第十六話:メアリーの日常
「シンくん、今日はどの依頼にする?」
「んー、そうだなー。どれも難しそうだよなぁ。字、全く読めないけど」
シンくんは、元人間なのでこの世界の字が読めない。だから大体あたしがいつも選んでるんだけど、たまにはシンくんに選んでもらおう、と思ったわけで、今こういうことになっているのだ。
「うーん、やっぱり俺には分かんないかなぁ。やっぱ挿絵だけってのじゃどうも…」
ちょっと無茶振りすぎたかな。やっぱり今回もあたしが……。そう思いかけた矢先、今朝読んだ雑誌の文章が頭をよぎった。
『依頼を全て独断で決めるのは大変危険なことです。チーム仲は悪くなり、解散のおそれも』
そ、それはダメだ!!!
「じゃあさ!トレジャータウンに行ってみない?探検隊って何も依頼書だけをこなすわけじゃないと思うし、町の人から直接依頼を聞いてみようよ!」
「いや、別にそこまでしなくてもメアリーが選んでくれれば」
「遠慮しなくていいよ!」
「別に遠慮は」
「よし行こう!」
遠慮するシンくんの手を引っ張って、あたしはギルドの掲示板を後にした。
青い空。ポケモン達の明るい声が飛び交うその町の名は、トレジャータウン。個性的な店が立ち並んでいて、買い物をするポケモンや、商売をするポケモン、雑談をするポケモンに、ただただのんびりするポケモン…皆の憩いの場となっている。
そんな賑わいに溢れた町の中を、あたし達は歩いている。目的はもちろん、依頼解決だ。
「よしシンくん。好きなポケモンに声をかけていいよ!」
「お、おう」
「どの依頼を受けるかはシンくんの自由だからね!」
「うん。いや、……うん。そうだな、よし」
シンくんは、声をかけるポケモンを探しているのか、広場のポケモンを見渡し始めた。そんなことしなくても、とりあえず「何か困ってることありますか?」って声をかければいいのに。
すると、誰か困ってそうなポケモンが見つかったのか、シンくんはおもむろに歩き始めた。
シンくんの向かった先にいたポケモンはゴーリキーだった。地面にかがみ込みながら、必死に何かを探している。うん、いかにも困ってそうなポケモンだ。あたしもシンくんについて行った。
「何かお困りですか?」
「ん?誰だお前達は」
「探検隊リユニオンだよ!」
「探検隊?探検隊が俺に何の用だ?見ての通り俺は今忙しいんだ。冷やかしなら後にしてくれ」
そっけない態度をするゴーリキーに、シンくんが質問を仕掛ける。
「その感じ…何か探し物をしてますね?」
「なっ何故わかった!?」
「いや、その様子を見たら大体のポケモンがそう思いますよ。…ところで、何を探してるんですか?」
ゴーリキーは黙ったまま立ち上がり、シンくんの方をじっと見た。その後、小さな息を一つだけついてこう言った。
「俺の…ベルトが無くなったんだ」
「え?」
思わず声を上げてしまった。ベルトって、あれだよね?ゴーリキーの腰のあたりに付いているあのベルトだよね?無くなったって…
恐る恐るゴーリキーの腰のあたりに目をやって初めて、あたしはそれが無いことに気がついた。
「ほ、ほんとだ……」
シンくんも流石に動揺を隠しきれてないらしく、
「これ、もうゴーリキーじゃないじゃないか」
「何てこと言うんだお前」
「そ、それにしても、そんなたいそうなもの、何で無くしちゃったんですか?普通落とした瞬間とかに気づくと思うんですけど…」
多分当たり前だと思われることをあたしが言うと、ゴーリキーは何か恥ずかしそうに頭をかいた。
「それが…昨日酔っ払ってて…その……な?」
「いや、分かんないですよ。どうしたんですか?」
「あー、なるほど」
あたしと違ってシンくんはゴーリキーの言いたいことが分かったらしく、ふむふむと顎を撫でて頷いていた。え?全然分からないんだけど…。酔っ払ってたこととベルトなくすことに何の関係があるの?
「シンくん、どういう意味?あたし全然分かんないんだけど…」
「んー、あれだよ。酔っ払っててベルト外しながら踊ったりしてたんだろうな。で、そのまま無くしちゃったってことだと思うよ」
「おい!言うなそれを」
「図星か」
「……そんなことしてたんですね」
「…ああ、していた。だからどうしたんだ」
もう観念、というわけか、ゴーリキーはそれを認め、むしろふんぞり返って見せた。いや、それはかっこ悪いと思うな。シンくんはそのことには触れずに話を進めた。
「話を戻しましょう。ベルトは、ここでおとしたんですよね?」
「ああ。だからここで探してるんだが何処にも見つからないんだよ」
「それだと…誰かが拾ったって可能性がありますね」
「拾った…あぁ!確かに。それがあったな。なら俺は、ジバコイル警察官のとこへ行けばいいのか?」
シンくんは首をふる。
「いいや、落とし物として届けられている確率は小さいですね。なんせゴーリキーのベルトなんて珍しいですし。拾って、自分のモノにしちゃうポケモンもいると思いますよ」
「何ィ!?許せんなそいつは!」
まあそもそも落とさなかったら良かったんじゃないかな。そう思ったけど、口に出すと“目覚ましビンタ”を喰らいそうだから止めることした。
「でもまあ、ゴーリキーさんはジバコイル警察官のとこへ行っておいてください。僕達は、他のところを探してみましょう」
「なんだ?もしかして手伝ってくれるのか?」
「ええ。手伝いますよ。なんせ僕達は…」
「探検隊だからね!」
自信満々にあたしがそう言うと、シンくんは「まあ、そういう事です」と言って頷いた。ゴーリキーは、腕組みして少し考えた後、頭を下げてこう言った。
「それじゃあ、有難くお願いしたい。頼まれてくれるか?」
「もちろんです。それで…連絡等はどうしましょうか?」
「そうだな。とりあえず、俺はいつも昼にはここにいるからその時に進捗などを教えて欲しい。見つかったら、お礼もその時に渡すよ」
「分かりました。それでは早速行ってきます。よしメアリー、行こうか」
「うん!行こう行こう!」
そう言って、あたし達はトレジャータウンを後にしました。
一旦ギルドに戻ったあたし達は、
「引き受けたのは良いけど…あたし達は何処を探したらいいんだろう?」
「そうだな〜、とりあえずどこかダンジョンに潜ってみるか」
「え?なんで?」
「なんでって…探し物って言ったらダンジョンに潜るもんじゃないか?」
「いや意味が分かんないよ。盗られてるとしたら普通、ダンジョンには無いんじゃないかな?」
それもそうだな、とシンくんは頷いて、少し考える素振りを見せた。そしてポン、と手を叩いてこう言った。
「それじゃあ、レレグの所に行こうか」
「へ?」
「ほら、もしかしたら既に売り捌かれていて、レレグの所にまわってるかもしれないし」
レレグ…かぁ。あのポケモンと喋ったことはあまり無いし、いつも不敵な笑みを浮かべてて正直ちょっと苦手なんだけど…。でも、何故かシンくんは何かとレレグと仲がいいんだよね…。それに、レレグは珍しいものを集めてるって聞いてるし…もしかしたら、レレグが持っているのかもしれない。
「んー、そうだね。行ってみよ」
ということでいざレレグのとこへ行ってみた。レレグはいつも通り奥の読めない笑顔を浮かべてシンくんと話していた。少し話し込んだ後、シンくんが、やっと本題に入った。
「ところでレレグ、お前のところにゴーリキーのベルトみたいなのが届いたりしたか?」
「逆にそんなのが届くと思うかい?」
「お前なら有り得そうだけどな」
「クククッ。買い被りすぎだぜ、シン。生憎だが、お前の望む物は俺は持ってなさそうだ」
レレグは不気味に笑ってシンくんにそう言った。シンくんは少し残念そうな顔を見せたけど、すぐにその顔色は消えて、レレグに軽く頭を下げた。
「そうか。すまん、邪魔したな」
「あぁ、貸しにしといてやる」
レレグの元を後にしたあたし達は、自分達の部屋にこもって考え込んでいた。
「どうしようか〜」
「思った以上に難しそうだなぁ、この依頼」
そう言ってシンくんはうーん、と考え込んでしまった。あまりに真剣に考えているので、あたしからよくよく声をかけられないのだけれど、何故かそんな状況なのに、あたしは少し嬉しかった。
あたし達が探検隊のお仕事をするとき、いつもシンくんは一生懸命頑張ってくれている。それはそうなのだけど、今回は、何かこう、もっと本気、というか…。いつもあたしが依頼を選んで引っ張っていってた感じがあるから…シンくんが自分からこんなにも悩む姿を見ると、やっぱり少し気持ちが軽くなる。今日は、あたしが選ばなくて良かった。たまにはこういう日も必要だよね。
「メアリーは、何か案とかないか?」
「ふぇ?」
不意打ち。
「あっ!うん、そうだね!とりあえず、ギルドの皆に聞いてみるとかどうかなー。やっぱり、地道な聞き取り調査が必要だと思うんだ」
「んー、ま、そこに行き着くか」
よし、とシンくんは膝に手をついて、すっと立ち上がった。あたしもそれに続いて立ち上がる。
「とりあえず、皆に当たってみるか」
「さんせーい」
そう言って、あたし達が自分達の部屋から出た瞬間、シンくんが誰かにぶつかった。
「痛ってぇ…なぁ。何処見て歩いて…ってうおっ!?メアリーちゃん!」
その相手は、イブゼルだった。倒れたシンくんを全く意に介さずあたしの方を見て目を輝かしているイブゼル。その腰周りには、豪華な帯状の…
「ベルト!」
思わず叫んでしまった。イブゼルはあたしの反応を見て嬉しそうにベルトを指しながら言った。
「お?分かる?そうそう、今朝拾ったんだよ。似合うだろ?」
自慢げに拾ったベルトのことを話すイブゼル。この色、この形、間違いない。
「それ、ゴーリキーのやつだろ」
起き上がったシンくんがイブゼルにそう言った。そこで初めてシンくんの存在に気づいたイブゼルは気に入らない様子でこう言った。
「は?俺が拾ったんだから俺のもんだよ。ま、確かにゴーリキーのやつに似てはいるけどよ」
「ねぇイブゼル。あたし達、そのベルトの持ち主から依頼を受けたの。お願い、ベルトを返してくれないかな?」
「えー?それはちょっとなー。いくらメアリーちゃんの頼みといえども」
イブゼルは笑って応答しながらも、ベルトを返すつもりはなさそうだ。どうしよう…そう思っていた矢先、
「あれ?イブゼルくん、どうしたの?そのベルト」
「あ?」
その声の主は、プクリルだった。イブゼルは後ろを振り返ってその姿を確認し、たった今自分が犯した罪に気づいてしまった。
「ふぉあっ!?お、親方様!い、いや…こ、これはですね…」
「なるほど」
隣でシンくんが不敵に微笑んだ。あ…。あたしでも、次にシンくんが何を言うかは想像できた。
「親方様。イブゼルのベルトは、他のポケモンの奴なんですよ。返してくれって頼んでるのに…全然聞いてくれなくて…」
「え?そうなの?イブゼル」
イブゼルの顔がとてつもない速度で青くなっていく。
「い、いや……その…そう…ですね……うん…。はい。返します。ごめんなさい」
シドロモドロ目を泳がした後、イブゼルは頭を下げると同時にベルトをシンくんに差し出した。シンくんは、「おう」と小さく返事してベルトを受け取り、イブゼルはトボトボとその場をあとにした。
一連の動作が終わったあと、プクリルはんー、と伸びをして、
「じゃ、君たちも、仕事頑張ってね 」
と言い残して部屋へと戻っていった。残されたあたしと、シンくん。
「ゴーリキーのとこに、返しに行くか」
今日も仲良く依頼解決出来たんじゃないかな。