第二十六話:ほたるの森
「そういえば、なんでこの森を探検したいと思ったの?」
森の中を歩きながら、メアリーが聞いてきた。
そういえばいってなかったな。いま俺たちが歩いているこの“ほたるの森”。夜になるとたくさんのホタル、そしてイルミーゼとバルビートが飛び交う美しい情景が楽しめる森である。が、昼は特に普通の森と変わらない。普通の木々に普通の土。普通に風は吹いてるし、普通に川が流れてる。ま、なんでこんなところに依頼もないのに来たいと言ったのか、知りたくなるのも無理はないな。
「この森の中に、あるアイテムが眠ってるらしいんだ」
「アイテム?」
「うん。“でんきだま”って言うんだけど、知ってる?」
「ううん、知らない。どんなアイテムなの?」
ま、そうなるよな。“でんきだま”って、多分このポケダンのゲームには無かったような気がするし。俺もまさか、あるとは思わなかった。レレグに聞いて、初めてこの場所にあることを知ったのだ。
「何て言えばいいんだろうな。ピカチュウ専用のアイテムなんだ。持ってると、攻撃と特攻が実質二倍になるっていう…」
「と、特攻?二倍?」
しまった、ついゲーム用語を。
「まあとりあえず、ちからがパワーアップするんだよ」
「へぇー」
分かりやすく端的に説明したつもりだったが、メアリーは俺にジト目を向けてきた。あれ、なんか不味いこといったっけな…。
「シンくんだけずるい」
そっちか。
「いや、まあ…それはごめん。じゃあさ、また今度は、イーブイの専用アイテムを探そう。だから今日は…」
「ふふ、冗談だよ、シンくん。シンくんにはいつも助けてもらってるし、今日はあたしが手助けする番だね!」
「お、おう。…その、ありがとう」
自分の思った通りの反応を俺がしたのか、メアリーはなんだかご機嫌だ。俺と話し終えたあと、再び前を向いて鼻唄を歌っている。土を踏みしめ、その足取りは軽く。まるで遠足気分だ。
この“ほたるの森”は、一応不思議なダンジョンではあるが、出てくるポケモンはいつも潜っているようなダンジョンと比べると弱い方だった。だからメアリーと俺だけでも十分野生のポケモンをいなせるし、なんならこんな風に喋る余裕があるくらいだった。いつもは、依頼を1日五件なんてやる日もあるくらいだったし、たまにはこんなのんびりした冒険もいいのかもしれない。
「でも、どこにあるんだろうね〜。でんきだま」
「うーん。レレグが言うには、だいぶ奥地にあるって噂らしいから、まだここらでは見つからないかもな〜」
「じゃ、とりあえず奥に進めばいいね」
「そうだな。本格的に探し始めるのは、もう少し後でいいと思うよ」
「はーい」
あかるく返事して、メアリーは再び前を向いた。尻尾をフリフリと振っている。そういや、メアリーの尻尾は、機嫌によって動き方が変わるよな。俺の、このギザギザの尻尾もそうなのだろうか。嬉しいときはフリフリと振ったりしてるのだろうか。んー、なんか嫌だな。
って、そんなどうでもいいことを考えている場合じゃないだろ。野生ポケモンは弱いとはいえ、あくまで油断大敵だ。気を抜いていると、とんでもないことに…
「シンくん!」
ほら来たー。メアリーの呼び掛けで、俺は神経をぴりりと張り巡らせ、戦闘体勢になる。メアリーと俺の目線の先には、一匹のスピアーが。ふー。スピアー一匹なら何とかなるか。さっきも倒したし…って、おっとっと?
一匹、二匹、三匹……どんどん数が増えていく。俺達が状況をのみ込めないその間にも、あちらからこちらからとスピアーが集まってきて…
「し、シンくん…不味くない?」
気がつけば、その数は数十体になっていた。
「メアリー」
「ん?」
「逃げよう」
俺がそう言うが早いか、メアリーと俺はその場から光のごとく駆け出した。メアリーだけでなく俺も四足歩行になって、ただただ夢中で地面を蹴る。後ろを振り返りたくはないが、不快な羽音が響いてくる辺り、しっかりやつらも追いかけてきているんだろう。
「追ってきてるよシンくん!どうしよう!?」
「とりあえず逃げるしかない!」
後ろを振り返り、地獄を見たメアリーが焦りながらそう言ったが、俺はそう返すしかなかった。このまま走り続けて、次の階に続く階段を見つけれたらそれがもちろん最善だ。だからこうして走ってる。しかしこの森、いや、森といえば大体そうなのかも知れないが、やけに構造が入り組んでいる。そのせいで、さっきから嫌な予感がする。こんなに森の構造が入り組んでいると…多分…
「きゃあ!シンくん!前前前!」
「え?うおぅ!?」
ほらやっぱり〜。俺達が、逃げ込んだその目の前に、また大勢のスピアーが。畜生、挟みうちだ。俺達は止まって、後ろを振り返る。当然スピアーがうじゃうじゃこっちにやって来る。
その中の一匹のスピアーが、腕の針をこっちに向けてきた。不味いぞ、何してくるんだ。そんなことを考えてる間に、スピアーの針が発光。大きな音を立てて、そこから無数の光のミサイルのようなものがこっちに飛んできた。“ミサイルばり”だ。
「危ない!よけろ、メアリー!って、うわぁ!」
メアリーに避けるよう叫ぶが、自分のところにもめちゃくちゃ針が飛んできてた。俺は、身をよじったり、ステップしたり、“電気ショック”で相殺したりしてなんとか針の猛攻をやり過ごす。メアリーも、新たに覚えた技で、たくさんの星形弾を撃って攻撃する必中技である、“スピードスター”を駆使して切り抜ける。
ギリギリのところで“ミサイルばり”の第一波を切り抜けた俺達だったが、気がつけば完全に周りはスピアーだらけ。しかも全員針を構えて、絶望の第二波を放とうとしている。
「し、シンくん…」
「大丈夫だ、メアリー。策がある」
不安がるメアリー。しかし、俺は既に脱出策を思い付いていた。要は、滝壺の洞窟の時と同じだ。
「俺が爆裂の種を投げるから、爆発と同時に煙に紛れてまっすぐ右に逃げるんだ」
「でも、あたし達も周りが見えないんじゃ…」
「とりあえず、この場から脱出できればそれでいい。見えなくても、移動することはできるからさ」
そう言って、俺はバッグから爆裂の種を取り出した。
「メアリー、右だからな」
「うん、分かったよ、シンくん」
メアリーの返事を聞いて、俺は爆裂の種を思いきり投げつけた。爆音が響き、辺りが煙で包まれる。
「いまだ!」
掛け声かけて、俺は右へと走り出す。メアリーの姿は見えないが、とりあえず右に一直線だと言っておいたからついてきてるはずだ。
スピアーの羽音はだんだん小さくなっていく。どうやらやつらは突然の爆風に混乱しているらしい。よし、うまくいった。後はこの煙が晴れれば…。
そう思って駆けている内、だんだん煙が晴れてきた。
「止まろう!メアリー」
そう言って、俺はそこで足を止めた。ザザッと土が削れる音がする。辺りを見回す。だんだん視界が開けてきた。そこにスピアー達の姿はなかった。
そして、メアリーの姿も。
「メアリー?」
大きめの声で呼び掛ける。しかし、返事はない。…しまった、やはり無茶が過ぎたのかもしれない。一応、右一直線って言ったけど、どこで止まれば良いかとかは言わなかったしな…。
メアリーは四足歩行だから、手を繋いで逃げるってのが難しい。滝壺の洞窟の時みたく、抱き抱えながら逃げるっていう手もあったんだけど、メアリーあの時嫌がってたしな…。だから方向だけ指示して逃げたんだけど、見事に裏目に出てしまった。
もう一回辺りを見回す。けれど、木と草ばかりでメアリーらしき影は見えない。
もしかしたら、逃げる途中でこけてしまったのかもしれない。……引き換えそう。スピアーたちに襲われていたら大変だ。
俺は急いで、さっき走ってきた道を戻った。できるだけ全速力で、それでいて周りの景色を見落とさないように森を駆けた。しかし、メアリーはどこにも見当たらない。
次第に、スピアーたちの羽音がだんだん大きくなってきた。…これ以上はまずいな。せっかく逃げてきたのに、意味がなくなってしまう。
メアリー、無事だろうな。額に嫌な汗が走る。
俺は右へと進路を変えて、再び四足歩行で走り出した。