第四十二話:パッチールのカフェ
来たる遠征、そのメンバーに選ばれるべく、皆一生懸命仕事を頑張っていた。かくいうリユニオンも例外ではない。俺とメアリー、そしてチコ、時々イブゼルを加え、俺達はどんどん依頼を解決していった。三人、四人、と数が増えたおかげで、仕事の効率は一段と上がった。俺とメアリーで苦労して手にいれたでんきだまも、しっかり役立ってくれている。運動神経こそ悪いが、当たれば一撃必殺のレベルにまで俺の電撃は成長した。
メアリーも、遠征へ向けて気合いが入っており、苦手だった遠距離タイプの相手にも、スピードスターで応戦したり、でんこうせっかで距離を詰めたりと、自らの戦いかたを確立していった。
チコとイブゼルの二匹は言うまでもない。あいつらはもともとかなり強い。チコがダメージを負ってるところを、俺はいまだ見たことがない。イブゼルもイブゼルで、戦い方こそ粗いが、どれだけ敵が来てもばったばったと凪ぎ払っていく。
そんなわけで、ほぼ苦労という苦労なしに依頼を片付けていった俺達リユニオンのランクは、シルバーにまで上がっていた。
ちなみに、ランクとは、探検隊に与えられるいわば格付け的なものである。依頼をこなせばこなすほど、探検隊連盟にその仕事ぶりが知られることになり、それが評価されれば、ランクが上がる。すなわち、ランクが高ければ高いほど、評価された探検隊ということで、当然、信頼も厚くなり、名が知れ渡る。
といっても、シルバーくらいは、ごろごろいるので、俺たちはそこまで有名でもない。まだまだ精進しろということである。
まあ話はそれたが、とりあえず、俺達は遠征メンバーに選ばれるべく、必死に頑張った。
そんなある日のことである。
「よし、みんな。今日は滝壺の洞窟に行くよ!」
「「「おーーーー」」」
メアリーの掛け声に合わせ、俺、チコ、イブゼルは手をあげた。最近、すっかりメアリーが皆を引っ張る役を引き受けている。
メアリー自身は俺をリーダーに推してくるし、俺も主人公という立場上、そうしたい気持ちはあった。そして実際、やってみたことすらあったのである。…が、俺はそもそも無口なところがあるし、そもそも皆独立して強いので、俺が引っ張る必要性が全くなかった。なら、リーダーらしく士気を上げてみようと思ったが、チコに、「キャラじゃないわよ」と突っ込まれる始末。そういうわけで、俺はおとなしくメアリーにリーダーを任せたのである。
準備を整えた俺たちは、ギルドの長い崖を下りていた。すると、交差点の真ん中にゆらゆらとポケモンの姿が見えてきた。いつもは、あんなところで一人立ち往生しているポケモンなんていないのだが…。不思議に思いながら階段を下りきると、そのポケモンはやはりゆらゆらした足取りで、俺たちのところへ寄ってきた。
「…なんか用?」
そんな変な輩に、チコはすかさず質問を投げかける。すると、そのポケモンの表情がぱっと明るくなった。といっても、そいつはもともとにやけた顔をしているのだが。
「いきなりごめんなさい!あのですね、わたくし、パッチールのルルペって申すものです」
そのパッチール、ルルペはペコリとお辞儀した。ふらふらしてるからまるでお辞儀になってないが、頭だけは下げている。
メアリーがあわてて応対する。
「あ、どうもご丁寧に。えっと…何の用ですか?」
「はい!それがですね!」
ぴんっ、とルルペは背筋を伸ばし、気を付け、の形をとる。が、すぐにふにゃりと体が曲がる。なんともしまらないが、パッチールはこういうポケモンだから仕方がない。
「私、この近くでカフェを始めまして。今日、オープンなのでございます」
「カフェ?」
「はい!カフェです!ですから、是非、皆さんに来ていただきたいな〜っと!」
パッチールは手を揉みながらそう答えた。メアリーは少し苦笑いして、
「えっと〜…行きたい気持ちは山々なんだけど…。あたし達、これから仕事で…」
と答える。「えー…」と声をあげたのはチコだった。
「面白そうじゃない。行ってみましょうよ」
「え?いや、でも…」
チコに言われ、たじろぐメアリー。
「…仕事と遊びの区別もつかねぇお子ちゃまがいるなぁ」
そうこぼしたのはイブゼルだった。ボソッとした口ぶりで、声量こそ小さいが、嫌みがたっぷり込められている。
「なんですって?」
チコがぎろりと、イブゼルを睨み付ける。イブゼルは、わざとらしく謝るそぶりをみせた。
「あ、悪い悪い。聞こえてたのか。いや、なに。どこぞのチコリータが、ぐずってメアリーちゃんを困らせているらしいんでな」
チコ、ぐいっと顔をイブゼルに近づけて威嚇する。
「どのチコリータですって?」
「分からねぇのか?自分のことが」
気がつけば両者にらみ合い、お互いに火花を散らしはじめる。
「ちょっとちょっと!やめてったら二人とも!」
あと少ししたら大喧嘩になりそうだというところで、メアリーが慌ててとめにはいった。二匹とも、にらみあったままではあるが、しぶしぶ引き下がる。なんやかんや、メアリーのことは二匹とも好きなので、言うことを聞くのである。
ルルペは、すっかりおいてけぼりを喰らい、顔が硬直している。どうしたらいいのか分からないって顔だ。
そんなルルペに背を向けて、メアリーはチコとイブゼルに注意する。
「あのね、チコ。あたし達は遠征が近いんだから、遊んでる暇なんて無いんだよ?」
「…そうだけどさ〜」
「はっ!ごねてんじゃねぇよ」
「イブゼル!」
「はいぃっ!?」
少し小さくなるチコに、調子にのって皮肉を言うイブゼルを、メアリーが強い語調でたしなめる。イブゼルは、びくっとなって背筋を伸ばす。
「あのね、チコを注意してくれるのはいいんだけど、言い方ってものがあるでしょ?」
「…いや、でもさ…」
「でもとかじゃないよ。二人とも、仲良くしないと。仲間なんだから、あたし達」
「「いやべつにこいつとは…」」
怒られ小さくなった二匹は、互いを横目で見ながらささやかにそう抵抗した。
「ね?」
しかし、メアリーは覇気のある声でそれを押さえつけた。
頭を下げる二匹。ついさっきまで言い合いしてたとは思えないくらい静かである。
その二匹の態度を反省と捉え、メアリーは笑顔を見せた。そして、くるっとルルペの方に向き直り、謝りながら、
「お騒がせしてすみません。…嬉しいお誘いなんですけど、あたし達仕事が立て込んでるから、また今度ということで…いいですか?」
「滅相もないですよ!」
ルルペはぶんぶんと手を横にふった。体が支えきれずに体も揺れているのはご愛敬。
「ありがとう」
とメアリーは爽やかに笑ってみせて、会釈をし、それからすたすた歩き出した。ここまで終止無言だった俺も、「すみません」とだけ一言謝って、メアリーを追った。迷惑をかけた当人である二匹は、とぼとぼ並んでついてくる。もちろん、ルルペには全力の謝罪を見せていた。
…とまあ、ここらへんで、メアリーの様子がおかしくなる。というのも、鞄のなかをごそごそと確認し、次は自分の懐を探り始めたのだ。
隣にまで追い付いた俺が、どうした?と声をかけても、「いや…その…」とどこか決まり悪そうな表情を見せるばかり。…何か忘れ物でもしたのだろうか。もしかして、依頼書を…
「依頼書、失くしちゃった」
やっぱりか。
「どうしよう?シンくん…」
あくまで小声で、メアリーは俺に相談してくる。俺は後ろをちらりと見る。少しだけ離れてチコとイブゼルが、またぶつぶつと言い争いをしているようだ。別に気づかれても良いと思うが、一応俺も小声で返す。
「どうしようって…そうだな。とりあえず、どこまでは依頼書を持ってたか、思い出せるか?」
「そ、そうだね…。うーん」
メアリーは眉間にシワを寄せる。歩きながらだから、足元が少し落ち着いてない。唸りながら、だんだんその表情は険しくなっていく。彼女の頬に、冷や汗が垂れたと思いきや、メアリーは苦笑いでこう言った。
「掲示板の前にいたときまでは、持ってたよ?」
「それはそうだろうな」
当たり前だろ、ときつめには突っ込めない。そもそもメアリーをいたずらに責めても意味がない。
…が、面倒なことになったのは事実だ。ギルドの掲示板に貼られている依頼書は、ギルドのものである。依頼を受けるとき、受けたことを示すためにその依頼書を俺たち探検隊が持つことになるものの、所有権はギルドのままなのだ。つまり、失くしたとすると、それはギルドのものを失くしたとのと同じである。
もちろん、だからといって即ジバコイルさんに御用となる訳ではない。失くしたときは、ギルドに素直に謝って、失くした時の状況、依頼書の名前、探検隊名、その他もろもろを所定の書類に記入した後、探検隊連盟に書類を送る。そうすれば、連盟が依頼書を再発行、再度、ギルドにその依頼書が貼られることになる。
…つまりだ。そこまでやるのはとてつもなく面倒くさいのである。
俺は再度後ろを確認する。イブゼル達にこれといって気づいた様子はない。もっと奥にいるルルペも、ふらふら踊ってるだけだ。
「…うーん。全く記憶がないとなると、掲示板で依頼書を選んでから、ここに来るまでの間で通った場所、全部探すしかないなぁ」
「うぐ……。そう、なるよね…」
メアリーは目を細めた。しかし、はぁ、と大きくため息をついて、
「…うん。あたし、部屋のなかとか探してくるよ」
と一言。そう来るだろうと思ってたから、俺は用意していた言葉を返す。
「よし、それじゃあ一緒に探すとするか」
「ううん…。無くしたのあたしだし、シンくんに悪いよ」
「いやいや、俺たち仲間じゃんか。それくらい一緒にやるよ」
それでもメアリーは首をふる。
「その言葉は嬉しいよ。でも大丈夫。…あたし、良いこと思いついたの」
そう言って浮かべた彼女の笑顔は、申し訳なさも混じっていたが、さっきより少し明るい。
「良いこと?」
「うん。…後ろでさ、イブゼルとメアリーが喧嘩してるでしょ?」
俺は振りかえってみた。互いをにらみ合い、ひたすら口を動かしては、時おり苦虫を噛み潰したような顔をしている二匹がいた。うん、絶賛喧嘩中である。もはや俺たちのことなど眼中になさそうだ。
俺はメアリーに視線を戻した。
「でね。あたし耳が良いから、さっきから会話の内容が丸聞こえなんだけど、いつの間にかカフェの好みがどうこうって話をしているの」
「うん」
話が読めん。何を言うつもりなのだろうか。
「だからさ、あたしが探している間、三匹でルルペのカフェに寄ってきておいでよ」
「へ?」
つい気の抜けた返事をしてしまった。いや、何故そうなる。
「二匹とも、カフェに行きたそうだし…、依頼書もすぐに見つかるか分かんないしさ。だから暇潰しといっちゃなんだけど、それが一番良いのかな〜って」
「う、うーーん……」
いやいや、それでも俺はメアリーと一緒に依頼書を探すよ。って言うのが、メアリーと仲良くなるためには最善手だろう。そうするつもりではあるが、ひとつ懸念材料が浮かんできた。
…それは、このルルペのカフェでのイベント、いわゆるパッチールカフェイベントも、立派なポケダンのイベントなのである。
もちろん、パートナーが依頼書を失くしたなんてイベントは無いが、パッチールに誘われて、カフェを訪れるというイベントは、多分ゲームでは避けられないものだったはず。だから、パッチール、ルルペの誘いを断ってしまうのは、正式なシナリオとのズレを意味する。
…ん?ていうかそもそも、誘ってくるのってソーナノとソーナンスだったような…。もうこの時点でズレてしまっているのか?
いや、それは置いといて。とりあえず、シナリオ上のズレを意識するなら、依頼書の件はメアリーに任せて、俺もルルペのカフェに行くべきなのである。
「…分かった。本当に、俺も一緒に探さなくていいのか?」
言ってしまった。限りなくシナリオ優先よりの、折衷案を。
そんな俺の内面の葛藤にはまるで気づかず、メアリーは優しくふわりと笑って、
「うん。大丈夫。多分、部屋の中にあると思うし、すぐあたしもカフェに行くよ」
「もしなかったとしても、そんなに躍起にならなくていいからな。そういうときは諦めて戻ってこいよ」
「うん、分かった。」
シンくんは優しいね、とメアリーが言ってくれたが、さすがに何も言えなかった。
「…で、メアリーちゃんだけに探させにいったってわけか?」
「…うん」
「最低ね」
「そこまで言わなくても」
「いいや、最低だぜ。俺なら絶対にそんなことはしねぇ」
イブゼルは胸を張った。俺はただ、肩を落とし、頭を下げて二匹の説教を食らうしかなかった。
結局俺はメアリーと別れ、イブゼルとチコを連れてパッチールカフェに来たのである。パッチールカフェに行くことを伝えたときのルルペの嬉しそうな顔に、いくらか救われたが、やはりモヤモヤした感じは残っていた。
それを今、俺は二匹にほじくりかえされているのである。
チコが諭すような目で言う。
「…普通はね、シンくん。そういうのは男子が探しに行くもんよ」
「いやさ、俺も探しに行くって言ったんだよ」
たまらず俺は言い返してしまった。
チコの眉がピクッと上がる。あ、これ不味いやつだ。
「…言ってどうしたの?」
「……」
「…言っただけです。すみませんでした」
もう余計に反抗するのやめよう。多分主人公である俺のキャラじゃない。なんでチコとイブゼルに怒られなければならないのか腑に落ちないが、こう言うときはしおらしくするのが一番だ。
思惑通り、俺の様子を見てチコとイブゼルはいくらか納得したようだった。
チコが何か言おうとしたところで、ふらふらとパッチールが俺たちの座るテーブルにやって来た。
「おまたせしました〜!」
手に乗ったお盆のうえに、色鮮やかなジュースが乗っている。パッチールがふらふら揺れるので、非常に危ない。
「オレンとモモンとオボンの実、全部合わせたミックスドリンクで〜す!」
覇気の無いほんわかとした声と共に、ドリンクの入ったグラスが机の上にとととん、と置かれる。置かれたはずみで、ドリンクの水面が軽やかに揺れた。
わぁ、とチコが歓声を漏らす。
「あの3つの木の実を混ぜたのに、色はこうなるのね…」
チコが驚くのも無理はない。というのも、オレンの実は青色、モモンの実は桃色、オボンの実は黄色なのだが、出されたドリンクの色は、赤紫色なのである。それも深めの赤紫。なのに、ドリンク自体は透き通っており、グラスの奥までドリンク越しに見てとれる。いったいどう混ぜたらそうなるのか。
「それはですね〜♪」
機嫌良さげにパッチールは答えた。
「わたし、今日はすごく調子がよくて。皆さんにお作りしたドリンクはすべて、会心の出来だったんですよ!」
「…会心の出来?」
チコが反芻する。
そういや、そんなシステムがあったな。
「はい!会心の出来です!口で説明するのは難しいんですけど…。きたっ…!って感じがドリンクを作ったときにするんですっ!今回がまさにその時で。そんなときはドリンクが、どこまでも透き通るような美しい色合いになるんです♪」
「へぇ〜…」
説明させたのは自分でありながら、チコはすっかりドリンクの色に見とれてうっとりとしていた。それとは対照的に、ドリンクをいぶかしげに見つめるのはイブゼルである。
「言っておくが」
怪訝そうな目をルルペに移す。
「俺はそこのチコリータと違って、色だけで騙されたりはしねぇのさ。美味という美味を知り尽くしたこの舌は、そう簡単にはごまかせねぇぜ?」
ベロ、と舌をだし、指でくいくい、と指して挑発するイブゼル。お前の舌はどうかは知らないが、少なくともそのポーズは止めておいた方がいい。戸惑うルルペの表情から見ても分かるし、なんなら隣のチコの凍てつく視線から明らかなように、そのポーズは、とんでもなくダサい。
「きもい」
しまいにはチコが言っちゃってる。「あ?」とイブゼルは舌をしまい、チコの方を向く。喧嘩の流れである。
「まぁまぁ、とりあえずドリンクを飲もう」
俺はすかさず話をそらしにいく。すぐに言った効果もあって、二人はドリンクを手に持った。
するとイブゼルが再び、
「とりあえずだな。俺は味に厳しいんだ」
とのたまう。ルルペは苦笑いの表情を固まらせて、イブゼルのほうを凝視する。
得意そうに、ふん、と鼻をならした彼は、そのままドリンクに口をつけ、ぐいっと一気に飲み入れた。
ごくっごくっと喉を鳴らし、ぷはぁっと一息ついたかと思えば、またグラスを持ち上げて口許へ運び込む。みるみるうちに水かさは減っていき、あっという間にドリンクを飲み干してしまった。そして一言。
「うめぇ!!!」
気持ちいいくらいわかりやすい。
「くはぁ〜…」と幸せそうなため息を漏らしているイブゼルに、ルルペは尋ねた。
「…いかがですか?」
そこでイブゼルは、はっとしたらしい。自分がさっきまでずいぶん偉そうなことをのたまっていたことに。
不意をつかれたようにうろたえながら、慌てて態度を取り繕う。
「…ま、まあ。そこそこってとこだな」
完全にルルペの勝ちである。
「バカはほっといて、あたしたちも飲みましょ」
イブゼルの一部始終を冷ややかに見つめていたチコも、ドリンクに口をつける。こちらは対照的に、上品な飲みっぷりである。
って、他人の飲み方紹介してる場合じゃないな。俺も運ばれてきたドリンクをくいっと口に運んだ。
…!!こ、これは…っ!弾けるような舌触り、そこから溢れだす芳醇かつ濃厚な甘み…。口の中はとうにまろやかな甘みに満たされ、優しく舌を包まれていく。飲むというには、あまりに旨味が強すぎる。それでいて、ごくり、ごくりと、喉を通るころには、爽快な後味が残るのみ…。
「…うまい」
この言葉しか出てこないわけである。
前にいるチコも驚きの表情、その後は顔をほころばせながらジュースを飲み進める。
わぁ、とかうまい、とか、おいしい、とか終始歓声をこぼしながら、俺とチコもあっという間にドリンクを飲み干してしまった。
「すごく美味しいわ!」
チコが満面の笑みでルルペにそう語りかける。
「そう言ってもらえて良かったです!」
ルルペも嬉しそうに笑っている。俺が説教されていたついさっきまでとは違う、幸せそうな雰囲気に辺りが包まれる。延々と続くと思われた説教から解放された安心感も少し感じながら、俺はドリンクの余韻にひたっていた。