第二十三話:温泉
んー…。ここはどこだろう。
暖かい。体全部が、優しい誰かの腕のなかにあるような感覚。生まれる前の赤ちゃんが感じている母の温もりのような、そんな感覚。
そういや俺、何してたんだっけ。
…そうだ。滝の調査に出掛けてたんだった。それで、奥地について…そしたらそこには宝石がたくさんあったんだ。それで、その中のひときわ大きい宝石に、イブゼルが……!!
「ぶはぁ!!」
そこで、俺の意識は覚醒した。視界がだんだん開けてくる。
まず、下。うん、水か。でもまあ、この暖かさ的にお湯かな。湯気出てるし。
次、周り。たくさんのポケモン達が俺と同じくこのお湯の中でまったりしてる。そのさらに周りは、木々が囲い、草がうっそうと茂っている。その中に一部分だけ、整備された道がのびていた。
「お主、大丈夫かの?」
次、上。っていこうとしたら誰かに呼びかけられた。声のする方を振り替えると、黒いごつごつとした甲羅を背負った、橙色の亀みたいなポケモンがいた。コータスである。見た目の感じ的に、だいぶお年を召してられそうだ。そういや、ポケモンになってなんとなくポケモンの見た目年齢とかの違いが分かるようになってきたな。見慣れてきたのか。
「おーい?」
しまった。またやってしまった。ちゃんと人の話を聞くんだ俺。
「だ、大丈夫です。すみません。えっと…」
「あ、シンくん!」
「ん?おー、メアリー」
コータスに返事しても特に話すことがないので言葉に困ってたところ、メアリーが俺に気づいた。
「よかった〜。シンくんが無事で」
「…そっちもな」
「ふふ!そうだね。…ねぇ、シンくん。洞窟での出来事、覚えてる?」
「水に流された奴だろ?覚えてるよ。俺達、こんなとこまで飛ばされちゃったんだな」
「そうそう。ほんとあたし達、よく生きてたねぇ〜」
メアリーは、水に濡れたその顔をへけらと綻ばせた。あれだけ大変な目にあったのだから少しは疲れの色が見えても良いはずなんだけど、明るい笑顔はただただ輝いていた。この温泉で、あらかた疲れがとれたというわけか。
「お主達、どうしてあんな方法でこの温泉に来たのじゃ?道も整備されておるのに…」
温泉につかっているコータスが聞いてきた。そういやこのポケモン、ゲームじゃ外にいたような…。別にいっか。
「えっと…。もともとはここに来るつもりは別になかったんです。あたし達、近くの滝の調査に来てて…いや、もう近くでもないんですけど…ほら、あの滝です」
メアリーが答え、俺の後ろ上方を、前足で指差した。俺も振り返ってみてみると、森の奥に崖がそびえており、そこから水が上から下へと流れ落ちていた。ていうか俺達、あんな遠くから飛ばされてきたのかよ。メアリーの言う通り、よく生きてたな。
コータスもそれを聞いて、驚いたらしい。
「なんと!あんな高いところから落ちてきたというのか!?それはもう大変な調査だったんじゃろうな。今日は、ここでゆっくりしていきなさい」
「そうさせていただきますぅー…」
コータス長老の言葉に対し、情けない声を出して湯船に沈んだのは、メアリーではなく俺だった。
「結局、最後の4匹になるまでつかっているとはのぉ」
あたりはもう夕方だった。しまった。つい、気持ちよすぎて長湯してしまった。ていうか、長湯の度をとうに越えてるか。メアリーとイブゼルとそして俺は、長湯のしすぎでボーッとした頭をうつらうつらさせながら、コータスさんの言葉を聞き流していた。
「そうですねー。まさかこんなに温泉が気持ちいいものだとは」
心のそこから思ったことを口にする。コータスさんは、嬉しそうに顔をほころばせて、
「そうじゃろう、そうじゃろう。今日は遅いから、もう帰りなさい。そしてまた、疲れたときに来ておいで」
「はーい」
力なく三匹で返事をして、俺達はコータスさんのいる方向とは反対側へと歩き出した。ま、ボーッとしてるとはいえ、体の疲れはだいぶとれたので、ギルドに着くことくらいは出来るだろう。
てくてくと歩く俺達の背中を見て、
「はて…あのポケモン、何処かで…」
と、コータスさんが呟いたが、ボーッとしてた俺には聞こえなかった。