
「………そう」
メアリーはうつむいた。表情がよく見えない。こういうとき、メアリーはよく小声でぶつぶつ言っているものだが、今回は黙りこくったままだった。
「シンくんはよく分からないけど、メアリーはあたしを助けようとして、そこをスカタンクに襲われたのよ。メアリーは吹っ飛ばされちゃって、あたしはなんとか回復しようとして、とりあえず転がっていたチコの実を口に入れたの。でも、体力が戻ってないからどうしようもなくて……結局、気を失ってしまったわ」
そう言うチコの声色はどこか沈みがちだ。メアリーはうなずくだけで、返事をしなかった。
しん、と辺りが静まり返る。タイミング悪く風も止んでるから、本当に何も聞こえない。
…俺も謝るべきか、と思った。
「…悪い。俺がスカタンクを抑えきれなかったばっかりに……」
「……今さら何言ってもしょうがないわ。…見て」
チコはしゅる、と蔓をだし、木の方を指してみせた。俺とメアリーは、ゆっくりと木を見上げた。
「……そんな…」
セカイイチが、ほとんど見当たらなかった。さっきまで木になっていた赤の結晶は、その姿を消していた。
「…見ての通り、もうセカイイチはとれないわ」
メアリーは、きゅッと下唇を噛み、眉間にシワを寄せる。わなわなと毛が揺れている。
「そう……か……」
絞り出すように声を出したあと、メアリーはバッジをカバンから取り出した。
「…ま、帰るしかないわよね」
チコは小さくそう呟いて、メアリーのもとに近づいた。メアリーは小さくうなずいて、バッジを落とした。落ちたところが、まばゆく光り、そこから黄色い光の柱が立ち上る。
その光の柱に体を入れ、俺たちはりんごの森を後にした。
「失敗した?」
ペラオにセカイイチをとれなかったことを伝えると、ペラオは驚きをふくんだ声でそう聞き返した。
「…ええ、ごめんなさい」
謝るチコ。俺も一緒に頭を下げる。ペラオは頭を羽で押さえて黙っていたが、少しして大きなため息をついた。
「…まぁ、無理を要したのはこっちだからな」
…怒らないのか。ゲームじゃ、結構理不尽な怒りを被ったものだが。こちらのペラップは案外優しい。
「…一応ドクローズに頼んでおいてよかった。彼らがセカイイチをいくつか持ってきてくれたのだ」
「…え…っ…!?」
終始下を向いていたメアリーが、顔をあげた。その表情は、驚きと、もうひとつ、何か別の感情を含んでいる。
「ど、ドクローズって……!あいつらが、あたし達の邪魔をしたんですよ!!」
ガッと身をのりだし、メアリーはペラオに怒号を飛ばした。必死の形相だった。
いつもと違う彼女の素行に、ペラオは一瞬たじろぎ、怪訝そうな表情を見せた。
「ドクローズが邪魔を…?どういうことだ?」
「あいつらが、あたしたちにいきなり攻撃してきたんです!それであたしたち…こんな傷を…」
メアリーは声を張り上げて言った。ペラオは顔をしかめながらそれを聞いていたが、やがて首を横にふって、
「お前たちが、ドクローズと仲が悪いのは知ってる。だが、だからといって彼等に言いがかりをつけるのはよくない」
「い、言いがかり……っ!?な、あたしたちじゃなくって、あいつらを信じるっていうんですか!?」
「…信じるもなにも、証拠がないだろう」
「ギルドのメンバーを信じるのに、証拠が必要なんですか!?」
メアリーの語気がさらに激しくなる。だがそれでもペラオは、あくまで冷静に返事した。
「いいや、違うぞメアリー。お前たちは確かに私の弟弟子で、ギルドの仲間だ。だがな、ドクローズの皆さんも、親方様が助っ人として認めた以上、我々ギルドの仲間なのだ。ギルドの仲間を、証拠もなしに疑うことはできない」
「くっ……!うぐっ…」
ペラオの意外な正論に、メアリーは言葉を詰まらせた。二人の言い争いに、俺だけでなくチコさえも口を挟めなかった。
ペラオは続ける。
「依頼を失敗して、気持ちが沈むのは分かるが、仲間に責任を押しつけるのはよくないぞ。……今日は飯抜きだ。しっかり反省しなさい」
「そ……そんな……」
メアリーはがくり、と肩を落とした。さっきまでの勢いはすっかり消えていた。小さい声で、ぶつぶつと何かを言っている。何を言っているのかは、聞き取れなかった。