第三十三話:二つの知らせ
チコが加わったおかげで、次の日から、あたし達の仕事はとってもはかどるようになった。なんやかんやで彼女が来るまでもいつも毎日3件は以来を解決していたけれど、彼女が加わってからは毎日五件は余裕だった。
基本はあたしとシンくんとチコの三匹で、依頼を達成するようになった。時々イブゼルを誘って四匹でダンジョンに潜ったりもしたけど、その時はたいてい賑やかだった。
まず、イブゼルとチコはあのとき以来すっごく仲が悪い感じになった。ちょっとでも話すようなことがあればすぐに技が飛び交う喧嘩になる。大体チコが圧勝するんだけど。そんな喧嘩が起きると、いつもあたしとシンくんは蚊帳の外に放り出される。ま、二匹で笑いながら見てるんだけどね。
とりあえず、あたし達チームリユニオンは順風満帆だった。三匹or四匹の冒険にもだんだん慣れてきた。そんな時…
「今日は、良い知らせと、悪い知らせがある」
朝、何時ものように皆が集まったところで、ペラオは皆にそう言った。みんな、少しざわつく。あたしは、隣にいたシンくんと顔を見合わせた。シンくんは首を傾けるだけだった。シンくんも何を言われるのかは分かってないらしい。
ざわざわする空気の中、ペラオは大きく一つ、咳払いをして言った。
「ごほん。静かにしないか。…で、どっちが聞きたい?良い知らせと、悪い知らせ」
また少しざわついた。その中で、次に話しだしたのはヘイポーだった。
「ヘイヘイ!そんなの決まってるぜ!良い知らせだ!朝っぱら早々気分を悪くはしたくねーぜ」
「よし分かった。じゃ、良い知らせから言うとしよう」
みんな、特に異論はなかった。ヘイポー以外、良い知らせと悪い知らせ、どっちも聞くならどっちからでも良い派だったらしい。
かくいうあたしは、どっちかというと良い知らせでハッピーになりたい派だったから、ちょっとだけヘイポーナイスと心の中で感謝した。
皆が静まったのを確認して、ペラオは話し出した。
「よし、実はだな。近日中に、遠征を行おうと思っている」
ペラオがそう言った瞬間、あたしとシンくんとチコ以外の全員が沸き立った。わぁぁ!と歓声が上がり、一気に場のテンションが高まっていく。
なにがなんだか分からない。あたしはまたもシンくんと顔を見合わせた。シンくんも、ちょっと戸惑ったみたいな感じでまた首をかしげた。チコの方は、なんだかニヤリと笑っている。そしてその隣でイブゼルが嬉しそうに唸っている。
ちょっとだけ注意して、騒ぐみんなの小江をきいてみると、「楽しみですわ〜」とか、「今度はどこにいくんだろう!」とか言っている。
あ、そうか。「遠征」に反応してるのか。…とあたしはやっと気づいた。けれど、そもそも遠征が何か分からない。だいぶ気になってきたので、もういっそのこと前にいたデッパに聞いてみた。
「ねぇデッパ。遠征って、何?」
こっちを振り向いたデッパは、なんでか泣きそうになっている。デッパは、涙ながらに話してくれた。
「ギルドのみんなで、遠い秘境を探検するんでゲスよ!いつもは数匹だけで探検するからあまり遠くへはいけないんでゲスけど、遠征は、ギルドを挙げて探索に乗り出すんで、誰も行ったことのない場所も冒険できて、いろんな発見をしたりするんでゲス。とりあえず、めっちゃくちゃ楽しいんでゲスよ!」
「す…すごい…」
いつになく早口で、饒舌に話すデッパの勢いに、あたしはちょっと押された。けれど、デッパの言葉を頭で解きほぐしていくうちに、だんだんそのすごさが分かってきた。
「すごいよそれ!ね!シンくん!」
あたしはシンくんにそう呼び掛けた。シンくんは「そうだな」と短く返事しただけだけど、その表情は笑顔だった。シンくんも、楽しみなんだろうなぁ!
そんなこんなで騒がしくなったあたし達ギルドメンバーを前に、さっきから「静かに」って穏やかに制していたペラオの、我慢が限界に達した。
「てーい!静かにしないか!!!」
ペラオの甲高い、迫力ある怒号にあたし達は一斉に静かになった。ところどころぶつぶつとささやいたりもしたけれど、ペラオが凄むと静かになった。
羽をばっと広げて威嚇するような姿勢をとっていたペラオは、静かになったのを確認すると、羽をしまい、こほんと一息たてた。
「はやる気持ちも分かる。だが、この遠征はギルドの名を背負ったれっきとした仕事だということを忘れるんじゃないよ。それと、遠征にはギルドの弟子全員がいけるわけじゃない。日頃の働きぶりを見て、遠征につれていくに値する優秀な弟子達を親方様がお選びになる。だから、遠征に行きたいなら、よりいっそう仕事にせいを出すんだ。分かったね!」
「おーーー!」
ペラオの激励に、みんなは右手を挙げて応えた。「頑張るぞ!」「絶対に選ばれてやる!」ってみんなやる気に満ち溢れている。ギルドはペラオが怒る前よりも、騒がしくなった。
ていうか、あたしも黙ってはいられなかった。
「優秀な弟子達かぁ……。あたし達、選ばれるかなぁ」
「いつも通りにやってれば大丈夫さ。プクリル親方も、きっと選んでくれる」
シンくんは、穏やかにあたしを諭した。…んーたしかにそうなんだけど、、、
「でもやっぱり…不安だなぁ」
「何へこたれてるのよ、メアリー。気合いよ、気合い!びびってちゃ始まらないわ!」
「別にびびってないけど…」
シンくんとは逆にテンションマックスでチコはあたしに話しかけてきた。まだギルドに入ってきたばかりのチコだけど、遠征に選ばれる気満々だ。ちょっとだけ、言ってることがずれているような気もするけれど。
「はーい!静かに!いちいち騒ぐんじゃないよ!」
テンションが高まりすぎて収まりが効かなくなったあたし達に、ペラオはもう一回怒鳴りちらした。
怒声を聞いて、あたし達はまた黙りコクった。さっきみたく、ぶつぶつ言ったりもしたけれど、例のごとくペラオの凄みにかき消された。
「うー…ごほんっごほっ!あーあー♪」
大声を出しすぎて喉が疲れたペラオは、大きく咳払いして、喉の調子を確認した。
「よし、次。悪い知らせだ」
ペラオの言葉に少しだけ場がざわついた。遠征に気をとられて、あたしもすっかり忘れてた。そうだ、悪い知らせもあるんだった。
「静かに。うん、静かに。よし、悪い知らせというのはだな…単刀直入に言おう」
一呼吸おいて、ペラオは言った。
「……時の歯車が、また盗まれたらしい」
「なんだって!!?」
今度も、第一声はヘイポーだった。その声をはじまりに、場も一気にざわついた。
「静かに!…驚くのも分かるが、とりあえず話を聞くんだ」
ペラオの制止に、みんな、動揺しながらも耳をかたむけた。もちろん、あたしも驚きを隠せなかった。いろいろ考えはめぐったけれど、とりあえずペラオの話を聞かなきゃ始まらない。
「今回盗まれた場所は、東にある名もない森の奥地らしい。盗まれた時の歯車は、キザキの森に続いて、二つ目になる」
「犯人は、またしてもあのジュプトルだ」
ペラオはゆっくりと、それでいて低い声で言った。
「なんで犯人の顔も分かってるのに、捕まえられないんだぁ!!!」
ドゴンが大きな怒号を飛ばす。
また、ジュプトルか。あたしは手配書の顔を思い出した。なんで、そんなことをするんだろう。時の歯車を盗んで、なんのメリットがあるというのだろう。
シンくんは、顎に手を添えながら何か考えるしぐさをしていた。シンくんには前、時の歯車についてちょっとだけ話をしたけれど、やっぱりまだ実感がわいてないのかもしれない。
ペラオは続けた。
「とりあえず、現段階では警察に一任することになっている。私たち探検隊は、ダンジョン以外でお尋ね者をとらえる権利がないからな」
ペラオの言葉に、皆、悔しそうな表情をする。
そんなみんなを見て、ペラオは威勢よく言った。
「でも!親方様がこの状況を黙っていることはない。これ以上事態が悪化するようなら、我々プクリルギルドも勢力を挙げて捜査に乗り出すとおっしゃられた!だからみんな、とりあえず、日頃の仕事を第一に心掛けるように!」
ペラオが羽をばっと広げた。ペラオの言葉に、ちょっとだけだけど場の雰囲気が活気を取り戻した。そして、
「ということで、みんな今日も元気に、頑張ろーう!」
さっきまでペラオの横でずっと無言のまま立って(眠って)いたプクリルが、右手を振り上げ、ほんわかした様子でそう言った。
「「「お、おぉぉーーーーーー!!!」」」
いきなり言われたもんだからちょっと調子がくるったけど、それでもみんな、息を合わせて掛け声をあげる。
いつもと違った朝礼は、いつもとちょっとだけ違う掛け声で締め括られた。
…楽しみな気持ちと不安な気持ち。いろんな気持ちが混ざってごちゃごちゃしたりもするけれど、気にしたって仕方がない。
あたしはうーん、と伸びをした。
今日もいい日になったらいいな。