はみ出し者は自分だけ(ポケモン不思議のダンジョン空)








小説トップ
りんごの森と
第三十七話:手持ちぶさた
 ギルドの階段を上りきると、入り口の前でペラオが仁王立ちしていた。
 何か挨拶でもしようかと、くちを開きかけた瞬間、
 「おそい!とっくに昼は過ぎてるぞ!!」
ペラオは開口一番怒鳴り散らした。
 「うるさいわね。こっちも色々あったのよ」
チコはジト目でペラオを睨み付け、悪態をつく。そんな彼女の様子は、さらにペラオを激昂させた。が、しかし、ペラオは両羽を振り上げこそしたものの、とくにその後何もせず、そのままゆっくりと定位置にしまった。それから、すー、はー、大きな深呼吸をし、再度俺達の方に向き直った。
 客人が来る手前、今ここで怒鳴り散らして落ち着きを失うのは不味い、と思ったのかもしれない。もしかしたら、既に客人が来ていたりして、そして自分が怒鳴っているところを見られると困る、とでも思ったのかもしれない。…後者ならもう既に手遅れな気もするが。

 「なによ」
 先程の件もあって、チコは若干イライラしているように見えた。
 ギルドに入門してから間もない彼女は、つんけんとしているが、ギルドメンバーへの対応は穏やかで優しいものだった。(イブゼルは例外である)もちろんペラオに、悪態をつくこともそうなかったのである。
 故、初めてとも言うべき彼女の凄んだ目付きに、少しだけ圧倒されたのだろうか。ペラオは小さく咳払いをした。
 「と、とりあえず!まだ客人が来てないから、今回は大目に見ておいてやる!分かったら、さっ!ギルドに入った、入った」
 捨て台詞のようにそう言い残し、ペラオはそそくさとギルドのはしごを降りていった。
 「ま、まぁあたし達もとりあえずギルドに帰ろうよ」
 チコの気迫に、ペラオと一緒に気圧されていたメアリーが、チコに声をかけた。チコはまだ何か言い足りなさそうだったが、「ええ」と短く返事して、メアリーについてはしごを降りていった。そんな二匹の後ろを、ぼんやりと眺めながら、俺は疲れた足を引きずった。



 ギルドの中にはいると、弟子達は皆、すでに集合済みだった。がやがやと客人のことで盛り上がっている。誰が来るのだろう?だとか、イケメンだといいですわー!だとか、怖かったらやだな〜とか。ポジティブ、ネガティブ入り交じったさまざまな声が耳に入った。
 「あたし、ちょっと荷物とか下ろしてくるね」
とメアリーが言ったので、俺も手伝おうか、と声をかけたが、「大丈夫」とメアリーは笑って、先に部屋へと帰っていってしまった。メアリーはリバシティでかなりの量のインテリアを買ったらしい。だから荷物が重かったのだろう。チコも同じような理由で、メアリーと一緒に部屋へと戻っていった。何も買ってないので手ぶらの俺は、はしごを降りていく二匹を見送っただけだった。見送って、姿が見えなくなった後、道中二匹の荷物を持とうと言う考えにさえ至らなかった自分を恥ずかしく思った。よくよく省みてみれば、女の子である彼女達が荷物を持ち、俺は手ぶらでそのまま帰ってきたことになる。男子として最低の振る舞いをしてるじゃないか、俺。

 そんなことを考えながら、俺はうん、と伸びをした。
 今日は、疲れた。できるとこなら客人など無視してこのまま藁のベッドに倒れ込みたい。が、そんなことをしてはまた変なズレが生じてきまうかもしれない。それに、客人とは多分あいつらだろうし。

 このまま手持ちぶさたに時間を過ごすのもあれなので、誰かと話でもしようかと、皆の集まりに目をやる。と、たまたまイブゼルと目があった。
 俺に気づいたイブゼルは、ちょいちょい、俺に手招きしてきた。珍しいこともあるもんだな、と俺はその誘いに乗った。
 俺が十分近づいたところで、イブゼルが俺に聞いてきた。
「お前、今日女子二匹連れて何してたんだよ?」
どうやら俺とメアリー、そしてチコが三人で出掛けたところを見られたらしい。
 答えを求めるその顔は、何やら深刻そうである。だから俺は普通に答えた。
 「何って、みんなでショッピングに行ってたんだよ。ほら、近くのリバシティってとこ」
「ショッピングだぁ?」
 イブゼルの顔が沸騰した。眉を恐ろしいほどひそめて、こちらを睨み付ける。目をそらしたいところだが、そらせばまた何か言われそうなのでとりあえず見つめ返す。数秒、そんなよく分からない時間が続いた後、イブゼルは力なく息を吐いた。
 「……悔しすぎて、言葉がでねぇよ」
 イブゼルはうなだれた。なんか勝手に怒ったり、かと思ったら落ち込んだり。相変わらず賑やかなポケモンである。俺はさっきからいっこうに意味が分からないが。
 「イブゼルは、昼過ぎまで何してたんだ?」
別に知りたくもなかったが、この空気が嫌なので聞いてみた。イブゼルは首を重そうに上げて、こっちを向いた。
 「特に何も。中途半端にダンジョン潜るのもめんどくせぇし」
 ま、そんなもんだろうな。イブゼルが俺に怒ってきた理由も大体分かってきたような気がする。要は、彼は羨ましかったのだ。ショッピングを楽しんできた俺達が。自分は特に何をする予定もなく、時間を無駄に過ごした、という感覚があるからこそ、一見すれば有意義に過ごしたと見える俺たちに、羨んでいるのだろう。実際のところ、俺達もとんだ災難にあったわけだが。

 今度は一緒にいこうな、と俺は適当にイブゼルとの話を切り上げ、他のみんなの話も聞くことにした。
 といっても、デッパやヘイポーには、イブゼルと似たようなことを言われた。そんなにショッピングに行きたかったなら、いっそのことお前らで行ってくれば良かったのに。そう喉から言葉が出てきたが、言いとどまった。
 ちなみに、フウラにも話を聞いてみた。
 「私は、今晩の夕食の材料を買いにいってましたよ」
「ちょうど切らしてた食材があったのか?」
「いいえ、そうではなくてですね。今日は客人が来るとのことで、ペラオさんが豪勢な食事にしてほしいって言ったんですよ」
「ペラオ…。フウラも、色々大変だな」
 いつもは予算が厳しい厳しいと嘆いているのに。ギルドの面子を保ちたいという訳なのだろうか。これから来る客人は、そこまでする必要があるとは思えないやつらなんだけどな。
 「でも、私は結構楽しみなんですよ」
「え?そうなのか?」
「はい!だって、いつもは予算を気にして料理を作ってたんですけど、今回は自分の好きな風に料理できますから!」
「料理人の腕が鳴るってやつか…」
「そういう感じですね。ですから、シンくんも楽しみにしていてくださいね!」
 風鈴の体をしたフウラは、ちりん、と元気よく鈴をならしてみせた。こんなときも、朝早くから食材を買いにいったりと働き詰めな彼女だが、疲れた様子は全然見えなかった。
「うん。フウラも、いつも料理作ってくれてありがとな」
 スカタンクの件もあって、ちょっとナイーブな気持ちになっていたのだが、フウラと話しているうちに、自然と俺は日頃の感謝の言葉を言っていた。文脈的におかしかったので、フウラは一瞬、きょとんとしたが、すぐにふわりと笑って答えた。
 「いえいえ♪これが私のお仕事ですから♪」
 それにしても、お客さんって、誰なんでしょうね〜、とふわふわ浮きながら呟くフウラ。さぁな〜、と答えながら俺は少し複雑な気分になった。フウラが料理作りを楽しみにしているのを見れば見るほど、あんなやつらに食わせなくてもいいのに、と思ってしまう。客が誰かを知っているゆえの、めんどくさい感情である。もちろん、そんなもやもやは、決して顔には出さない。

 誰か降りてこないもんかな、とはしごに目をやる。もちろん、誰も降りてくる気配はない。
 「はしごを見なくても、お客さんがきたら、見張り番のトニー君が言ってくれると思いますよ?」
 そういえば、全くその通りである。…来るなら早く来てくれよ、と気持ちが急いてしまっていた。あたりのポケモン達も幾匹かは、俺と同じようにはしごを見つめては、また会話に戻ったりとしていた。皆、気になるものは気になるらしい。

 上からは誰も降りてこなかったが、下からポケモンが上ってきた。若草色のポケモン、チコである。彼女は二本の蔓を器用に使ってはしごをぴょこん、と上ってみせた。
 チコは、すとん、と華麗に着地した。部屋を一通り見渡すと、彼女もまた、上を見上げた。
 「まだ来てないのね」
「はい。まだみたいですね」
「ったく。来るなら早く来てほしいものだわ。これじゃあたし達、ペラオに怒られ損じゃない」
 チコが鋭く毒を吐いた。まぁまぁ、とフウラが優しく包み込む。
 「ま、その客人ってのが遅いせいで、俺達は間に合ったんだし、結果オーライじゃないか?」
俺は一応フォローを入れる。チコの鋭い目がこちらを刺した。あれま、失言だったか?俺は心の中で身構えた。…が、チコは何も言い返さず、それどころか目を少し伏せ、はぁ、と息をこぼした。
 「…シンくんって、結構プラス思考なのね」
 チコは俺を横目で見て、ボソッと口をつくように言った。俺に向けられていた視線は、すぐに俺からそれる。別に俺の返答を期待しているわけでもないらしい。
 別に俺はプラス思考ではない。旗から見ると確かにそう見えるかもしれないが、どちらかというと逆である。しかし、主人公の設定的に、俺がマイナス思考であってはならない。故、プラス思考の主人公でいるのである。そもそも、遅れてくる客人に一番腹を立てているのは、おそらく俺だ。俺は、やつらの本性を知っているのだから。
 「そう考えたほうが楽だってだけさ。……それよりも、メアリーはまだ部屋にいるのか?」
 これ以上続くとどんどんチコが愚痴を言いそうなので、話を変えるがてら、質問してみた。
 「多分そうじゃないの?あの子、あたしより多く買い物してたし」
 「そんなに買ってたのか…」
 メアリー、リバシティに来たときはしゃいでたからな〜。俺たちの寝床の狭さを考えずに色々買ってしまったのかもしれない。とすると、今ごろは荷物の整理に手間取っている…ということになる。そのまま整理できずにごちゃこちゃになって、気がつけば客人はもう来てて…そしてペラオにまた怒られて…。考えれば考えるほど嫌な予感しか出てこない。そうなると、だんだんメアリーのことを気にせずにいられなくなってきた。

 「ちょっと俺、様子見に行ってくる」
俺はチコとフウラにそう言い残し、下のはしごに手をかけた。




 

 





■筆者メッセージ
今年もあと一ヶ月を切りましたね。年内にあと四話投稿できれば上出来でしょうか。受験も大詰めって感じなので言い感じの頃合い見つけて頑張ります。
〜分かったこと〜
シン…紳士にあらず
メアリー…荷物整理中らしい
チコ…いらいらいら
フウラ…楽しみ♪
つらつら ( 2017/12/07(木) 23:50 )