第四十七話:いたたまれない敗北
……何が起きた?紫の霧と、緑の嵐がぶつかって……。今、目の前には、何もない。ただ、少しの葉っぱが渦を巻いて、空へと舞い上がっていく。ただそれだけで、あとは、さっき話していたときとなにも変わらない。
スカタンクも、ドガースも、ズバットも、唖然としている。
「今よ!撃って!!!」
「えっええ!?」
「はやく!!」
「う、うん!スピードスター!!!」
チコにどやされ、メアリーは準備していたスピードスターを撃ちはなつ。メアリーのもとから流星が次々と発生し、怒濤の連撃がドクローズを襲う。
「ぐあぅ…っ!!?」
煙に紛れ、苦しそうな声をあげる三匹。だが、倒れるまではいかなさそうだ。
…ていうか、なんだ?これは?ドクローズの毒ガスはどうなった?なんで今、こんな状況に?どうして、俺たちはピンピンしてるんだ?
「シンくん!?」
メアリーが叫ぶ。な、なんだ?どうした?そう思っているうちにチコが甲高く叫ぶが……
「シンくん何してんの!?早く電気ショックを撃ちなさ………」
「火炎放射!!!!」
ドォンッ!!!ドクローズのいた煙の中から剛炎が巻き起こる。その炎のビームは、燃え盛りながら一直線に伸び、俺のとなりにいたチコをさらっていった。
「チコっ!?」
メアリーが後ろをふりかえる。俺は、どこを見れば良いのか分からなかった。煙はだんだん晴れかかっていて、口から火の粉を散らしたスカタンクが現れた。その表情は、憤怒。さっきまでのにやけ面は何処にもない。
「……やってくれる……」
めらめらと、スカタンクの毛が逆立つ。口もとに炎が集まってくる。
その目線の先には、所々に火傷が目立つチコがいる。よろよろとしながらも、なんとか立ち上がった。
「や、やめて!!」
メアリーは、叫ぶと共に、スピードスターをスカタンクに放つ。しかし、その数は少なく、スピードも遅く、スカタンクは楽々とそれを交わす。
そして、炎がたまりきった。
「火炎放射!!」
「くっ……!!」
チコは交わせない。なすすべなく、彼女の体は炎に包まれた。
「この野郎!!」
メアリーが、初めて激昂した瞬間だった。
彼女は鋭く牙を光らせ、スカタンクに飛びかかった。火の粉を散らしたスカタンクは、その対応に一歩遅れ、もろに″かみつく″を食らった。
「くそっ!!」
肩を噛みつかれ、悶えるスカタンク。辺りを見回せば、ズバットとドガースはとっくにのびている。メアリーの、スピードスターの影響だ。
「シンくん!電気ショック!!」
「え?あ、おう!!」
マジでよく分からんが、とりあえず攻撃した方が良いのだろうか。俺は、スカタンクの方に右手をかざし、そこから″電気ショック″を撃ちはなった。
メアリーがスカタンクから離れると同時に、黄色い閃光がスカタンクを襲った。バリバリバリッと音が鳴り響く同時に、スカタンクの体は光輝きながら痙攣する。
……手ごたえありだ。このまま電気を奴に流し続ければ、勝てる。″スピードスター″に、″かみつく″のダメージ、そしてこの、″でんきだま″込みの″電気ショック″が効いてるんだ。
「今のうち……!」
″かみつく″を解いたメアリーが、苦しむスカタンクを見て、そう言った。そしてそのままチコの方へと駆けていく。オレンの実を食べさせるつもりだ。チコの方は、かなりひどい火傷ではあるが、かすかに意識はあるらしく、遠目からでもピクピクと動いてるのが見える。
尚も痙攣し続けるスカタンクは、この電撃から抜け出せそうにない。だいぶ苦しい状況ではあったものの、これなら勝てる…。
いや、待て。勝っちゃダメじゃないか。負けイベントじゃないか。チコの″リーフストーム″が突然すぎて本来の目的を忘れてた。…勝ったら、ダメなんだ。
…でも、このままだと……。チコも、メアリーも、やってきたことが無駄になるんじゃ…。
待て待て待て。それよりも、大事なのはシナリオの方だろう……………?
余計なことを考えた、この時。俺は一瞬、電撃をゆるめてしまった。
そして、まばゆい光が、その輝きを弱めたその時を、スカタンクは見逃さなかった。
「つぇぇあ!!!」
衝撃波と共に、スカタンクを包んでいた、電流がかき消えた。
「くっ!?…しまっ…!?」
俺がその台詞を言いきる前に、スカタンクはこっちに近づいた。黒く光る爪が、画面に振り下ろされたと認知したところで、俺の意識は途絶えてしまった。
シンくんが、電気ショックで相手を止めてくれている…。その内に、チコを…!!
あたしはチコのもとに駆け寄った。スカタンクの方はもう見なかった。シンくんがきっと止めてくれているはず。今あたしにできるのは、チコを助けることだ……っ!!
その時、ふと思ってしまった。
チコの合図。あたしは攻撃した。シンくんは…しなかった。
何故かは今、考えている場合じゃない。それなのに、なんで今、それが頭をよぎるの…?
「チコっ!!」
チコのもとにたどり着いた。
ひどく弱ってる。体のあちこちに火傷ができてる。でも、息はしてる。生きてる……!!チーゴの実と、オレンの実さえあれば治せる…!!
あたしは、バッグを前に置いた。チャックを開いて、中をごそごそと漁る。…あった、チーゴの実…!あとは……。
「め、メアリー……逃げて……」
「…え?」
何か…言った?チコの方を向く。でも、振り向くべきはそっちじゃなかった。
「つじぎり!!」
後ろから、やって来る気配に気づいたときには、あたしの意識は闇へと飛んでいた。
……気がつけば、そこにドクローズはいなかった。