第四十三話:相談
「ごめん!遅くなった!」
もう一杯頼むかどうか悩んでたところで、メアリーがやって来た。イブゼルががたっと席を立つ。
「全然いいぜ、メアリーちゃん!座りなよ!」
「ありがとう、イブゼル」
メアリーはそう言って俺のとなりに座った。メアリーが加わったのを見て、厨房に戻っていたルルペも戻ってきた。
「ご注文は何にしましょうか?」
「え、えっと…それじゃ、三人と同じので」
「となりますと…オレンの実、あとモモンの実をお願いします」
「え?…どういうことですか?」
ものを頼んでるはずが逆に頼まれるはめになって、メアリーがとまどう。まあ、初見なら仕方がない。ルルペがハッとする。
「あ、ごめんなさい!えっと…メアリーさん?も初めてでしたね。当店ではですね、ドリンクの材料は持ち込み制になってるんです♪」
「持ち込み制……なるほど…それじゃ、あたしはオレンの実とモモンの実を用意すればいいんですね?」
「はい!お願いします!」
「分かりました〜」
そう言って、メアリーはトレジャーバッグをごそごそとあさり、青とピンクの木の実を取り出した。メアリーからそれらを渡されると、ありがとうございます!とルルペは受け取って、厨房へと帰っていった。
「お、美味しい…」
メアリーもやはり感嘆の声をあげた。飲み方はちびちびとしてて可愛らしかったが、そんなことはもう置いといて、俺はさっきからメアリーがあのことを言い出さないことが気がかりだった。
「なぁ、メアリーちゃん」
「ん?なに?」
「依頼書、見つかったのか?」
そう。これである。カフェに来てから今まで、メアリーは全然探険に行こうだとかを言わなかった。今朝、カフェに行く前までは、あんなに行きたがっていたのに、だ。
メアリーの表情がいったん固まった気がした。
「依頼書は、もういいの」
メアリーはにっと笑ってそう言った。俺は思わず質問する。
「もういいって?見つからなかったのか?」
「…うん。色々探したんだけどね。…全然見つからなくて」
「じゃあ、今日はどうするの?」
チコの問いかけに、メアリーは目を伏せる。
「残念だけど、今日は休みにしようか」
メアリーはくいっとドリンクを飲んだ。俺たち三人は少し唖然とした。いや、俺だけかもしれないが。
「で、でもいいのか?メアリーちゃん。遠征のために頑張らなきゃって…」
そうそう。最近メアリーはそう言って張り切っていたはずだ。
メアリーはうなずいた。
「うん。頑張らないとダメだよ。でも、あたしが依頼書をなくしちゃったから…その報告にいかないと」
「あ……」
イブゼルは口をつぐんだ。メアリーは、申し訳なさそうな顔になって、
「ごめんね。あたしがしっかりしてないばっかりに…」
と嘆いた。メアリーのことが大好きな二人(もちろんチコとイブゼルである)は、そんな可哀想な姿を見て黙っているわけがない。
「そんなことないぜ!」
「そんなことないわよ!」
二人でタイミングぴったりにそういきこんだ。この二人、やはり本当は仲がいいのではなかろうか。「ありがとう」と答えるメアリーも、その勢いに若干圧されぎみである。愛されすぎるのも、大変だな。
でもちょっと、今のメアリーはなんか変だ。
「メアリー、俺も一緒に報告に行くよ」
とりあえずその疑う気持ちを抑えて、俺はメアリーに話しかけた。メアリーは首をふる。
「いや、別にいいよ。無くしたの、あたしだもん」
チコとイブゼルがこっちをじっと見る。分かってる。ここで引いてはさっきの二の舞だ。
「いいや、俺も行くよ。俺はメアリーのパートナーだし、メアリーが無くしたのなら、それは俺の責任でもあるからさ」
語気を強めてそう言った。少しあっけにとられたような顔をするメアリー。そしてすぐに目を細め、口許を緩めた。
「…ありがとう。じゃ、ついてきてくれる?」
そう言って、メアリーは席をたった。そしてバッグから財布を取り出し、ポケをいくらかつまみとってテーブルにちゃらりと落とした。
「チコ、イブゼル。そういうことで、あたしとシンくん、先に帰っとくね」
「「え?」」
不意をつかれ、二人はにらみを解除し、頓狂な声をあげる。
「もしかして、今から行くのか?」
「うん。けっこう時間とかかかりそうだし…。やっぱ嫌かな?」
メアリーが遠慮がちに言ったので、俺はぶんぶんと首をふった。
「全然。それじゃ、行こうか」
俺も席を立つ。うなずくイブゼルとチコに軽く手を振って、その場を立ち去ろうとした。が、イブゼルに呼び止められた。
「おいまて」
「どうした?」
「ポケ払ってけ」
「あ」
うっかり忘れるとこだった。
「ねぇ、シンくん」
「ん?」
カフェから戻ってきて、いったん部屋へと帰ってきたところで、メアリーがそう切り出した。いやに真剣な面持ちである。
そういえば、カフェからここに来るまでの間も、話しかけるのは俺ばっかりだった気がする。別に自分から話しかけるのが苦手なわけではないが、あくまで聞き上手のキャラのつもりだから、違和感をずっと覚えていた。
「…依頼書なくしたって言ったの、うそなの」
「は?」
何を言ってるんだ?嘘?ってことはなんだ?無くしてないのか?
「ど、どういうことだ?」
「だから、その。依頼書は見つかったの」
「どこに?…いや、そもそもなんでそんな嘘を…」
「ドクローズに、盗られたから」
「え?」
再度聞き直した。ドクローズ?なんでそこであいつらが出てくるんだ?
「…何があったか、詳しく教えてくれ」
メアリーは、こくりとうなずいた。口許をきゅっと結んでいたが、やがて、重々しく口を開いた。
ひどい話だった。
メアリーは、俺たちと別れたあと、一人で掲示板にまで行ったらしい。やつらと会ったのもそこだったそうだ。
メアリーは最初、無視しようとした。が、やつらがやけににやにやこっちを見てくる。しかもズバットの方は、なにやらヒラヒラ紙のようなものを持っていた。
そのときは、まさかと思ったらしい。
メアリーは無視して依頼書探しを続行した。しかし、掲示板のまわりにはどこにも見当たらなかったから、自分達の部屋を探そうとした。そこに、やつらが立ちはだかったのだ。
近くにまで接近されて、メアリーははっとした。
やつらの持っていた紙こそ、まさしくメアリーが探していた依頼書なのだ。
ズバットが自慢気に依頼書を見せびらかしてきた。メアリーはその時、盗まれたと思ったらしい。返してくれ、と頼んだが、落としたお前が悪い、の一点張り。メアリーに言い返す術はなかった。奴等はそれから、さんざんにメアリーを罵倒した。ひどい言葉をたくさん言われたらしい。何て言われたんだ?と俺は聞けなかった。それを話すメアリーの目が、潤んでいたからだ。
これでもかというくらいの屈辱を、メアリーに与えたところで、ドクローズは満足したかのように帰っていった。結局依頼書は、返してもらえなかった。それから、少ししてメアリーはカフェに来たらしい。
その時どんな心情だったのか俺には想像もつかない。メアリーは話さなかった。
「あのさ、シンくん」
一通り話し終えて、メアリーはそう言った。その目はじっと俺の方を見ている。俺も、目を合わせた。
「ドクローズのこと…親方様に相談しない?」
「親方様に?」
そう来たか。俺は聞き返した。
「うん。……あいつら、このままじゃ何するか分かんないよ。あたし達のチーム、メチャクチャにされるかもしれない」
「………」
…どうしよう。何て言えば…。
「親方様なら、なんとかしてくれるかもしれないし…」
メアリーのためを思うなら、当然相談すべきだ。今聞いたのもそうだし、これまでの素行からして、奴等の態度は目に余る。対メアリーに至っては、立派ないじめのレベルだ。
だがしかし、なんだ。
「…俺は、止めといた方がいいと思う」
メアリーの目をちらとうかがいながら、俺は言った。メアリーは目を見開いた。
「…なんで?」
「確かに、あいつらのやってることはひどい。けれど、親方様に言って事態が良くなるとも思えないんだ。親方様は、あいつらのことを何故だかよくわからないけど信用しきってる。そこで俺達があいつらがどうだとか言っても、多分複雑になるんじゃないかな。ひょっとしたら、俺たちにとって悪い方向に転ぶかもしれない」
メアリーはずっと俺の方を見ている。
「だからやっぱり、無視を貫くべきだと思う」
できるだけ、理屈を並べたつもりだった。ほとんど思ってもないおべんちゃらだ。プクリルに言えば、少なくともこの嫌がらせ問題はいい方向に発展する。自分でもそう思ってる。
それでも、俺はNOと答えなければならなかった。それは当然、俺達がドクローズのことをプクリルに相談するなんてシナリオは、どこにもないからだ。もし相談して、奴等がギルドを追い出されるようなことになるのは困る。これから始まるイベントに、奴等は絡むからだ。
まだ目立ったズレはあまりないものの、それでもズレが確実に生じてる。その上自分から物語をずらすようなことはできない。
メアリーの目はいつのまにか、俺ではなく床に向けられていた。目を伏せていた。そして俺の方を見ることなく、ぼそりと言った。
「……シンくん、そればっかりじゃない」
「え?」
メアリーは首をふった。
「ううん、何でもない。…そうだよね。今回は元はと言えばあたしが悪かったんだし」
開き直ったように、言い聞かせるように、メアリーは言った。その顔は、見た感じ穏やかである。
「いや…別にそういう訳じゃなくて…その」
俺は何かを撤回しようとした。プクリルに相談するのは反対だが、メアリーは、さっきの俺の言葉を違う風にとったような気がしたのだ。
しかしそれも、メアリーに遮られた。
「ごめん、シンくんに余計な心配かけちゃって。もう、大丈夫だから」
「…」
何て答えればいいのか分からなかった。どれも、今のメアリーには逆効果であるような気がした。メアリーの気持ちは、分かっているつもりだ。言ってあげたい、ドクローズはこれから先、痛い目にあうから気にするな…って。遠征までの辛抱で、それからは二度ともう、嫌がらせされることもないのだと。
でも、言うべきじゃない。
俺はあくまで、このゲームの主人公なんだ。パートナーを支える、無口な主人公。それに徹するべきなんだ。
メアリーは立ち上がり、さっきまでとは見違える明るい声で切り出した。
「暗い雰囲気になっちゃったね。あたしが言うのもなんだけど、もう切り替えよ?結局暇になったことだし、カフェに戻ろうよ」
「あぁ…そうだな」
俺も立ち上がって、笑顔を作った。ぎこちないが、一応。
メアリーは部屋の扉を開けて、先に部屋を出た。扉を開けて、俺が出るのを待ってくれている。
「ありがとう」
そう言って、俺はゆっくり扉を閉めた。