第十七話:旧友
ある日、いつもの様に掲示板で依頼を探していると、ペラオに声をかけられた。
「お前達、今日はちょっと特別な仕事をしてもらうぞ」
よしよし、ついにあのイベントか。この前ゴーリキーのベルトを捜させられた時は流石にズレ以上の何かを感じたが、やはり大筋はいい感じに進んでいるようだ。安心安心。
「特別って……あ!もしかして!」
ペラオの言葉を聞いて、メアリーは少し考え込んだが、突然、ガバッと顔を上げ、目を輝かせてそう言った。
ペラオはそんなメアリーの顔を見て頷きながら、口を開いた。
「今回、お前達にはある滝の調査をしてもらおうと思う」
「滝の調査?」
「ああ。不思議な地図を開いてみてくれ」
ペラオに指示されて、メアリーはバッグから不思議な地図を取り出して広げて見せた。するとペラオは、ギルドの西北西にある滝を羽で指してこう言った。
「ここだ。地図からだとただの滝にしか見えないが、噂によるとどうも何か秘密があるらしい。お前達には、その秘密を調べてきてもらいたいのだ」
「おおーーっ!!!」
いかにも探検隊チックな内容だ。メアリーは「キタコレ」と言わんばかりに目を輝かせて顔を綻ばせる。ペラオはその反応に満足そうにしながら、付け加えるようにしてこう言った。
「有力な説では、財宝が眠っているらしい」
「財宝だとっ!?」
食いつくたのは、イブゼルだった。
「イブゼル?いつの間に!?」
驚くメアリーを他所にズカズカとこちらに近づいてきて、ペラオにずいっと詰め寄り、地図の滝を指さしてこう言った。
「財宝ってのは、この滝にあるのか?」
「まあ、噂ではあるがな」
「よし、俺が行ってやろう」
「え!?」
突然のイブゼルの発言に、メアリー は目を見開いた。一瞬たじろいだが、すぐにイブゼルに異議を唱える。
「ちょっと待ってよイブゼル!ペラオが頼んだのはあたし達だよ!勝手なこと言わないでよ!」
「うおっ!?め、メアリーちゃん!?」
今気づいたのか。それにしても、イブゼルはメアリーに非常に弱い。
「じゃ、じゃあ!俺とメアリーちゃんの二匹で行こうよ!それなら文句ないだろ?」
「大ありだよ!!」
そうだそうだー。俺も行くぞー。
「シンくんとあたしが頼まれたんだよ!?シンくんとあたしが行かなきゃ仕方ないじゃない!ね!シンくん!」
ここで俺にふるか。
「え?あ、おう。そうだな、その通りだ。俺も行くぜ」
イブゼル、なんとも面白くなさそうな表情を見せてくる。流石にそんな顔しなくても。流石に苦虫を噛み潰したような顔しなくても。イブゼルは、うーん、と腕を組んで悩む様子を見せている。
そんな中、若干空気と化していたペラオが、俺たち3匹に妙案を繰り出した。
「なら、3匹で行けばいいじゃないか」
「あー、なるほど」
何処かで見たことがあるような展開だな。それもかなりつい最近に。メアリーとイブゼルは納得したようにうんうん、と頷いた。ま、別に俺にも異論はないが。
「それじゃあトレジャータウンで準備してから、風車の前で集合にしようか」
「よっしゃ。シン、遅れるんじゃねえぞ」
イブゼルは、いつもの自信に満ちた表情を俺に見せる。そしてすぐにメアリーの方を向いてこう言った。
「じゃ、行こうかメアリーちゃん」
「いや、あたしはシンくんと行くんだけど」
「え…?」
まあ、そういうことだ。
ということで、俺とメアリーはトレジャータウンへとやって来た。風が首元をすう、と通り抜けて気持ちいい。今日も晴天、というかここに来てから雨を体験したことがない。ゲームではトレジャータウンで雨が降った、なんてことは多分なかったがここでもやはりそうなのだろうか。
「おお、シンくんにメアリーちゃん!今日はどうしましたか?」
ゲームと違うとこといえばやはり店のポケモンとの会話のバリエーションだろう。当然といえば当然だが、決まり切った定型文が返ってくることは無い。今、俺たちに気さくに話しかけてきたカクレオンも同様だ。
「今からある場所に調査に行くの!だからそのための道具を買いに来たんだよ」
「へぇー。何処を調査するんですか?」
「んー、えっとね…。秘密!」
「別に秘密にする必要は無いんじゃないか?」
「そっちの方が雰囲気でるでしょー?」
そういう問題だろうか。カクレオンは何が何やらといった様子で首をかしげる。早くこの空気を変えてやらなければと思い、俺はカクレオンに必要な道具を注文した。
リンゴとオレンの実、さらに様々な種を買い揃えた俺達は、ガルーラの倉庫でちゃちゃっとバッグの中身の整理を終えた。そして、集合場所である風車の元へと戻ろうとした、その時。
「久しぶりね!メアリー!!」
そんな嬌声とともに若緑色のポケモンが現れた。体は小さく、頭には大きな葉っぱが1枚、後ろに垂れている。縦長のつぶらな瞳を輝かしているそのポケモン、そう、チコリータだ。
小さな尻尾をふりふりさせる様子は可愛らしく、日差しによって照らされたその体は、まるで新鮮な野菜そのもの…、いや、それは流石に失礼か。まあともかく、キラキラとした、可愛らしい少女がそこにいた、ということだ。
「久しぶり」と言っていたが、メアリーの知り合いだろうか?あの目の輝きよう、相当仲のいい親友だったに違いない。こりゃメアリーもだいぶ喜んで……
「誰……でしたっけ?」
「は?」
マジかよ。つい、声が漏れちまった。え?覚えてないの?チコリータあんなに親しそうなのに?
「あ!ごめんなさい!あたし…その……物覚えがちょっと……あれで…」
「いいわ!そこらへんもメアリーらしいしね」
慌てて弁解しようとするメアリーを、チコリータは動揺もせずに優しくなだめた。
ペコペコと謝るメアリーと、そんなメアリーの頭を優しく撫でるチコリータ。傍から見ても初対面の仲には見えないな。
ちょっとの間そのやり取りが続いてようやく、メアリーが顔を上げた。申し訳なさそうに眉をひそめるが、さっきと違って表情はちょっと穏やかだ。チコリータも頷いて、メアリーにこう問いかけた。
「で、思い出したかしら?」
「ごめんなさい。全然です」
ドンマイとしか言いようがない。しかしチコリータも若干予想はしてたらしく、爛々としたその表情は崩さなかった。「ま、そのうち思い出すわよ」などと言ってもう一度メアリーの顔を見た。そして今頃、隣りにいた俺の存在に気がついたのだ。
「あれ?そいつは?」
ん…?ちょっとだけ思ったんだけど、この子、ちょっと…。いや、何でもない。
「あぁ、俺はシンと言います。よろしく」
「ふーん……」
じとーっと俺のことを凝視するチコリータ。その目はさっきとは打って変わって厳しい、の一言。上から下。前から後ろまで。品定めをするように俺の体を見つめ回した後、メアリーの方に向き直ってチコリータはこう言った。
「シンくんって……メアリーの彼氏?」
「ふぇっ!?」
とんでもない不意打ちにメアリーは素っ頓狂な声を上げた。ばっ、と俺の方を見て、次にチコリータを見て。口をあわわ、とさせながら、もう一度俺の方を見て。そして、ビクッと体を震わし、またまたチコリータの方に振り返ってこう言った。
「い、いきなり意味が分かんないよ!?」
高く大きな声を上げてメアリーはチコリータにまくし立てる。その顔は少し赤みを帯びてるように感じられた。尻尾はピン、と逆立って、全身の毛をこわばらしている。そんな焦るメアリーを見て、原因であるチコリータは意地悪そうに笑って見せた。
「シンくんは、ただのあたしのパートナーだよ!?」
「へー、パートナーなんだ」
「うんうん!そうなの。あたし達は探検隊だからね!」
「それで、だんだん好きになっていったのね」
「ちょっと!?」
やっぱそうだ。グイグイ行く奴だ、この子。
それにしてもメアリーのやつ、ここまで慌てなくてもいいのにな。ま、メアリーは結婚動揺したら止まらないタイプのポケモンだけど。
いや…待てよ?もしかしてメアリーのやつ、本当に俺のこと好きなんじゃね?これって…所謂…あれか。純情ってやつか。
「じゃあ嫌いなの?」
「そ!そんな訳ないでしょ!?好きだよ!」
「へぇーーー?そうなんだーーー」
「いやだからそうじゃなくて!」
メアリーは顔を真っ赤にして反論した。うむ。可愛い。
っておい!俺は人間だろうが。そっちに目覚めちゃダメだろうが。いや、別に目覚めてない。ただチワワを見て可愛い、という感情を抱くのと同じだ。決してそんなあれではない。
ていうか、チコリータとメアリーはますます初対面ってのが疑わしくなってきた。メアリーもチコリータのことは知らないって言ってるのに、さっきから会話の息ピッタリだし。もし本当に忘れるとするならば、ここまで仲がいいのになぜ忘れてしまったのだろうか?
「で?シンくん…だっけ?シンくんはどう思ってるの?メアリーのこと」
「え?」
振ってきたよおい。どう思ってるって…そりゃあ、メアリーはいい奴で、明るくて、冒険が大好きな優しいポケモンだ。それは確かにそう思っている。だが、俺はここでどう答えるべきなのだろう?思った通りの言葉を伝えればいいのだろうか?それとも……。
「どうって…メアリーのおかげで今の俺があるんだ。感謝してもしきれないよ、メアリーには」
「し、シンくん…」
「ふーん」
俺もメアリー同様焦ると思ったのか、チコリータは少々面白くなさそうだ。しかしすぐに笑みを浮かべて、
「シンくんは、いいポケモンね」
「はあ…」
チコリータの表情からは、さっきのジト目は消えていた。
「気に入ったわ。あたしはチコ。また会いましょ、メアリーと、シンくん」
最後にニカッと微笑みかけて、チコと名乗ったチコリータは、くるっと振り返ってその場を去っていってしまった。
嵐が去った後のように、メアリーは静まり返っている。
「メアリー、大丈夫か?」
「……なんか…ごめんなさい、シンくん」
「いや、なんでメアリーが謝るんだよ」
「うー…。それも、そうだよね…どうしたんだろ…あたし」
「ほら、今から滝の調査に行くんだろ?こんな所でうかうかしてられないじゃないか」
ピクッとメアリーの長い耳が反応した。ちょっとした沈黙。そして、いきなりメアリーがガバッと顔を上げた……とはいかず。顔を上げたのは上げたのだが、そのスピードはとてつもなくゆっくりで、、、
「うん…そうだね。行こう、イブゼルも待ってるし」
ガラにもないけど、ここは1発。
「よし、滝の調査に、向かうぞー!」
「おー」
いつもと立場が逆転したような気がする。