第四十五話:りんごの森で
セカイイチがない。
ペラオにそう言われた時は、なんでこんなに焦ってるんだろう、と思った。ペラオ、今まで見たことないくらい冷や汗をかいてるんだもん。
けれど、話を聞いてあたしも震え上がった。
なんでも、セカイイチはプクリルの好物で、いつも夕御飯の時にはそれを食べてるらしい。そういえば、いっつもプクリルはリンゴだけだったけど、あれってセカイイチだったんだ。
で、何が問題かというと、セカイイチがなくなったときのプクリルは本当に怖いらしい。たぁーーーっとかなんとか言ってたけど、ペラオのあの顔の青ざめようからして、多分すごいんだろう。
それであたし達を呼んだらしい。なんでいろんな弟子達がいる中で、あたし達なのかというと、一番頼りになるからだって。ちょっと詰まった言い方だったし、そもそもペラオだから、多分調子のいいおべんちゃらだと思う。
でもそう言われて悪い気しなかったし、あたしはペラオの頼みを引き受けた。シンくんも別に問題無さそうだった。
ということであたし達は、今、りんごの森に来ている。チコも一緒だ。イブゼルはいなかったから置いてきた。
前に来たほたるの森と、あんまり雰囲気は変わってない。でも、二つだけ大きな違いがある。 一つは、木の実やりんごがめちゃくちゃ落ちてること。バッグに入れてたらキリがないくらい落ちてるから、あたし達はひょいぱく、とりんごをかじりながら探検していた。
で、もうひとつが、敵ポケモンの強さだ。ほたるの森どころか、今まで行ったことのあるどのダンジョンのポケモン達よりも強い。体力はあって粘り強いし、攻撃力もすごい。
最初はまだ余裕があったんだけど、だんだん厳しくなってきて、結局りんごをかじりながら探検ってのは止めになった。戦闘に集中しないと普通にやられそうだったからだ。
といっても、チコはすっごく強い。あたしとシンくんが苦戦してる間に、チコは周りの敵ポケモンをさっさと倒してあたし達に加勢してくれることがしばしばあった。
そして今も、絶賛戦闘中だ。
「きゃあぁっ!!」
あたしがスピードスターをためてる間に、スピアーのミサイル針が何本も飛んできた。あたしはステップしてそれをかわす。けれどミサイル針は追尾性で。追いかけてくる光の刃から、あたしは必死に走って逃げる。
走りながらエネルギーをためて、スピードスターを体に纏わせる。
ミサイル針の間を縫って、スピアーにこのスピードスターを当てれたらいいんだけど…。無限に追尾してくるミサイルが、なかなかそうはさせてくれない。
…その時、黄色い閃光があたしの周りを駆け抜けた。ミサイルはたちまち電撃に射ぬかれて、消え去ってしまう。シンくんの、電気ショックだ。
「メアリー、今だ!」
「ありがとう、シンくん!……スピードスターッ!!!」
あたしはそう言って、無数の星型弾をスピアー目掛けて放った。大小様々な流星が、鮮やかな弧を描きながらスピアーへと向かっていく。
ミサイル針の第二波を放とうとしていたスピアーは、その星々に対応しきれない。慌てて後ろに飛び去ろうとするけれど、間に合わず、スピーカーはドドドドン!!っとスピアーに直撃した。星が当たるたびに煙がたち、その姿は見えなくなった。
倒したのかどうか、それを確認している暇はない。あたし達の周りにはまだ、もう一匹のスピアーに加えて、バタフリーが三匹もいる。さっきはシンくんに助けてもらったけど、今シンくんはスピアーの相手に追われている。
目の前をふわふわ飛んでいたバタフリーが、その羽を激しく振動させた。その振動の中心から、まばゆい銀色の旋風がこっちに吹き込んでくる。
銀色の風一一一。あたしは、その風の焦点にならないように横にステップする。
ステップしながら、あたしはもう一度スピードスターを体にまとった。二匹のバタフリーは、羽をばたつかせたばかり。銀色の風をかわしたあたしに気づくけれど、すぐに切り替えて、羽を羽ばたかせることができない。
「スピードスター!!」
あたしはバタフリー二匹に目掛けて星型弾を発射した。狙い通り、かわせないバタフリー二匹にしっかり直撃する。爆発音とともに煙があがり、煙の中からバタフリー達が落下した。念のためにスピードスターを用意しながら、落ちたバタフリーの様子を確認する。
…二匹とも目をまわしていた。
「ふう…」
周りを見ると、シンくんはしっかりスピアーを撃退していた。周りに煙がたってるから、多分電気ショックを当てたんだろう。
あっちの方にはチコもいる。その周囲には三匹くらいスピアーが倒れてる。苦手な相性なのに、三匹もろとも倒しちゃうなんて…。やっぱりチコはすごい。
「敵が…いちいち強いな」
シンくんが額の汗を拭いながら言った。あたしはシンくんの方にかけよって声をかける。
「ほたるの森の時とは全然違うね…。あたし、スピアーに囲まれてなにもできなかった。あの時はありがとう、シンくん」
「ちょうど、手が空いてた時でよかったよ」
シンくんは手をぷらぷらと揺らしながらそう答えた。返事をしようとしたところ、横から声が入ってきた。
「ナイスアシストだったわよ、シンくん」
声の主はチコだった。すたすたとこっちに歩いてくる。
「おう」
シンくんは軽く返事をする。チコはうん、とうなずいた。
「あたしも敵に囲まれちゃっててさ」
「めちゃくちゃ敵が多かったしね〜。でも、チコなら大丈夫だったでしょ?」
「うん。まあそうなんだけどね」
勝ち気ないつもの表情を曇らせて、チコは少し真面目な顔になった。
「すこし思ったんだけど」
「うん」
「あたし達って、離れて戦いすぎじゃない?」
「…離れてって?」
あたしは首をかしげる。シンくんも腰に手を当ててチコの話を聞いている。敵が襲ってくる気配は、まだない。
「つまりね、あたし達はいっつもバラバラになって戦うから敵に囲まれるのよ」
「あーーー…」
「確かに、俺らいつも個人戦ばかりだった気がする」
シンくんは腰に当てていた手を離し、腕を組んでうなずいた。
「じゃあ、これからは固まって戦わないとね」
「うん。そうなんだけど、多分それはいつもそう思ってたんじゃない?」
「あ、うーん…。それはそうかも…」
「戦っているうちに離れちゃうんだよな」
「そうそう、それよ。それが問題なの。でね、あたし考えたのよ」
「…というと?」
「役割分担よ。今、勝手にあたしが考えた感じでいけば、シンくんとあたしがメインの攻撃、メアリーはサポートに徹する…みたいな感じね」
話しているうちにいつのまにか出していた蔓のムチで、チコはあたしとシンくんを指(?)さした。指さされたあたしは、「はー」と思わず声を漏らした。シンくんは顎に手を当ててチコを見ている。
「…サポート…かぁ。あたし、でもまだ″てだすけ″とか使えないよ?」
「とりあえずはスピードスターで相手の飛び道具を相殺してみたりとか、そういうのよ」
「そういうことか〜。わかった!」
あたしは、前足を額にあてて、イエッサーのポーズをする。チコはうん、とうなずいた。
「………ま、とりあえずやってみるか」
そう言って、シンくんはすっと後ろを振り返った。あたしも足を前後にして、姿勢を低くする。ちょうど、「それら」に背を向けていたチコも、あたし達の様子に気づいて顔色を変えた。
……スピアーが四匹に、ナッシーが二匹。ゆっくりとこっちに近づいてくる
。
「じゃ、さっき言った通りにしてみましょ」
チコがツルをぶるんっとしならせた。
「うんっ。分かった…」
あたしはスピードスターを体にまとわせる。
シンくんは頬袋をバチバチと鳴らし、右手に電気を走らせた。
スピアー達は不快な羽音を響かせて空中に静止している。その下にいる二匹のナッシーは、総勢6つの顔で様々な表情を浮かべている。笑顔に、にやけ顔に、また笑顔……、大体笑ってる。
さっきと違って、いきなり襲ってくるというわけでもなくて、お互いがお互いの様子を伺う。しん、と空気が静まる。いつ、動き出してもおかしくない。
パキ。
「でんこうせっか!」
静寂を破ったのはシンくんだった。体が白く光り、加速して目にも止まらぬスピードでナッシーのもとに近づいた。
その頭上にスピアー二匹、ミサイル針を発射した。ミサイル針はシンくんめがけて飛んでいくけど、シンくんは、頭上を見ていない。
でも大丈夫!!
「スピードスター!!」
ちゃんと警戒しててよかった!あたしはミサイル針めがけて、まとっていたスピードスターを撃つ。スピードスターは必中技、ちゃんと狙うのが苦手なあたしでもしっかりミサイル針に命中させられる。
邪魔するものがなくなって、シンくんはナッシーと距離を詰めた。
「電気ショック!!」
振り下ろされた右腕につられて、頭上から雷が降りてくる。
バチィィッ!!!
ナッシーに見事的中!ヘラヘラ顔のナッシーは、その表情のまま倒れ付した。隣にいたもう一匹のナッシーは、さすがに顔を曇らせる。目を怪しく光らせて、その次の瞬間、赤紫のレーザーが目から飛び出た。
「くっ!」
シンくんは横に回転しながらなんとかそれを回避した。けれど、レーザーはひとつだけでは終わらない。何度も何度も目が光り、熱線が放たれる。シンくんはくるくる、地面を転がりながらそれをかわす。
「スピードスター!」
このままじゃダメだ、と焦って出したスピードスターは、エネルギーが溜まりきってなかったせいで、二、三発しか撃てない。けれど一応、全弾ナッシーの顔に命中。ナッシーの注意がこっちに向いた。
「つぇい!!」
その瞬間!仰向けになっていたシンくんが、勢いよく体を起こし、そのまま右手をナッシーのお腹に当てた。バチィッ!!と、鋭い音が鳴って、光り輝く雷が現れると同時に、ナッシーは大きく吹っ飛んだ。
シンくんはすかさずナッシーに手をかざしてもう一度電気ショックを撃つ。体を黄金色に光らせて、ナッシーはびくびくっと痙攣し、そのまま動かなくなった。
「助かった…。ありがとう、メアリー…………んっ!?」
シンくんがあたしにお礼を言おうとした時、辺りが一瞬まばゆい光りに包まれた。
光の発生源に目をやると、チコがそこに立っていた。その前には、倒れ付したスピアーが四匹。
あたし達に気づくと、チコはにかっと笑ってこう言った。
「いい感じじゃない。しっかり連携、とれてたわね」
「…あ、ありがとう」
そういうチコは、さっさとスピアー四匹倒しちゃってるんだけどね。
「あぁ、あたしはあれよ。協力するまでもなかったっていうか…、手が足りてたのよね」
何の気なしにそういうチコに、シンくんはあきれ顔でボソッと言った。
「4分の1倍なのに、こうもあっさり倒すとは…」
「ヨンブンのイチバイ?」
「え?あ、いやなんでもない」
耳がいいからはっきり聞き取れたんだけど、シンくんが話したくなさそうだから問い詰めないことにした。多分、難しいことを考えてたんだろう。シンくんがボソッとこぼすときって、大体そうだし。
「でもなんか、チコには協力する必要がない気がしてきたよ…」
「何いってんのよ。今回はまだ雑魚だからいけただけよ。強敵が出てきたときは、みんなで協力しないと」
「そうだな。さっきより全然倒しやすくなったし、しばらくはこの作戦で戦闘に挑んでいこう」
シンくんは腕をくんでそう言った。あたしとチコは大きくうなずいた。
それからのダンジョン攻略は、かなりやり易くなった。シンくんとチコが攻撃、あたしがサポートっていう戦い方が、かなりみんなの性にあってたのかもしれない。なんでもできるチコはともかく、シンくんはああみえて運動神経が悪いから敵の攻撃を鮮やかに交わしつつ攻撃ってのがわりとできないポケモンだし。あたしはテンパる癖があるから敵が近づいてくると焦ってやられちゃう。でも、役割を分担することで、お互いの弱点がカバーできたって感じだ。
というか、今までよくこんなのでやっていけたなぁ、と思うくらい。
まあそんなこんなで、あたしたちの探索スピードは勢いを増して、けれどもセカイイチは見つからず、ついにりんごの森の奥地にまでやって来てしまった。
「…ここから先には、進めそうにないね」
「歩けそうな道もなさそうだしな」
「恐らくここがりんごの森の奥地でしょうね。ほら」
チコが蔓のムチで指さすその先には、とても大きな木が一本、どっしりと構えていた。横にも縦にも伸びている。見上げるしかないんだけど、圧迫感とかは無くて、むしろ包み込まれるような感じだ。
その木は、これまた大きくて、赤い、キラキラした結晶のようなりんごを携えていた。
「あれが、セカイイチ…」
「美味そうだな」
「うまそう、だなんてレベルじゃないわ。とんでもないくらいにうまいんだから。普通のリンゴの1000倍の値がつくのよ」
「1000倍!??そ、そんなにすごいリンゴなんだね…あれ」
「ええ。だから乱獲はよくないわ。10個くらいに抑えておきましょ」
「はーい」
元気に返事したものの、どうやってとったらいいんだろ。よじ登ってとるべきかな。
そういえばシンくん、さっきから辺りをキョロキョロしてる。野性ポケモンが襲ってこないのか警戒してるのかな。…さすがだ。あたし、セカイイチに夢中で全然警戒してなかった。
でも、なんだろ。やっぱりシンくんって、あたしと違って…感動が薄いというか…。いや、なんでもないや。
「あたし、よじ登ってくるね!」
「え?あ、ちょっと!」
チコの呼び声を聞き流し、あたしは地面を蹴って、あの木に向かって走り出した。
その時だった。
ドスゥン!!!
「きゃあっ!?」
目の前に紫色の何かが落下した。あたしは、ビクッとして尻餅をついた。なんとか起き上がって、落下したそれに目をやる。
そこにいたのは…
「よう…。何してんだ?こんなところで」
あたしがもっとも嫌いなチーム、ドクローズだった。