第二十二話:宝石
「うう…どこだ?ここは」
ズキズキと頭が痛む。腹なんてすこぶる痛てぇ。ちくしょう、なんだってんだ。最悪の目覚めだぜ、たくっ。
「お、起きたかイブゼル」
「あ…?」
下の方から、聞き覚えのある声がする。別に考えるまでもねぇな、シンの声だ。ん?シン?そういや俺…
「起きたなら早く降りてくれ。重いんだよ、お前」
「降りろって…うおっ!?」
「今気づいたのか」
俺はすぐさま「その場」から飛び降りた。なんてことだぜ…。俺ってば、なんでシンのやつにおんぶなんかされてんだ?いや、待てよ。この腹と頭の痛み…。
「はっ!!!???」
そう言えば俺、カクレオンに……!!ありありと、あの時の、あの感覚が頭の中によみがえる。
「か、カクレオンはどこだ!?あいつだけはダメだ!逃げねぇと……!」
俺は必死で辺りを見渡す。ていうかシンの野郎、松明どこやったんだ!一応放電してるとはいえ、これじゃ奥まで自分の見たいように見えないじゃねぇか。
シンは、ははは、と俺を見て笑ってやがる。メアリーちゃんまでニコニコして俺の方を見てやがる。二匹揃って俺のことバカにしてやがんな?おおかた、なんであんなにビビってんだろう、だとか思ってんだろ。あいつら、まだ真のカクレオンに会ってないからそんな呑気にしてられるんだ。あのカクレオンのおぞましさを知ったらすぐにお前らも…
「カクレオン達は、下の階さ。なんとか逃げ切ってここまで来たんだ」
シンは笑いながらそう言った。下の階?そうか!この「不思議のダンジョン」じゃあ、上の階にさえ逃げちまえば大体の厄介とはおさらばだ。もちろんあのカクレオン達でさえ。ということは、もうカクレオンは追ってこないということになる。
「なんだよ…そういうことは早く言えよな」
「今気づくとは思わなかったんだよ」
はぁ〜。思わず長い息が漏れるぜ。ひとまず無事って訳か。そりゃあよかった。ほんとによかった。
ていうか、あいつらあの魔の手から逃げ切ったっていうのかよ。そういや、よくよく見てみれば、二匹ともびしょ濡れだし、シンに至ってはだいぶ息があがってる。なるほどな。えらい苦労したようだな。松明も、多分途中で落としたりしたんだろうよ。
それにしても、そっか。元はといえば俺が元凶か。シンやメアリーちゃんにだいぶ苦労させたのも、俺のせいか。んーー、まあそりゃそうだよな、元々そういう作戦だったし。
だが、悪いとは全く思わねぇ。俺は俺がやりたいようにしたまでだ。それが、たまたまあいつらをおとしめることになったって話さ。だから全然、罪悪感なんてもんはねえ。
ただ、二匹に怒られるのはメンドクセーな。さすがに二匹にとっちゃあ許しておけるようなことじゃないだろうし。もし俺だったらぶん殴ってるしな。たぶん、怒られるんだろう。シンはまた、見下したような目をするだろうし、メアリーちゃんはプンプン怒ってくるんだろうな。
ちっ、適当にやり過ごすとすっか。そう諦めて、俺は二匹の顔色をうかがった。
するとあいつらは予想通り、
「というか、お前のせいでカクレオンに追われたんだからな」
「ほんとだよイブゼル!大変だったんだから!」
俺に文句を垂れてきた。はっ!うるせぇぜ!ハメられたらお前が悪いんだよ、そう言おうとしたその時。
「でもまあ、生きててよかったよ。次はもう、こんなことするなよ」
シンは、はぁ、とため息をつくと、腕組みしながらいつもの何とも言えない普通の表情に戻った。その顔に、怒りどころか軽蔑の色すら見えなかった。
「イブゼルも目を覚ましたし、これでひとまず安心だね」
メアリーちゃんも、何時ものような可愛い笑顔に戻ってそう言った。
二匹とも、それ以上俺を咎める言葉を使わなかった。期待ハズレというか、予想が外れたというか。とりあえず、俺は、口が空いてものが言えなかった。
えっと、こういう時ってなんて言うんだっけ?
「その…なんだ…。悪かったよ」
え?何言ってんだ俺。謝らねぇって言ったじゃん。なんで、自然とこんな言葉が口をつくんだ。ヤベェ、聞かれてねぇだろうなこの失言。
「ははっ。イブゼルも自分から謝ることってあるんだな」
聞かれてたよ、ちくしょう。笑うんじゃねぇよ、シン。俺も謝りたくて謝った訳じゃねぇんだよ。えっとだな、これには理由ってのがあってだな。
「イブゼルも、やっと素直になったんだね!ま、それならあたし達も助けたかいがあったってもんだよ!」
メアリーちゃんは、そう言って俺にふわっと笑って見せた。いや最高。マジ天使。……じゃなくてだな!なんだなんださっきから。ちっくしょう腹が立つぜ。言われっぱなしはシャクに触る。なんか言い返してやらねぇと…
「う、うるせぇぞ!てめぇら、さっきから言わせておけばすき放題抜かしやがって!謝ってやったんだから素直にうん、と頷きやがれ!」
バカ俺ーーーー。
「はははははは!」
ついに二匹は腹を抑えて笑い出した。ダメだ、俺自身でも自分が滑稽だ。クソめ…。全部、あの鳥公せいだかんな…。後で茹で鶏にしてやる。
洞窟の中に二匹の笑い声が響き渡る。
俺は、その後もギャーギャー反論したが、全部徒労に終わっちまった。だんだん笑いも収まってくると、俺達は再び歩き出した。
それから少しして、前を歩いていたシンが周りを見回しながらこう言った。
「こんなに大声で笑ったのに、誰も襲ってこないんだな」
「言われて見ればそうだねー。あっ!シンくんもしかしたら、もう奥地にまで来ちゃったのかも知れないよ?」
「やっと奥地かぁ。結局、一通り洞窟を回ってみても、ここが不思議のダンジョンってことしか分からなかったなー」
甘いぜ、シン。仕方ねぇ。ここは経験者の俺がひとつ。
「分かってねぇな、お前は。こういうのは大抵、奥地にこそ秘密が眠ってるもんなのさ」
「そうなの!?」
「そうさメアリーちゃん。だから期待してなって!!うおおお!!!」
そう自慢げに歩いていた俺は、前方を見て再び意識が飛びそうになった。相変わらず暗くて、奥はよく見えないのだが、俺には奥にある「それ」が何かすぐに分かった。
あの前方にあるもの、それは…!暗い中にも誇り高い輝きを魅せるあれらは、まさか!
「宝石だ!!!!」
叫ぶが早いか動くが早いか。疲れなんて吹っ飛んだ俺は、“アクアジェット”で奥へと駆け込んだ。
そして、すぐにその現場へと到着した。
今の光の発生源であるシンからはだいぶ離れちまったが、そんな中でもはっきり見えるほどの光沢。これはエレぇもんを見つけちまった。俺は、下に落ちていた「宝石」と思われるものに手を伸ばす。ひんやりと冷たい手触り、感触。これが宝石の触り心地か。よし、とっとと拾っちまおう。俺は、その「宝石」を両手で掴んだ。そして、そのまま引き上げようとした。
だがしかし、できない!どういうことだ?どんなに力を加えて引っ張っても、うんともすんともいわねぇぞ?なんて重さなんだ…。暗いから、光って見えるのは一部だけだったが…もしかしたら、これはだいぶ上玉なのかもしれねぇが…。取れなかったら意味がねぇ!
ズルッ!なんとか取り出そうとさらに腕に力を加えて上に引っ張る。だが、そのまま俺の腕は急に上へと引き上がり、両手は虚しく空をきって、俺は後ろにずっこけた。なんだ?滑った?でも、別に俺の手は濡れてねぇ。ヌルヌルして滑った訳じゃ無さそうだ…。てことは…
「何してんだ、イブゼル」
シンが俺に聞いてくる。シン達をおいて一匹ですっ飛んできたから少し二匹との距離が開いちまったが、どうやらシンの光がこっちに届くくらいにまで、近づいてきていたらしい。
「何って、見ろよお前ら。宝石だぜ!」
俺はシン達に向かってそう言った後、もう一度例の宝石を見た。そして、宝石が取れない理由に気がついた。
宝石は、岩石のくぼみにピッタリとはまり、はみ出た上側の部分が、きらびやかに輝いていた。なるほど、俺に見えてたのはこれだったのか。どうりでとれねぇわけだ。岩にひっついているんじゃあな。
そう思い、俺は辺りを見回した。シンは既に俺の元に来ており、周りの景色がはっきり見えた。
最悪だ、俺はそう思った。
宝石は、どいつもこいつも岩石にハマりこんでいやがった。目に見える宝石、ひとつ残らず全部だ。
「わぁ、綺麗…!!」
メアリーちゃんが、感嘆の声を漏らす。それこそ、目を宝石のように輝かせて、この景色に見入っている。
シンもシンで、らしくもねぇ間抜けヅラで、辺りをキョロキョロと見回している。
ま、当然の反応だぜ。こんな数の宝石だ。全部持って帰って、売っぱらちまえば一生遊んで暮らせるだけの金になるぜ。持って…帰ればな。
「ちくしょう!意味がねぇぜ!」
俺は上を向いて、天井に向かってそう叫んだ。三匹以外多分誰もいないこの空間に、俺の叫びがこだまする。メアリーちゃんが、変なものを見るような目をしてこっちを向いた。
「どうしたの?イブゼル。意味がないって…」
「宝石が全部、岩にくっついちまってるんだよ」
メアリーちゃん、首かしげ。
「え?それがどうしたの?別にいいじゃない。そりよりも、見てよイブゼル、とっても素敵な景色だよ!」
「持って帰れねぇんだよ。せっかくお宝を見つけたのに、持って帰ることができないんだぜ…」
あー、という顔をするメアリーちゃん。やっと分かったか…。
しかし、メアリーちゃんはすぐにまた宝石達に目を移し、うっとりして眺めながらこう言った。
「確かに…それは残念だけど…。でも、私は別に、この景色が見れただけで満足かなぁー」
心が…綺麗すぎるぜ!既に!その心が宝石だぜメアリーちゃん!
でもよ、俺はそんなピュアに生きてられねぇんだ。
マネーなんだ。なによりも、俺たちに必要なのはポケなんだ。そして今!それをありったけ獲得するチャンスがここに眠ってるんだ!なのに、届かねぇ…。あと少しだってのに…。これ以上に悔しいことってあるか!?
俺は、もう一度あたりを見回した。どこかに、一個でもねぇのか…?持ち帰れる宝石は!
その時だった。俺の目に、とんでもない光が飛び込んできやがったのは。そこらに散らばってる宝石とは比べもんにならねぇ、超ビックな宝石が、そこにあった。
その姿、まるで王。玉座に座らんとばかりに、壁のくぼみにどしっとその重い腰を下ろしてやがる。
俺は迷わずそこへと飛び込んだ。その宝石に、両手をつけて、掴み、思いっきり自分の方へと引っ張る!
だが、その宝石はびくともしない。散らばってたミニサイズの宝石でさえそうだったんだ。こうなることは分かっちゃあいたが…。そんなこと、見つけた時には微塵も頭をよぎることが無かった。それほどに…ポケモンを魅了するこの輝き…まるで魔力…。
「それが…そうなのか……なんて、綺麗な宝石なんだ」
後ろの方で、シンが驚きと感動の入り交じった声を漏らす。
ちくしょう、なんとしてでも、持って帰りたい!こうなりゃ、恥をしのばねぇぜ!
「シン、メアリーちゃん!手伝ってくれ!この宝石を引っこ抜きたいんだ!」
俺はそう二匹に叫んだ。できれば言いたくなかった。なぜなら、手伝わせるということは、この宝石の手柄を、分け与えなければならない理由ができちまうからだ。だが、三等分してもこのサイズ。それでも莫大な利益になるはずだ。なら、ここは手伝ってもらうべきだろう。
だがしかし、二匹の回答は…
「ごめん、なんか気が進まない」
「イブゼル、あたしも…」
「なんでだよ!?」
俺は思わずツッコンだ。 いや、まあたしかにこいつらが宝石目当てじゃあんまり無いことは分かってたけど…。それでも、普通に「善意」とかで手伝ってくれるもんじゃねぇのか?いや、オレが「善意」とか言うのもアレなんだが…。
わけが分からない俺に、シンが一応の理由を言った。
「いやホントに、別に悪気があるとかじゃなくて…あれだ、イブゼル。その宝石は止めといた方がいいと思う」
「あたしも、シンくんと同じかな。なんか、嫌な予感がするんだよね」
二匹とも何の心配をしてんだよ。ただの宝石じゃねぇかよ。予感も何もねぇじゃんか。
「クソ!」
俺は悪態をついてその宝石を思い切りグーで叩いた。
ガチリ。なんと、俺が宝石を叩いたその瞬間、宝石が岩の奥に引っ込んだ。
「あっ!」
「あ?」
形容しがたい声を上げたシンの方を見てみると、何やら顔が青ざめてる。何だ?どうしたんだよ。
ゴゴゴゴゴ……
「あれ?シンくん…何か、聞こえない?」
メアリーちゃんが、あたりの異変に気づいた。地響き…確かに、…聞こえるぞ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
ていうか、この音…
ゴゴゴゴゴ…
「「近づいてきてる!!」」
「右だ!!」
シンが叫んだ。咄嗟に右を振り返る。目の前には、荒れ狂う水流が。
「ヤベェ!」
「逃げなきゃ!!」
そうやって、逃げようとしたのが遅すぎた。動こうとしたけどもう出来ない。既に周りは水だらけ。俺は水タイプだったのに、とんでもない衝撃のせいで、体の自由が効きやがらねぇ!
あ、ダメだ。この感じ…
荒れ狂う水の中、俺はたまらず、意識を手放した。