第三十一話:夜の話
「では、新しい弟子であるチコも加えて…」
チコが戻ってきて、ちょうど夕食の時間となった。新しい弟子の登場にガヤガヤと騒ぎたつ弟子達を前に、ペラオは大きな咳払いをひとつした。
相変わらず騒がしいままだけど、一応皆がペラオの方に目をやると、ペラオは大きな声で言った。
「いただきまーーーーーーーす!!!!」
「「いただきまーーーーーーーーーす!!!!」」
いただきます、といったそのあとすぐに、新メンバーであるチコのもとにポケモン達が集まった。その大半は女子で、チコに自分の自己紹介とかをしている。
チコはニコニコしながら彼女達の話に耳を傾け、時折笑ったり、突っ込みをいれたりする。ちょっと、あたしは彼女と離れた位置に座っているから、何を話しているのかはよく聞き取れないけれど、周りの反応や、その表情から、楽しそうな会話をしていることは明らかだった。
話上手だけでなく、聞き上手でもあった彼女には、話の輪の中心になるのに時間はかからなかった。キマルンなんか、自分の席を立って、木の実だけ持って彼女の側によっていた。キマルンが興奮して席を立つと、いつも怒って注意するペラオも、今日は特に何も言う様子はなかった。親方様の横でオレンの実をかじりながら、「今日はいちだんとご飯が美味しいな!」とデッパに機嫌よく話していた。
いつも明るいギルドの夕食は、今日はいちだんと会話がはずんだ。
あたし達が入ったときも、周りのポケモンから見たらこんな感じだったのかな。あの時は、とりあえず自分のことばっかに必死だったから、あんまり周りのことが見えてなかった。けれど、こうしてギルドの一員として迎える側になってみると、周りの様子がよく見えた。これが、慣れってものなのかもしれない。
チコは、何の話をしているんだろう。あたしの親友だった、なんて言ってるのかな。そう言われてるとすると、ちょっと困るといえば困る感じもしなくない。だってあたし、覚えてないし。
そんなあたしの視線をよそに、チコが大笑いした。というか、いつの間にか体から蔓が伸びている。いつ、どうしてだしたんだろう。
「気になるのか?」
横からシンくんの声が飛んできた。どうやらあたしがずっとチコの方を見てたことに、気づいていたらしい。そういえば、あたし、見てばっかでまだオレンの実一個しか食べてない。
「まざってこいよ。今日はペラオ、席立っても怒らなさそうだし」
シンくんなりの気遣いだろうか。別にそう言うわけじゃ、と言う気はしなかった。というか、シンくんの言葉はあたしのしたいことにドンピシャだった。
「ありがとう」
少し、離れるのはシンくんのことを思うと抵抗があったけど、あたしはシンくんの言葉に甘えてチコの席に向かった。
チコの周りにできた輪の中にあたしが顔を出すと、チコと目があった。あっ、とあたしに気づいたチコは、
「あ!メアリー!良いところに来たわね!ちょうどあんたの話をしてた頃なのよ」
と言った。周りの皆もあたしの方を見て口々に「メアリーって、チコとしりあいだったの?」と聞いてくる。やっぱり言ってたかー。
あたしは、そのまま、輪の中に引き入れられた。入る途中、ちらりとシンくんの方を見た。シンくんはシンくんで、隣にいたレレグと話していた。あたしはちょっと、安心して、チコ達との貝和に戻った。
夕食が終わって、皆はそれぞれ自分達の部屋に戻った。ペラオはチコを新しい部屋に案内するために一緒に帰っていった。さっきチコの部屋は決めておいたんだけどな〜。なんて思いながら、あたしはシンくんと一緒に部屋へと戻った。
部屋に戻るやいなや、二匹一緒に藁のベットにぼふん、と倒れこんだ。
部屋の明かりは二匹のベッドの間におかれたランプだけで、揺らめく明かりが、あたしとシンくんの顔を照らしていた。二匹とも、ランプをじっと、見つめていた。
多分、こういうのはまれだった。
普段は、部屋に戻ってベッドに寝転ぶとすぐに、あたしはシンくんに話しかけていた。1日1日がたのしいことの連続で、話したいことがたくさんあったからだ。
今日ももちろん、色んなことがあった。シンくんから初めて冒険に誘ってくれた日だし、なによりチコが仲間に加わった。話すことには尽きない夜のはずだった。
けれど、なぜか言い出す言葉が見つからなかった。
「疲れたなぁ」
シンくんは、独り言のような、けれどあたしに返事を求めるように言った。
「疲れたね」
あたしは返した。
「今日は、ありがとう」
「え?何が?」
「何って…、でんきだまのことだよ。俺が欲しかっただけなのに、付き合ってくれたじゃないか」
でんきだま。そういえば、今日あの森に行ったのは、それが目的だった。
仲間だから当たり前だとあたしは思ってたんだけど、シンくんは真面目に頭を下げた。
「ふふ、そんなにかしこまらなくてもいいよ。シンくんにはいつもお世話になってるし、ほら、パートナーとして、当たり前のことだと思うよ」
あたしはそう言ってにっこり微笑んで見せた。シンくんは顔をあげて、口許を緩ませた。
「ありがとう。今度はさ、メアリーの頼みを俺が聞くよ」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、すごいお願い、考えておこうかなぁ」
「はは、覚悟しとくよ」
ちょっといたずらっぽく笑ったあたしに、シンくんはほっとしたような笑いをこぼした。
そこからまた、言葉がなくなり、あたし達は再びランプに視線をおとした。ランプを中心として、そのまわりを揺らめく光のかごは、少し、その明るさを失っていた。
一一シンくんのこと、どう思ってるの?
あたしはあの時の、チコの言葉を思い出した。
あの時、なんであの質問にあたしはこたえられなかったのだろう。
沈黙の中で、その理由を考えてみても、答えは出てくる気がしなかった。
「チコがさ」
今度はあたしから、シンくんに話しかけた。
「うん」
シンくんはこっちを向いて返事した。
「今日、仲間になったじゃない?」
「そうだな」
「なんだか、あたし、やっぱり前に会ったような気がするの?」
「というと、チコのこと、思い出したのか?」
「ううん」
あたしは首をふった。
「そうじゃなくてね。なんかこう、チコが話す姿を、どっかでいつも見ていたような気がするの」
あたしがそう言うと、シンくんはちょっとだけ眉をひそめた。寝ながらだけど顎に手をやって、考えるそぶりを見せる。
正直に言うと、自分にも何を言っているのか分からなかった。
目を少し下にやり、考えるシンくんの顔が、ランプの光の中で揺れている。静かな沈黙の中に、シンくんの悩む声だけが溶け込んでいる。
ちょっとして、シンくんが目を伏しながら言った。
「メアリーもちょっとした記憶喪失なのかもしれないな」
「いやいや」
あたしは笑った。
「シンくんじゃないんだから」
「でもほら、チコのことだけ忘れる記憶喪失とかかもしれないし」
シンくんの言葉に、あたしはちょっと考えて、
「うーん、そう言われると、そうかもしれないけけど…」
あたしが納得しかけてるのを見て、シンくんはさらに続けた。
「俺と違って、普通に記憶がある分、記憶喪失の自覚がないのかもしれないし」
「そうなのかな〜」
そう言いながらあたしはシンくんから目をそらして、ランプの方を見た。相変わらず、ランプは灯りをともし続けてる。暖かい光が、瞬きながらあたしの前足を照らしていた。
…記憶喪失。ちょっと頭にひっかかる。シンくんも、記憶喪失だ。記憶喪失で、元人間。あたしもだいぶ変なことがあるけれど、シンくんはさらに状況が複雑だ。
あたしは、思い出すように言った。
「そういえば、シンくんは全部記憶がないんだよね」
「え?」
シンくんは、固まった。まるで不意を付かれたような表情を見せる。
「うん、いや、そうだけど…」
ちょっとして、返ってきた返事は少し濁ったみたいだった。シンくんは、伏し目になりながら、続けた。
「よく分かんないんだ。思い出そうとしても、頭がいたくなるばかりで…」
シンくんは頭をかいた。間にあったランプの光が、シンくんの顔に差して、少し影を作っていた。
「ごめん、変なこと聞いちゃったね」
あたしは謝った。シンくんはそれを慌てて否定する。
「いやいや、メアリーが謝る必要なんて全然ないよ」
シンくんは続けた。
「前にも言ったと思うけど、俺、メアリーにはすっごく感謝してるんだ。こんな俺を、探検隊に誘ってくれて」
「だからむしろ、ありがとうって言いたいくらいなんだ」
シンくんは、あたしの目を見て言ってくれた。あたしは思わず、目をそらしてしまった。
ばつが悪い。折角あんなこと言ってくれたのに、っていうか、そもそもあたしがまいた種なのに。
「なんか、恥ずかしいよ」
そう言ってあたしは、目をそらしながら笑うことしかできなかった。なんだか決まりが悪いので、あたしはそんな気持ちを押し隠すように続けて言った。
「今日はもう、寝ようか」
「…うん。そうだな」
シンくんもゆっくり、返事した。
なんで、今日はいつもと違って、こんなにシンくんと話すのに違和感を感じるのだろう。シンくんの言葉が、どこか遠いところで聞こえてくるのは、なんでだろう。
優しい、シンくんの言葉に、目を合わせて答えられなかったのは、なんでだろう。
なんか今日は、モヤモヤする。
二匹になるまではこんな気持ちはなかったのに。
シンくんの、方を見る。シンくんはあたしの方を向いたまま、目をつぶっていた。多分、あたしがランプを消すのを待っているのだろう。いつも、あとに寝るのはあたしだから。
今日は、考えるのはやめにしよう。
そう思って、あたしはランプの光を消した。