第十九話:松明
滝の中にあったこの洞窟、ゲーム内では“滝壺の洞窟”という名前だったこの洞窟は、とてつもなく暗かった。当たり前といえば当たり前なのだが、明かりがそもそも滝の奥から入ってくる外界の淡い光しかない。洞窟の奥に入ってすぐに、俺達は何も見えなくなった。
「ど、どうしよう…シンくん…何も見えないよ」
「おい、シン!お前電気タイプだろ?なんとかしろよ」
焦る2匹。ノーマルタイプと水タイプ。彼らに明かりをともす手段はないだろう。電気タイプの俺だけが、その手段を持っている。早い話、ずっと放電しておけばいいからだ。しかし、
「なんとかって…無茶ぶりだろイブゼル」
「ずっと電気ショック打ちまくっときゃあいいじゃねぇか」
「5分でエネルギー切れるわ」
「ちっ!役立たずが」
悪態をつくイブゼル。無理なもんは無理なんだ。わかって欲しい。
「そんなこと言っちゃダメだよ、イブゼル。あたし達だって、何にも出来ないでしょ?」
「う…そうなんだけどよー、メアリーちゃん…」
痛いところを突かれ、反論できないイブゼル。
しかし、確かにこのままじゃ何も出来ないな。なんかいい手はないものか…。あ、俺確か、あれ持ってきてたような…
「そうだ。メアリー、トレジャーバッグ持ってくれ」
「え?うん、分かったけど…。シンくん何処にいるの?」
「ちょっと待ってな…“電気ショック”!」
俺は、自分の周りを少し照らす程度に身体から電気を発生させた。ぼやぁっと、皆の顔が現れる。イブゼルは俺の左横。メアリーは、まあ目の前にいた。
「あ、シンくんだ!」
「おう」
メアリーが顔をパッと輝かせる。可愛い。うん、今はそんな話じゃないな。俺は、背負っていたトレジャーバッグをメアリーの足元に置いた。
「多分バッグの中に木のえだを入れてたと思うんだけど、俺、今放電中だから探せないんだ。だから代わりに頼むよ」
「分かった!」
そう言ってメアリーはバッグの中を探し始めた。
横にいたイブゼルは、怪訝そうにこっちを見て、
「そんなことしなくても、お前がずっと光ってたらいいんじゃねぇのか?」
「だからこれ、そう長くもたないんだって」
「ふーん。ま、光らずともいける策があるなら別にいいか」
俺が、何かをしようとしていることは分かったイブゼルは、それ以上突っかかるのをやめて、メアリーと一緒にカバンの中の木の枝を探し始めた。そして、
「あったよシンくん。これでいい?」
メアリーは正真正銘のただの木の枝をバッグの中から取り出した。うん、これこれ。ほんとに何の変哲もないこの木の枝がいい。俺はメアリーからその木の枝を受け取って、左手でそれを持った。
「でも、木の枝で何するの?シンくん」
「まあ、見てな」
不思議そうに木の枝を見るメアリーにそう言って、俺は右手に電気を貯めた。バチバチと音を鳴らし、右手がピカピカ光り出す。
「よし、離れてろよ。メアリー、そして特にイブゼル」
「は?離れてろって…」
「電気ショック!!」
瞬間、俺はほとばしる電撃を手に持ってた木の枝にぶち当てた。自分で撃った技の衝撃に、枝を持ってた手が吹っ飛びそうになる。あ、これやりすぎた。俺は左手の方を見る。俺の持っていた木の枝は跡形もなく消え散っていた。
衝撃が収まって、俺のやったことを最初から最後まで見ていたメアリーとイブゼルは、二匹揃って口をポッカリ開けていた。唖然とした2匹と、とんでもなくバツの悪い俺。
沈黙を突き破ったのは、メアリーだった。
「えっと…シンくん?何してるの?」
「いや、その…火を、起こそうとしたんだ。木の枝に、電気ショックで火をつけて。ほら、松明みたいにさ」
出来れば実物を見せて、ふふん、って感じでいきたかった。うぐ…かっこ悪いな。イブゼルなんて、馬鹿を見るような目でこっちを見てる。ちくしょう、お前にだけはそんな目をされたくない。
「電気の威力強すぎだろ、てめぇ」
「う…」
反論できないじゃないか。
思った以上に俺がガッカリしてるように見えたのか、メアリーは明るく、
「でも!あたしはそれ、すっごくいいアイデアだと思うよ!さっきは失敗しちゃったけど…。次は大丈夫だよ!」
メアリーは優しいなぁ。相変わらず目を輝かして…。「次々〜」って言いながらバッグの中を探してくれている。感謝しかない。
「はい!もう1本!」
「よし、次は火をつけてみせるぞ」
「しくじんじゃねぇぞ」
うるせえイブゼル。見てろよお前。絶対つけてやるからな。
俺はさっきと同じく左手にきのえだを持ち、右手に電気を貯めた。さっきは強すぎた…。次はちょっと、気持ち弱めで…。いや待て。気持ち弱めでいいのか?さっき、きのえだ吹き飛んだんだぞ?もっと弱い方がいいだろ。そうだ。メアリーが見てる。あんなに目を輝かせて。イブゼルも見てる、あんなに上から目線で。
たらり、俺の首筋に、冷たい汗が走る。落ち着け。落ち着け俺。大丈夫。やれる。気持ちを、静かに…保って…そのまま…
「電気ショック!」
チリっ。今度は、細い糸のような電流しか出なかった。当然きのえだに火がつくわけもなく、ちょっとだけ煙が先っぽから登るだけだった。
止めてくれ。そんな目で見ないでくれ。
「し、シンくん……ド、ドンマイ!!」
メアリー……その励ましが…痛いよ。
「弱すぎだろ」
分かってるよ。俺が一番、身に染みてそれを感じたよ。
「俺、運動音痴なんだよな」
「関係ねぇだろ」
「と、とりあえず!第3トライ、いってみよ?」
メアリーがバッグから取り出したきのえだを俺に渡してそう言った。
そうだ…頑張らないと。このままじゃ探検が始まらない。暗かったから諦めたなんて、かっこ悪いっちゃあ、ありゃしない。やってみせるぞ。メアリーのためにも。あ、あとイブゼル。
それからが、地獄の始まりだった。火をつけることが、これほど大変だったなんて…。今までガスコンロに甘んじてた俺を殴ってやりたい、何度そう思っただろうか。
やれって言われてやっているのならともかく、自分で勝手にカッコつけてやってる分、余計に悲しい。
しかも、ミスって時間が経てば経つほど、イブゼルの中にある考えが「再浮上」してきたらしく、
「てかてめぇ、今、放電しっぱなしだろ?そんなに応えてなさそうだし、やっぱそのままいけるんじゃねぇのか?」
違うんだよイブゼル。しんどいよ、この放電。でも、引っ込みがつかないんだよ。
何回「電気ショック」って言ったことだろう。しかし、ついに…待望の、その時はきた。
「電気ショック!!!」
バチィッ!こ、これは!会心の手応え!強すぎもせず、弱すぎもせず。いけたんじゃないか!この感じ…。どうだ…?どうだ…?
恐る恐る…手に持っていた木の枝を見る。その先には、赤く光り輝く、希望の灯火が、そこにあった。
「よ、よ、よっしゃぁぁあああああああああ」
安堵感と、達成感に、俺は膝から崩れ落ちた。
「や、やったぁ!シンくん、ついにやったんだね!!」
辛い時を共に過ごしたメアリーも、ぴょんぴょん飛び跳ねて、松明の完成を喜ぶ。
「シン!良くやったぜ!!」
最初は文句を垂れていたイブゼルでさえ、この完成を心から喜んだ。その目には、キラリと光るものが見えた。
そうだ、俺だけが頑張ったんじゃない。メアリーは、ずっと俺を励ましてくれた。信じてくれた。イブゼルだって、途中俺に、逃げ道を提案してくれた。みんなの支えがなければ、ここまで来れなかったんだ。
「ありがとう…みんな…俺、俺…」
「何言ってるの?頑張ったのはシンくんじゃない!それよりも」
「いよいよ探検の始まりだね!」
あれ?まだ最初だったっけ。