第四十六話:衝撃
…やはり来たか、ドクローズ。
尻餅をつき、今ようやく起き上がったメアリーのもとに、俺とチコは移動した。スカタンク、そして周りにはドガースとズバット。
「何しにきたのよ、あんたたち」
「何って、ペラオに頼まれたんだよ、セカイイチを取ってきてほしいってな」
「……う、うそだ」
メアリーは小さい声でそう呟いた。目線は下を向いたまま、聞こえはするだろうが、これでは奴等の思うつぼだ。
「はっ!相変わらず臆病で、どうしようもないな、お前は。そんな役立たずだから、俺達がセカイイチをとるよう頼まれたんだよ」
「…なっ…!」
メアリーは、下唇をかんだ。宝物を盗られても、震えて何もできなかったあの頃のように、彼女はまた、震えている。だがその震えは、あの時とはまったく異なる震えだった。
そんなメアリーを、チコが制止する。
「役立たずって…どうしてそう言えるのかしら?あたし達はここまで自力で辿り着いてる。あとは、今からセカイイチをとって、ギルドに持って帰るだけ。見事に依頼達成よ。まったく役立たずって言われる筋合いはないわ」
冷静な表情で話すチコではあるが、その声は少し低く、覇気がこもっている。
スカタンクは、相変わらず気持ちの悪い笑顔で返事した。
「くっくっく…。だから無理なんだって」
「ふーん、なぜかしら?」
「俺達がここで、邪魔するからだよ」
ザザッと、スカタンク達の姿勢が低くなる。戦闘体勢だ。
…あの負けイベントが、ついに…来る…!!
そう、ドクローズが絡むストーリーの中で最大のイベント。それが今から巻き起こる、負けイベントである。
ゲームでもまったく同じ。主人公一行は、りんごの森までセカイイチを取りに行く。りんごの森の奥地にて、セカイイチのなる木を発見するも、そこでドクローズと衝突。奴等と戦闘になるが、奴等の奥義、″毒ガスコンボスペシャル″をもろに食らって失神し、任務を果たすことが出来なかった。…という、後味の悪いイベントである。
″毒ガスコンボスペシャル″、聞くだけでおぞましい技なのだが、実際に食らったことがないからどんなものなのか分からない。失神するレベル………。とんでもなく臭いのか、一瞬で全神経が麻痺するほどの猛毒なのか。ともかくめちゃくちゃ食らいたくない技ではあるが、食らわなければ始まらない。シナリオがずれてしまう。
心の中で深呼吸。気持ちを落ち着かせ、奴等の方を睨む。
スカタンクとドガースが前に出た。ズバットは後ろに下がっている。いよいよか。…怖い。大丈夫だ、死ぬことはない。原作でも死ななかったし、奴等にそんな度胸はないはず。
顔をしかめ、歯を食いしばる。全身の毛が強ばる感覚、嫌な気持ちをなんとか押さえようとしていたとき、チコが小さい声で呟いた。
「合図したら、全力の技をスカタンクに叩き込んで」
「「え?」」
チコの左右にいた俺とメアリーは、思わず声を合わせ、チコの方を向いた。
「しっ、静かに。とりあえず、技の準備をしておいて。その時になったら、あたし、大声で叫ぶから」
「え…えっと…」
どういうことだ?何を言ってるんだこのチコリータは。合図?何の合図だ?何を合図しろと…。
「わ、分かった…」
メアリーの目にはまだ若干の迷いがある。しかし、その目ははっきりとドクローズを見据えていた。
……やる気だ。メアリーは、スピードスターを撃つつもりだ。
いや、でも、意味がない。合図もなにも、まもなく″毒ガスコンボスペシャル″を食らって地に伏すことになる。いくらチコが強いとはいえ…。
「…決まりね」
チコはニヤリと笑った。蔓のムチをしゅるりとしまう。何をするつもりなんだ…こいつは。
「作戦会議はすんだのか?」
ヒソヒソ話したつもりではあったが、スカタンクは少し感づいたらしい。だが、自信たっぷりなその表情は崩さない。
「会議もなにも、あたし達の邪魔をするなら、今ここで倒すしかないでしょう?」
「……やっぱり気に入らねぇな、てめぇは。威勢が良くて、腹が立つ」
スカタンクは、メアリーの方を見た。
「臆病なお前には、似合わねぇ仲間だな」
「あ、あたしは……」
……臆病じゃない。その言葉はまだ言い出せない。……何か、声をかけてあげるべきだろうか。いや、今は、それよりも…。
「ごちゃごちゃいってないで、さっさとかかってきたらどうだ?」
このイベントを、早く終わらせてしまおう。もうとっくに、負ける覚悟はできてる。
スカタンクの表情が、一瞬曇った。
「言われなくても、やってやんよ」
スカタンクは、紫色のふさふさしたお尻をあげた。ドガースは大きく膨らみだした。…………来る!!!
「毒ガスコンボスペシャル!!!」
爆音と共に、紫と黒の混じった霧がスカタンクとドガースのいたところから爆散、ものすごい勢いでこっちに迫ってくる。……終わりだ、目をつぶり、その霧を受け入れようとしたその時。
「リーフストーム!!!!」
堂々とした翠色の嵐が、草葉を巻き込み吹き荒れる嵐が、俺のすぐ横を吹き抜け、目の前の、暗黒霧と激突した。