第三十五話 買い物と
「すごい……ポケモンがいっぱい…」
大きな建物がいっぱい並び、トレジャータウンとはくらべものにならない大きな道を、たくさんのポケモン達が歩いている。土で整備されただけのトレジャータウンの道とは違った、石造りの立派な道。建物も、レンガ造りで、二階建てのものが多い。その種類はさまざまで、近くの建物では、扉が開かれていて、白いコック帽を被ったワニノコが道行く人たちに呼び掛けている。扉の前にはパンの絵が描かれた看板もあるし、たぶん、パン屋なんだろうな。あっちの建物の二階にあるベランダでは、ガルーラが顔を出していて、道の下のポケモンと何やら話しているよう。
そう、今あたし達は、リバシティへショッピングに来ているのだ。トレジャータウンから歩いて10分くらい。結構すぐに着いちゃった。
辺りでは始終ポケモンの話し声が聞こえるし、聞こえすぎてガヤガヤとしか分からないくらい。 歩いていても、すぐだれかとぶつかりそうになる。あたしは種族上背が低いから、ずっと上を見ながら歩かなきゃならなかった。これは隣にいるチコも一緒みたいで、というか、チコはあの大きな葉っぱがさっきから通りすぎるポケモン達に当たりまくっていた。
歩くのにも苦労するこの街だけど、あたしの足取りは軽かった。高く伸びていく建物に囲まれて、それを見渡しているうちに、あたしの気持ちも高ぶっていた。まるで、足元と気持ちが一緒になって浮いてるようだった。
「なんか…楽しいね」
あたしが歩きながらそう呟くと、隣を歩いていたシンくんの声が上から降ってきた。
「んー、そうだなー。賑やかって感じ」
答えるシンくんはキョロキョロ辺りを見回しながら歩いていた。小さいけど、なんか歓声的なのをあげているような気がする。シンくんも、やっぱりワクワクしているのだろうか。
歩いていると、ポケ混みに紛れて大きな噴水のようなものが見えてきた。どうやらあそこには広場があるらしい。歩きながら少し背伸びをして、広場を確認したチコが、ポケ混みの雑音にかき消されないように、ちょっと大きめの声で言ってきた。
「あの、噴水広場で、一回作戦会議といきましょ!」
「はーい」
はずむ胸のわくわくに包まれて、あたしは元気よくそう答えた。
広場は少し休憩所みたいになっていた。といっても、別にそういった施設があるわけでもない。ポケ混みに包まれて疲れたポケモン達が、噴水の近くのベンチで座っておしゃべりしたり、休んだりしているのだ。
あたし達も噴水のすぐ近くまで移動して、いったん足を止めた。
「よし!」
三匹噴水のもとに集合したのを確認して、チコは頷いた。
「とりあえず、この街の説明をするわ。はい、地図」
チコは体から蔓を伸ばし、器用に背中のバッグを開けた。ごそごそとバッグのなかを探す。すると、バッグの中から三枚の地図が、丸まった状態で取り出された。チコはそれを蔓でもったまま、一枚ずつあたしとシンくんに配って、もう一枚をそのまま蔓で広げてみせた。
「地図を見たらわかると思うけど、この街、広場を中心に、そこから八本、大きな道が伸びてるでしょ?」
「うん」
「一本、一本に、大体の扱っている機能ってのがあってね。商店街になってるのは…ほら、この三本よ」
チコは器用に自分の持っている地図をあたし達の方に見せて、他の蔓で三本の道を指して見せた。確かに、他の道にはカフェだとかが並んでいる場所もあるけど、この三本は何かを売っているお店ばっかりだ。
「一本は、ファッションとか本のコーナーね。もう一本は、インテリアや雑貨、最後の一本には、あまりジャンル的なのはないわ。いろいろよ」
「あたし、このインテリアや雑貨のとこに行ってみたいな〜。シンくんはどう?」
「うーん、俺、カフェとかに行ってみたいかもしれない」
シンくんは頭をかきながら言った。確かに、並んでいるお店の種類とか見てみると、シンくん向けっぽいのを売ってるのは無さそうだった。どちらかというと大体女の子向けだし。本とかはシンくん好きそうだから、勧めてみたけど…しまった、シンくんは字が読めない。
チコは「ま、それもいいかもしれないわね」と頷いた。
「それじゃ、あたしとメアリーはインテリア街に行くとして、シンくんは飲食街に行ってみるといいわ。ほら、あっちよ」
チコは自分の後方を蔓で指差した。その先に、ちょうど道が一本のびている。
「あっちだな。ありがとう」
「でもシンくん、文字読めないんじゃ…」
「うーん、まあそうなんだけど。注文くらいはなんとかなりそうかなーって。店員に聞いたりはできるし」
シンくんはそう言うと少しだけ笑った。チコは、シンくんが文字を読めないことを今知って、「え!?」と少し驚いたけど、「やっぱりシンくんは面白いわね」と笑い飛ばした。
「ま、とりあえずお互い昼前にはここに集まるようにしましょ。もう、結構経っちゃってるんだけど、それでも十分時間はあるし」
そう集合を約束して、あたしとチコは、シンくんと別れて行動することになった。
シンくんもついてきたらよかったのに、と別れてから少しは思ったけど、それ以上にショッピングが楽しみだったのでそこまで気にはしなかった。
シンくんと別れて、あたし達はインテリア街にやって来た。街の建物はよりいっそうお洒落で、あたしは歩きながら建ち並ぶ建物に見とれていた。よく見たら、歩いているポケモン達もなんだかキラキラしてる。スラッとした胴体に、ベレー帽が映えるルカリオや、可愛らしいシュシュをつけたチラーミィとか、インテリア街のポケモンは、おしゃれなポケモン達ばっかりだった。
そんなポケモン達に囲まれていると、ちょっとだけ心が縮こまってしまう。なんだか、あたしだけ場違いな感じがすごくするのだ。
「あんた、もっと自分の容姿に自信を持ちなさいよ。あんた、結構というか、かなり可愛いんだし」
「うぅ…。いいよ、そんなに励まさなくても…」
「別に励ましてないわよ」
チコは凛とした様子でそう言い放ち、あたしを無視して前へと足を進める。横にいたあたしはその早足に慌てて着いていくのだった。
最初に入ったお店は、部屋のインテリアのお店だった。街角にあったそのお店は、レンガ造りの家が多い中、木造が中心のシックなお店だった。ガラスが少しだけ張っていて、その上に小さな看板がかかっていた。ちょっと大人な感じが漂うお店だった。
でも、中に入ってみるとそこいるのはあたしくらいの年頃の女の子ばかり。お店の中に配置された大きなインテリアや、棚にのっているお洒落な小物を見ながらあれこれしゃべっている。
これが、今時の都会の女の子なのかぁ。なんて感じながら、あたしはただチコの後ろを着いていくのだった。
最初は、チコが勧めるのをうん、うん、とうなずくだけで、ちょっとだけ緊張してたんだけど、だんだんあたしも慣れてきて、自分で選ぶようになってきた。
「あ、これかわいい」
「そう?あたしはこっちの方が好みよ」
なんて会話を挟みながら、あたし達は最初に入った店以外にも、いろんな店をまわっていった。入るだけ入って、品物を物色してそのまま次の店に移動することもあったし、逆に一つの店で三個くらい買ったりもした。
太陽が高く上がり、日差しが強くなってきたなぁ、と感じたときには、あたしのトレジャーバッグはパンパンだった。小物ばっかり買ったとはいえ、よく入ったな〜と思うし、そもそもよく買えたな〜とは思った。
それだけ何も買ってなかったってことかな。
「ふぅ〜。いい買い物したわね。もう、お昼になっちゃった」
チコも満足そうに息をついた。彼女のバッグは、あたしほどではないけれどパンパンだった。
「多分、シンくんを待たせちゃってるわね。広場まで急ぎましょ」
「そうだね」
意見が一致したあたし達は、重たいバッグを背負って広場へと向かった。
……のだけど、あたしは、歩いている途中で立ち止まった。
前に、あいつらがいた。海岸で、あたしから大切な宝物を盗もうとしたポケモン達。名前は忘れたけど…ドガースと、ズバットだ。
隣を歩いていたチコは、あたしが突然止まったことに驚いた。
「あれ?どうしたの?」
「いや…」
あたしは言葉を濁して、うつむき加減で歩いた。
だけど、どうやら前を歩いて来たやつらはあたしに気づいたらしい。嫌な笑いを浮かべて、こっちの方に向かってきた。
あたしは、それでもあえて気づかないふりをして、無視して通りすぎようとした。けれど、あいつらはしつこかった。
「へへっ。あれぇ?どこぞのイーブイちゃんじゃねぇか」
「そんなとこで何してんだ?」
相変わらずからかう気まんまんであたしに声をかけてくる。
「別に。何だっていいでしょ」
あたしは、ぶっきらぼうに答えた。
「ここはお前みたいな弱虫が来るようなとこじゃねぇぜ?」
「ギャハハハハ!!」
ドガースとズバットは道路のど真ん中で大笑いした。道行くポケモン達も何人かあいつらのほうに目をやっている。
あいつら、あたしが臆病だから言い返せないと思ってる。バカにしないでほしい。何か言い返してやろう。だって、そもそも都会に行くことと、あたしが弱虫だってこと、全然関係ないじゃない!!
「あのね…!!」
「ちょっと」
文句をいいかけたあたしを静止するように、前へ歩みでたのはチコだった。
ドガースとズバットからしてみれば知らないポケモン。けれど、とりあえずあたしの友達だってことは分かるから、「なんだよ」と悪態ついて対応する。
そんな二匹に、チコは高めの声色でこう言った。
「雑魚の癖にあたし達に話しかけないでくれる?面倒なんだけど」
二匹のにへら笑いが一瞬で消えた。
「な!?」
「てめぇ、なんつった!?」
うろえたえたというか、いきなり余裕の態度を失った二匹。ドガースは丸い体をぶくぅ、と膨らませ、ズバットは羽をばたつかせた。自分達が弱いと言われるのに、妙に敏感だ。
そんな二匹の様子を楽しむように、チコは澄ました顔で続ける。
「雑魚って言ったの。聞いたんだけど、あんた達、自分でメアリーにちょっかいかけといて、あっさり返り討ちにされちゃったらしいじゃない。あんた達が、メアリーを弱虫って言えるとは思えないんだけど?」
「なっ!?なぁ……っ!?」
図星だ。ズバットが言葉を失う。もっと言ってやれ、あたしは心のなかでチコを応援した。過激なチコの言葉は、なんだか妙に危なっかしい感じもするけれど、それ以上に爽快だった。
悔しいけど、あいつらの言う通りあたしは臆病だし、チコみたくあんなにはきはきとものを言えない。
「ふん!あの時はアニキがいなかったんだよ!」
ドガースが反論した。アニキって…誰だろう?よく分からないけど、チコはニヤリと笑みを浮かべた。
「ってことはやっぱり、あんた達は、アニキってのがいないと何もできない雑魚なのね」
二匹は口を揃えて文字どおりはっとした。墓穴を掘るとはまさにこの事だ。何もしてないあたしだけど、してやったり、と心の中で呟いた。
その時だった。刺すような刺激臭が、あたしの体を震え上がらせた。
何…この臭い?くさい。気持ち悪い。お腹が嫌に締め付けられるようないやらしい不快感と、頭をガン、と殴り付けられたような痛烈な衝撃に襲われたような、この感覚。
思わず眉を潜める。そんなあたしとは対照的に、ドガースとズバットはさっきまで悔しそうだった顔を、ぱぁっと晴れ渡らせた。
「アニキ!!!!」
高らかな声をズバットがあげた。アニキ?ちょっと顔をしかめたチコが、すっ、と後ろを振り返った。あたしも、一緒になって後ろを見る。
あたし達の目線の、少し先に、そのポケモンはいた。
紫色の体。クリーム色の、リーゼントみたいな前髪。四足歩行で、大きい体をのし、のし、とこちらへ向かわせてくる。スカタンク。確かそんな名前だったと思う。特徴は…言うまでもない。
スカタンクだと分かってしまったことが、その臭いをさらに強烈なものにさせてしまったかもしれない。スカタンクが、一歩、一歩と、こっちへ歩んでくるたびに、鼻が破裂しそうになる。
そしてついにスカタンクは、あたし達の目の前にまで近づいた。あたしは、下唇を噛みながら、その臭いにこらえながらスカタンクのことを見た。けれど、スカタンクは、あたしのことなど気にもしない様子で、ずんずんとそのままあたしとチコの間を通りすぎた。
「よぉ、お前ら」
「「アニキ!」」
二匹は嬉しそうにスカタンクのことを呼んだ。スカタンクはニヤリと笑って、あたし達の方を振り向いた。
「なんだ?こいつらは」
「アニキ、あいつですよ。ほら、前の海岸の洞窟で…」
「あぁ、お前らが負けたやつか」
「それを言われると辛いですぜ…」
「事実だろ。それよりも…」
スカタンクは、ぐい、とあたしの方に顔を近づけた。あたしは悪臭に鼻がもたげそうになりながら、スカタンクを睨んだ。
「お前が、例のイーブイか」
「…うぐ」
臭すぎて、うまく言葉が出てこない。それに、怖い。せまりくるプレッシャーに、押し潰されそうになる。
「うちの弟分達が、世話になったな」
礼はたっぷりさせてもらうぞ、とスカタンクは悪どい笑みを浮かべる。あたしは恐ろしくて言い返せなかった。そんな中、
「ねぇ、あんた」
チコが、あたし達の間に割って入ってきた。スカタンクの顔がチコによって妨げられると、あたしは弾かれるようにその場から一歩、後ずさった。いきなりの割り込みで、調子を崩されたスカタンクは、当然いい気がしていない。
「なんだぁ?てめぇは」
今度はチコの方を見て、睨みと臭いですごんで見せた。けれどチコは、さっきと違って眉ひとつ歪めない。
「あんたこそ、いきなりレディに顔を近づけるなんて何様のつもり?普通に、変態よ」
ぴくっと、スカタンクの眉が動いたように見えた。クリーム色のリーゼントが、そわそわと動きたつ。チコはそんな様子を気にせず続ける。
「あとね、その臭い。どうにかしてくれないかしら?さっきから臭くってたまんないの」
チコの弾丸トークを受けて、一番表情を変えたのはドガースとズバットだった。彼らは恐る恐るスカタンクの方に目を向ける。あたしも、さっきまでは「もっと言え〜」だなんて思ってたけど、さすがにちょっとビクビクしていた。だって、このスカタンク、とっても強そうだし、怒ったらすっごく怖そうだもん。
でも、当のスカタンクはと言うと。
「クククッ……」
目を伏せたまま、そのまま突然笑いだした。
予想と違う反応に、チコは思わず怪訝そうな顔を浮かばせる。
決して大きな声ではなく、あくまで噛み殺すような笑い。
妙に不気味な感じがある。あたしがそう思ったのとほぼ同時に、スカタンクが突然その顔をあげた。
「そこまで言うなら、覚悟できてるんだな、お前」
空気が変わった。ばぁっ、とスカタンクが身を乗り出した。あたしはちょっと身が引けたけど、それでもチコは怯まなかった。小さな体をめいっぱい大きく見せて、スカタンクに張り合わんばかりの勢いだ。
…ヤバイ。ぴりぴりとした二匹の空気が、あたしの毛を強ばらせる。
どうしよう。…喧嘩、なんて可愛いものですむのだろうか。さっきの笑いよう、そして今の態度といい、スカタンクは絶対にヤバイやつだ。
ズバットとドガースもその危うい空気を敏感に感じ取っているみたいで、「アニキ…」と小さい声でささやいている。けれど、スカタンクは反応しようともしない。
…張り詰められた緊張の糸は、今にも切れそうな勢いだった。
ともすればスカタンクはその臭いを爆発させて、チコはソーラービームを放ちそうだった。
そんなとき。
「おーい、メアリー、チコー!!!」
シン君の呑気そうな声が、遠くから聞こえてきた。