第四十四話:ペラオの焦り
「イブゼル、おはよう」
「あぁ!おはよう!メアリーちゃん!」
天使の笑顔でメアリーちゃんが俺に挨拶してくれた。もちろん俺は元気よくそれに返事する。…
あぁ、幸せだ。朝起きてから、朝礼、そして今の今まではだるいなぁ、なんて思ってたが、喜んで前言撤回させてもらうぜ。
今日も一日頑張ろう。…俺はメアリーちゃんの背中を見てそう誓った。…と。あれ?いつもならここで、探検に俺のことを誘ってくれるんだが…。さっそうとあちらの方へ去っていくぜ。今日は俺は休みってことか?
んー、自由参加ってのも辛いとこだな。そもそも自由参加と言っても、誘われなきゃ俺はメアリーちゃんと探検に行けないわけだし。こう、肝心なときに行けないところが不便だぜ。だが、正式にリユニオンの仲間入りをするのはそれで、面倒臭い。今度は嫌でも全部行かなきゃならないからだ。一見メアリーちゃんとずっと探検できるからプラスに思えるかもしれないが、リユニオンにはシンとあのチコリータもいる。シンはともかくやつとずっと一緒なんてやってられん。
ま、やっぱり俺はこのままが一番気楽かなっと。
俺はふらふら〜っと掲示板の方に近寄った。面倒くさいが、生活がある。楽そうな依頼をちゃちゃっとこなしちまおう。
掲示板に貼ってある依頼書を、ざっと見る。見た感じ、湿った岩場の救助依頼が楽そうだ。ま、ダンジョンのレベルも低いし、ポケモン一匹探して終わりな割には、だいぶうまい報酬である。裏がありそうだと思えるくらいだぜ。
…ま、楽なら良いってこった。よし、ひとつ目の依頼はこれにして…と。
再度俺は、掲示板に目を移す。向こう側には、お尋ね者の指名手配書ばかりが貼られた掲示板もあるが、今日はその気分じゃない。お尋ね者は骨が折れる。
楽なやつ、楽なやつ…。お、これは…。だめだ、りんごの森に行かなきゃダメなやつだ。却下だな。
俺はほとんどのダンジョンは抵抗なく潜れるが、りんごの森だけはだめだ。特に一人じゃ。まず、草タイプが多すぎる。俺は強いといえども水タイプだからな。相性不利をぶつけられまくるとさすがにきつい。冷凍パンチで処理できる数には限界がある。
それに何より、虫が多い。別に相性不利じゃないが、虫タイプは気持ち悪い奴等ばっかだ。ダメージを食らっても心のダメージが大きいってわけだ。
ま、ということでりんごの森は…なし、と。んー、そうだな。適当に湿った岩場の依頼あと三つ入れとくか。
ぺり、ぺり、ぺり、と。追加で三枚、簡単な依頼を掲示板からめくりとる。それらを全部手に掴み、俺は部屋へと戻った。
部屋で支度を終えて、いざ出発、と思ったところで、ペラオを見かけた。そういやメアリーちゃん、俺に挨拶してくれたあと、ペラオに付いてどっかに行ってたような気がするな。別に今さら一緒にいこうとは思わねぇが、一応リユニオンの奴等が何処に行ったのか気になるし、聞いてみるか。
そう考え、俺はペラオの方に近寄った。
「ようペラオ」
「ほわぁっ!?す、すみません!!!」
声をかけるやいなやペラオは頭を何度も下げて謝ってきた。
「は?」
「え?あ、なんだ。イブゼルか」
しかし、すぐに拍子抜けたような顔をする。なんだってんだ?
「どうしたんだよ、お前」
「いや、別に。どうもしてないが」
ペラオは嘘をつくのが下手くそだ。もともとおしゃべりな性格だから黙りとおせない上に、嘘をついているときの態度があからさまなのさ。現に今も、わざとらしく口笛を吹いているぜ。古典的かよ。
「ま、いいや。ところでよ、リユニオンの奴等知らねぇか?」
「り、リユニオン?あぁ、あいつらなら、りんごの森に行ったぞ」
まじかよ。りんごの森に行ったのか。こりゃ誘われなくて正解だったかも知れねぇな。あそこだとどうしてもカッコ悪いところを見せちまうことになるし。
それにしても、やっぱペラオ、何か隠してやがんな。
「りんごの森か…。そういや、なんでお前そんなこと知ってんだ?」
「え?」
ペラオ、顔がひきつる。
「た、たまたまリユニオンから聞いたんだよ!りんごの森に行くんだ〜ってな!」
「あー、さっきリユニオンに頼み事してたときに聞いたのか」
「そうそうそう……え?」
引っかかったな。俺はにやりと微笑んだ。ペラオの凝り固まった顔が青ざめる。
「え?何をリユニオンに頼んでたんだ?」
「えっと……とーっ…」
おしゃべりな性格に似合わずうまくしゃべることのできないペラオ。図星らしい。もうちょっと平然としてりゃあ分からないってのに。焦りかたも見え見えなんだよな。
「りんごの森に関係する話だろ?」
「く……っ。うう…」
「そこまで苦い顔しなくてもいいじゃねぇか。教えてくれたら、俺も手伝ってやれるかもしんねえまぜ?」
「本当か!」
「やっぱ頼みごとしてんのな」
「そ、それはもういいだろ!」
今度は顔を赤くしてぷんすか怒る。さっきの青ざめた顔とは大違い。喜怒哀楽の激しいやつだぜ。
「ああ。…で、何の話なんだ?」
「…単刀直入に言うとだな」
「おう」
「セカイイチがなくなった」
「…はぁ?」
セカイイチがなくなっただと?今そう言ったのかこいつ。
「…マ、マジで言ってんの?」
黙ってうなずくペラオ。これははったりでも冗談でも無さそうだぜ。ってなるとヤバすぎねぇか?セカイイチだろ?親方様が愛してやまない、あのとびきりうまいリンゴのことだろ?
あれがなくなったっつーことはだぜ?親方様の夕食はどうなるってんだ。いつもセカイイチしか食ってねぇのに、普通の食事を食わせんのか?いや無理だろ。親方様のわがまま具合は俺でも引くレベルだぜ。セカイイチがないって知れりゃあ、ギルドが吹き飛びかねないぞ。
「なっ、なんで前々から量を確認しておかないんだよ!」
「確認したさ!一昨日くらいに!その時はまだいっぱいあったんだ!」
「じゃあなんで、たった二日でなくなっちまってんだよ!」
そ、それは…。ペラオが口を詰まらせる。やっぱりこいつ、ちゃんと確認していやがらなかったんだ。
食料庫の食べ物がなくなる場合、盗み食いってのを疑うのも筋かも知れねぇ。だがな、セカイイチだけは盗み食いなんて有り得ねぇ。もしばれたらどうなるか…リスクがあまりにでかすぎるからだ。美味を求めて簡単に命を懸けるやつは、このギルドにもなかなかいねぇ。俺だって、セカイイチ「は」盗み食いしたことねぇよ。
だから今回、セカイイチがないってのは、ペラオの管理不行き届きに他ならない。
「…だからリユニオンの奴等に頼んだって訳かよ。自分でいけばいいのによ」
「くっ…。私は忙しいんだ!他にもやることがいっぱいあるんだよ!」
「ふーん…」
これじゃリユニオンの奴等はとんだ迷惑だな。おおかたペラオのことだ。遠征をちらつかせてメアリーちゃんを釣ったんだろうよ。
とりあえず、リユニオンの奴等が何処にいったか分かったな。モヤモヤも晴れたし。
そう思い、俺はくるりときびすを返した。
「まぁ俺には関係ねぇな。勝手に頑張っててくれ」
「ちょ、ちょっと!手伝ってくれるんじゃなかったのかい!?」
「おいおい、勘違いしないでくれ。俺が言ったのは、手伝って『やれるかもしれない』だぜ?」
焦るペラオに対し、俺は振り替えって言い放ってやった。ペラオは間抜け面にもキョトンとしてこう返す。
「と、いうと?」
「残念だが、手伝ってやれねぇな。難しすぎる」
「う…嘘をつくなよ…お前…」
「嘘じゃねぇ。リンゴの森だけは無理なんだ。アレルギーで」
「そんなアレルギーあってたまるか!」
ペラオが羽をばたつかせた。面倒くさいな…ったく。
「とりあえず、俺はいかねぇから。リユニオンが行ってるなら大丈夫だろ。それでも不安なら、他のやつにでも頼みな」
「…薄情なやつめ」
こいつ…自分のミスだってのに棚にあげやがって。でもまあそんなことにいちいち突っかかってちゃやってられねぇな。
「…なんと言われてもりんごの森には行かねぇから。それじゃあな」
今度こそ立ち去ろう。俺はペラオに背を向けた。…が、なんか臭ぇ。俺はまた立ち止まり、鼻を押さえて臭いの方を見た。
やっぱあいつらか。
俺が見た方向には、梯があった。そして降りてきてるのはあの紫の三人組だ。最近ギルドに入ってきた助っ人。名前は確か…ドクローズだっけ?ひとりひとりの名前はさすがに覚えてねぇや。
あいつら、ずっとにやにやしてるだけでギルドの面子と喋ってるところを見たことがねぇ。もちろん俺もあいつらと口を聞いたことないし、得たいが知れないやつらだぜ。
今のところ直接的な害はねぇ。いや、バリバリあったわ。マジでくせぇからなこいつら。俺の大好きな食事の時間も、奴等の臭いのせいで苦痛に変わっちまった。
「どうしたんです?ペラオさん」
って考えてるうちに、奴等はここまでやって来やがった。見た目にそぐわねぇ丁寧な物言いで、スカタンクがペラオに話しかける。
「あぁ!スカタンクさん!それがですね…」
かくかくしかじか。ペラオはさっきとは違って隠すことなくスカタンクに事情を話した。
それを聞いて、スカタンクは驚きはしなかった。さっきから気持ち悪い笑みを崩していない。
そんなスカタンクは、うなずいて、こう返事した。
「…私たちが行ってきましょうか?」
「え?」
ペラオが高い声をあげた。マジか。言ったそばから手伝ってくれるやつが現れるとは。けどそうだな、あいつらは助っ人だし、言ってみれば客だ。さすがのペラオでも頼み事は気が引けるんじゃねぇか?
「…いや、しかし…。悪いですよ。ドクローズさん達はお客さんですから」
「気にしないでくださいよ。ギルドにおいてもらってんだから、手伝うのは当たり前ですよ。ククク…ッ」
「じゃあよろしくお願いします!」
…うん。これがペラオだな。清々しい。ってかスカタンクの野郎、意地の悪い笑みを隠せてねぇじゃん。なんか企んでるんだろうな。どうでもいいけど。
それに、俺もなんでこの会話に参加してんだ?もう完全に蚊帳の外だし、さっさとおいとまさせてもらおう。
そう思い、ペラオとドクローズが話しているのを横目に梯子へと向かおうとしたとき、ペラオがわざとらしい大きな声でこう言った。
「イブゼルと違って、ドクローズの方々は優しいですね!」
こいつ、マジで覚えとけよ。