第八話:その名はイブゼル
よし、水晶は見つけたぜ。
ブイゼルという種族上、水気の多いこのダンジョンはそんなに苦労しなかったな。それにしてもバネブーのやつ、探してこいなんて言うもんだから隅々まで目を凝らして道中進んだって言うのに、普通に奥地にあるじゃねぇか。そもそも捨てられたっていうこと自体怪しいし。水晶を盗んだ犯人は多分、ここに隠しておいて後で取りに来るつもりだったんだろうな。
……。しかし綺麗な水晶だなぁ。犯人が盗みたくなる気持ちも分かるような気がするぜ。聞いた話によると、バネブーの水晶ってのは中にサイコパワーがつまっていて結構高い値がつくらしいな。詳しい値段は忘れちまったが。…うーん。
……盗んでしまうか?
探検隊として探しましたが、見つかりませんでした〜、とか言っといてとりあえずなかったことにして、水晶だけどっかに売りさばいちまおうか。うん、我ながら悪くねぇ考えだな。
しかし、やっぱダメだ。計画としては申し分ないが何しろ俺の信条に反する。一度は依頼を受けるって決めた以上、自分で決めたことは最後まで突き通す必要がある、それが俺の信条だ。仕方がねぇ、さっさと水晶とってズラかるか。水晶の分の金は、バネブーに言って報酬額を上げてもらってカバーすっかな。
ん?なんだ?後ろからポケモン達の話し声が聞こえてきやがった。話の感じ的に二匹といったところだろうか。…まさか今ごろぬすっとの野郎が来やがったのか?だが残念、一足遅かったな。水晶は既に探検隊であるこの俺の手の中にある。
「お前、そこで何をしているんだ?」
二匹の内一匹である、ピカチュウがそう言った。
「それはこっちの台詞だぜ、ぬすっとさんよぉ」
盗人猛々しい、とは当にこの事を言うんだろうな。ん?俺のことじゃあねぇぜ、もちろん相手さん方の方さ。
「盗人はあんたでしょ!あたし達は探検隊リユニオン!バネブーに頼まれてその水晶を探しに来たの!さあ、水晶を返してよ!」
「はぁ?バネブーに頼まれたのは探検隊であるこの俺だっつうの。白々しいやつらだぜ、全く。探検隊だっていうならバッジを見せてみろってんだ」
さあ困るだろ。嘘だと認めてさっさと白状するこった。今謝ったら吊し上げ程度で済ましてやるよ。
しかしなんとイーブイの野郎、俺の追求に狼狽えることもなく、白く輝くバッジを自慢げに見せてきやがった。ここまで用意してやがるとは……。少し驚いた俺にイーブイが反撃に出た。
「あんたの方こそ探検隊バッジ、見せてみてよ!」
生意気な口聞きやがって。いいだろう、見せてやるぜ。かっこいい俺のバッジをな。うん、待ってろよ、今出すから。……ん、ちょっと待てよ。あれ、確かここに……。んんん?あれ?もしや??
「……今日は忘れてきたんだよ」
しまったぞ。これ俺が怪しくなるやつじゃねぇか。端から見ると俺がぬすっとになるやつじゃねぇか。あせる俺を見て、イーブイの隣にいたピカチュウが呆れた様子で腰に手をやり、ため息をついた。
「…つくならもっとマシな嘘をつけよ」
畜生、バカにしやがって。仕方ねぇ、この俺が口で喧嘩するのもキャラじゃねぇしな。いいじゃねぇか、口喧嘩はてめぇらの勝ちにしてやんよ。その代わり、口も聞けなくなるくらい叩きのめして、力づくでこっちの言い分を聞いてもらうけどな。
「まあ、信じるか信じねぇかはてめぇら次第だぜ。俺はイブゼル、探検隊だ。」
先手必勝、有無を言わせずまずはピカチュウの方に“水の波動”を叩き込んでやった。不意を突かれたピカチュウはモロに食らって後ろにぶっ飛んだ。突然の攻撃に狼狽えるイーブイの足元に“水の波動”をもう一発放って足止めして、その隙にピカチュウに止めをさしにいく。
俺は地面を後ろに蹴って勢いをつけ、“アクアジェット”で水を纏い、一気に加速してピカチュウに接近した。この勢い収まらぬ内に“冷凍パンチ”をぶちこんでやる。
だが、俺はその“冷凍パンチ”を地面に放ち、“アクアジェット”の勢いを殺して急停止した。その後すぐ、俺の目の前に大量の岩が降り落ちた。俺がイーブイに“水の波動”を撃ってる間に、天井の岩に攻撃してヒビを入れていたのか。なかなかやるじゃねぇか。
…て、考えてる場合じゃねぇな。俺は後ろの気配に気づいて、振り向き様に“冷凍パンチ”を放った。見事ヒット。後ろにいたピカチュウが怯んだところに、“水の波動”を再度食らわせた。再び吹っ飛ばされるピカチュウ。それとほぼ同時に俺も“アクアジェット”でその場を離れ、さっき崩れ落ちてきた大岩の上に移動した。瞬間、ついさっきまで俺たちがいた場所で爆発が起きた。
野郎、“水の波動”を食らう直前にばくれつのたねをその場に投げてやがったな。危ないところだったぜ。
そういえばイーブイはどこに行ったんだ?ピカチュウに気をとられて見失っちまった。くそ、隠れたりしてたら厄介だぞ。
……イーブイは後ろにいた。それに俺が気づいたのは岩に囲まれた池の中。後ろからイーブイの“体当たり”を食らってここまで吹っ飛ばされちまった。雌のくせになんて攻撃力だ。ちっ、背中が痛ぇ。だかしかし、池に飛ばされたのは好都合だ。俺は自分の“水の波動”に池の水を巻き込んで特大の水の球体を作り出し、イーブイがいる方向に撃ち込んだ。イーブイは慌てた様子で立っていた岩から飛び降りたが、俺が狙ったのはイーブイではなく岩自体。“水の波動”が当たった大岩が破裂し、たくさんの石の礫となってイーブイを襲った。礫はこっちにも飛んできたので池に潜って身を隠す。
礫が落ちきったのを見計らって池から顔だけ出して様子を伺うと、畜生、今度はピカチュウの野郎がいやがらねぇ。身を隠すのが好きな奴等だ。一体、どこに……
「後ろだ」
その声を聞いて振り返ると、ピカチュウが頬の電気袋に電気をバチバチと貯めてこっちを睨んでいた。ヤバイ、俺は慌てて池から飛び出ようとするが、
「電気ショック!」
ドン、という衝撃と共に雷が水面を走り、俺の体の自由を奪った。
「はあっ、はあっ。やったか?」
「シン君、大丈夫!?」
「ああ、なんとか。ん?…おいメアリー、足怪我してるじゃないか。ちょっと見せてみろ」
「え、あ、うん」
させるかよ。俺は水の中からピカチュウの足を掴み池の中に引きずり込んだ。
「がはっ!?」
驚きもがくピカチュウ。しかしすぐに立て直し、俺に足を掴まれた状態のまま頬袋に電気を貯め始めた。さすがに、もう一発をあれを食らうのはごめんだぜ。俺は“水の波動”を水中で発動し、ピカチュウの顔面めがけて直撃させた。ピカチュウは一気に池の底へと沈み込む。
その隙に“アクアジェット”で池から脱出し、岩場にいるイーブイとの距離を詰めた。右手に冷気を込めて“冷凍パンチ”の構えをとる。イーブイは一連の出来事を飲み込めず、驚きと恐怖が入り混じったような顔でこちらを見ている。はっ!なんて顔してやがる。…ん?なんて、顔?…
そういえば、薄暗い上に近くで見たことなかったから気づかなかった。小さな鼻に、整った口もと。そしてくりっとした大きな瞳から繰り出される上目遣い。いや、待て。いや待てよ。
えらく可愛らしい女の子が、そこにいた。